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魔界は基本、命が軽い。
なにかあれば、すぐに死ぬ。
それを理不尽と思うかといえば、そうではない。
魔界には、『人の命は地球より重い』という標語は存在しない。
弱かったら死ぬし、強くても死ぬときは死ぬ。
死んだら自己責任。他者にどうこう言うのはお門違いだ。
天界の住人が、魔王トラルザードの住む町に侵攻してきた。
町の住人を混乱に陥れていく。
その隙に、第二陣が天の裂け目から現れた。
いち早く気付いた者たちが魔法で迎撃をするも、天界の住人たちがやってくる方が早かった。
いまは、出現した者たちを倒そうと、多くの魔法が打ち上がっている。
現れた第二陣の連中は強い。
それと分かるほど強い。なぜならば、彼らが地上に向けて撃った聖気を乗せた攻撃で、町は壊滅的な打撃を受けていたのだから。
町に降り注ぐ聖気の攻撃は、一条や二条の光ではない。
まるで光のカーテン。
そう表現するにふさわしい規模の攻撃だった。
あれが魔素の充満する魔界の空から撃ったとは信じられないほどだ。
だが、さすが魔王のお膝元。
下から打ち上がる魔法によって、天界の住人も一体、また一体と撃ち落とされていく。
「あいつらは強いが、まだ真打ちじゃねえ」
魔界の上位種族ですら倒すのを苦労しそうな相手であるが、あれはまだ露払い。
本当の敵はこの後来る。それは確実だ。
さもなければ、わざわざ魔王の住む町など狙いはしない。
奴らは奴らで、目的があるのだろう。
――ドオッ
地上から一際大きな攻撃が上がった。俺が受けた竜咆に似ている。というか、そのものだ。
竜咆は天界の住人を数体まとめて塵にした。
方角と魔素の感じからして、魔王トラルザードがやったのであろう。
「あれで全然本気じゃないってのが怖いな」
トラルザードはあれでも相当手加減している。
そうでもないと、味方に大きな被害が起きる。
そう、トラルザードは手加減しているのだ。
俺も生前、道場主からさんざん手加減しろと言われた。「道場の外で戦うとき」と注釈が付くが。
無手の武道を使う俺ですらそうなのだ。強力な武器を持っているほど、手加減が難しい
木の棒、ビール瓶、鉄の棒……武器を持って戦う場合、よほどうまくやらないと、あとで面倒なことになる。
武器の殺傷力があがるほど手加減が難しくなり、ナイフ、拳銃だとどうやっても、使用した瞬間に相手を傷つけることになる。
魔界の場合、上位種族の攻撃を対人にたとえるとライフルか大口径ピストルだろうか。
小魔王クラスになると戦車に相当するかもしれない。
小魔王、つまり戦車どうしの戦いで、周囲にどれだけ被害を及ぼすか。
魔王の場合はどうだろう。
艦砲射撃か、弾道ミサイルか。
結局のところ、トラルザードが変身して戦えば、どうやっても町に多大な被害がでる。
戦艦どうしの撃ち合いが行われれば、その周辺は無事では済まないのだ。
これは魔界が強さを追い求めるがゆえに起こりえる。
強力な武器ならば使わずにはいられないとばかりに、そればっかり目がいっている。
日頃から鍛錬し、手加減の技を何十年、何百年と磨いてくれば、そんなことにはならないのだが……。
「猛獣に弱くなるよう鍛えろと言っても無駄だよな」
理屈では分かっていても、だれもやりたがらない。
難儀なことだ。
「その点、俺は楽だな」
自分の身体を強化すればいい。
ひょっとすると小覇王ヤマトも、同じような感じで、力を使っていたのかもしれない。
トラルザードが目一杯手加減した竜咆で、天界の住人が次々と蒸発していく。
あの竜咆は高威力だ。
俺も吸魔鉄の盾がなかったら、最初の一撃で反撃の機会を奪われて、そのまま脱出できずに塵となったのではなかろうか。
「うん、今度仕返しをしておこうかな」
できるかどうか分からないが。
第二陣が半分以下に減った頃になって、ようやく空の裂け目が広がった。
「ついに来たか」
今回の侵攻。
狙いはおそらく魔王。
以前、天界からの大規模な侵攻で、魔王バロドトを倒したらしい。
バロドト領は、トラルザード領のすぐ南にあった。
なぜ天界の住人が魔界へ侵攻するのか。
当然、支配のオーブが目当てである。
つまり今回の侵攻。
魔王級の支配のオーブが一個では足りなかったのか、実験が進んで足りなくなったのか、もしくは別の実験で使う必要が出たのか。
つまりこれは、奴らの『素材集め』だ。
奴らの素材集めに俺の部下たちが殺されたのかと思うと、腹がたってしょうがない。
「さあて、俺も本番だな」
天界の住人をまとめて消し飛ばした竜咆も、真打ちには届かなかったらしい。
展開させている防御壁に弾かれている。
「真打ちは三体……結界を敷くつもりだな」
いまの状態は不完全。魔素によって力が半分に制御されている。
三体いれば、最低の結界が発動する。それでイーブンにもっていくつもりだろう。
地上に降りた敵のうち、一番近くの奴に狙いを定めた。
「頼むから、先を越されないでくれよ」
俺の敵を横取りするやつは、みなまとめてぶっ飛ばす。
「……ふははっ、一番乗りか」
俺の願いが通じたのか、敵の周囲には誰もいなかった。
結界を張るために、誰もいないところを狙ったのだろうが、それはこっちにとっても好都合。
「魔界で俺に会ったのが不運だったな。おまえがこれまで殺した数だけ祈っとけ!」
さて、始めよう。手加減? もちろん、しない。




