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オーガ族の進化については、軍師のセイトリーが調べてくれた。
考えてみると、俺だけでなくサイファやベッカもまた結構強敵と戦っている。
あの駄兄妹も特殊進化するのだろうか。
「……いや、まさかな」
さすがにそれはレア過ぎるだろう。
とりあえず俺は、特殊技能を使えるように精進しなければならないわけだ。
魔素吸収はできるかどうか分からないし、いろいろ試してみよう。
「それで小魔王メルヴィス様についても話しておくとしよう。我はあまり思い出したくないのじゃが」
そういえばメラルダ将軍が言っていたが、泣かされたんだっけか。
この老婆が泣く姿など、俺には想像できないが。
当時のメルヴィスは、どれだけ化け物だったのやら。
「自分の国のことですし、ぜひ知りたいですね」
「そうであろうな。ゴーランはいくつじゃ?」
「歳ですか? 十七ですけど」
「若いな。若すぎるくらいに若い。その年でよくここまで成長できたものじゃ。というか、普通はそれだけの経験を短期間でこなしたら、死ぬぞ」
俺もそう思う。
戦場に出る前までは、平和に暮らして……はいなかったけど、そうそう命の危険はなかったのにだ。
なぜか、戦場に行く度に死にそうな目に遭っている気がする。
あれか? ハイオーガ族に喧嘩を売ったのかいけなかったのか?
だがあれは俺や俺の仲間たちを守るために仕方なかったことだし……。
「なんとか生きてこられたので、こうして今の俺があるわけですし、過去はもう十分です」
「そうか。オーガ族は寿命が短いゆえに、世代の交代も早い。メルヴィス様が起きていた頃を知っている者は皆無であろう?」
「そうですね。オーガ族の寿命は平均で四十年ちょっとくらいですし」
オーガ族だって、普通に六十歳くらいまで生きるのだが、とにかく早死にが多いので、平均寿命が駄々下がりになる。
ちなみにハイオーガ族だと二百年くらいと言われている。
実際には三百年くらい生きるのもいるので、やはり戦いの中で命を落とす者が多いのだろう。
オーガ族はハイオーガ族に進化しても、長生きできないのだ。
「メルヴィス様が眠りに入ったと知ったのは、周辺国に被害が出なくなって、しばらくしてからであった。だいたい眠りについて三、四十年経っていたのではないかな」
「なかなか豪快な話ですね」
最近被害がないなとなってから気付くというのが凄い。
どれだけ周辺に被害をもたらしていたのか。
「眠りに入ったとは言っても、いつ起きるか分からないであろう? 周辺国は戦々恐々として、息を潜めていたのは変わりないわな」
「そうなんですか?」
ここぞと言うときに攻め滅ぼしに行かないのはなぜだろう。
「それだけ怖かったのじゃ。自らの意志で眠りに入ったのならば、自らの意志で起きるのではないかと考えたわけじゃ」
「……ん? 自らの意志で眠りに入ったのですか?」
「我はそう聞いておる。聖の攻撃を受けて、身体を根本から作り直しておるのではないかな」
最初俺は、メルヴィスは呪いのために長い眠りに入ったと聞いたが、メラルダは聖属性の攻撃をメルヴィスが受けたと言っていた。
おそらくそっちが正しいのだろう。
そして新しい情報。
メルヴィスは自らの意志で寝ているらしい。
「ならば身体を作り替えなければ、起きないんじゃないでしょうか」
「さて、そればかりは聞いてみんことには分からん。寝室は固く封印されておるから、聞きに行けんだろうが」
やはり、それは知れ渡っているのか。
「それはそうですね。そういえば、かなり凶悪な攻撃をすると聞きましたが、どれほどだったのですか?」
「ゴーランは『滅びの雪』の話は聞いておるか」
「ええ……辺り一面に降り注いだとか」
「あれはな、身体を浸食するのじゃ。そこから溶けていくのじゃが、なんというか、ひとひらの雪の中に、微少な生き物がわんさか詰まっていて、生きたまま囓られる……分かるか?」
「それは厳しいですね」
生きたまま囓られたくないな。
「部下たちが生きながら死んでゆくのじゃ。痛い痛いと叫びながら、手や足が消えて、腹や胸も残り少ない。顔も半分くらい囓られて、痛い、痛いと何千という部下が溶けるように死んでいった」
当時を思い出したのか、トラルザードの目には大粒の涙が浮かんでいた。
心なし、身体がぷるぷると震えている。老婆のくせに可愛いな。
「トラウマになりそうですね」
「そうであろう。あの頃からすでに手が付けられない有り様でのう。周辺国は、ただ腹が立ったという理由で、村や町が消滅させられたのじゃ。メルヴィス様が暴れるのはただの天災、我らはそう考えておった」
そりゃ長い間、どこの国からも攻め込まれないわけだ。
だがそれも三百年以上前の話。おそらく眠りに入ってから四百年近く経っている。
「現状はあれですね。新しく小魔王になった周辺国が、当時の怖さを知らないから、ちょっかいをかけてきている」
「であろうな。我ならば静かでよい。これ以上寝ている者を起こすなと言いたいわ。敵対しようなどと、露も思わん」
小覇王ヤマトが天界の住人と戦った時代はすでに過去の遺物。
唯一生き残っているメルヴィスはもはや伝説上の存在だが、それでも何百年も寝ていればもう、脅威ではないのだろう。
「起きたらどうなりますかね」
「考えたくもないわ。……そういえば、バーグマン様が言っておった。あの天界の住人との戦いで……ゴーランよ聞きたいか?」
「ええ、もちろんです」
「聞いて後悔するかもしれんぞ?」
「聞かないでいると、そっちの方が後悔しますので」
「……うむ。では、あの時何があったのか。バーグマン様が我に語った内容じゃが、それをお主に教えよう」
それははるか昔のはなし……




