207
俺は殺風景な部屋で目を覚ました。
「ここは『知らない天井だ』って言うのが、様式美なんだろうな」
寝台に寝かされている。
どうやら俺は生きているらしい。
右腕から順にゆっくり動かしてみた。ちゃんと動く。
両手両足ともに異常なし。
大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
腹部に鈍い痛みがある。
「……ぶん殴られた跡か」
呼吸をするたびに、ズキズキと痛む。
あのババア、殺す気できやがった。
咆哮を受けて動けなくなった。
あのとき足に魔素を溜めて飛び上がらなかったら、身体中の魔素を吸われて死んでいただろう。
俺のような身体強化系は、魔素がなくなれば、頑強さはかなり落ちる。
あの状態で耐えられたとも思えない。
脱出したあと、やられたらやり返すと、深海竜の太刀と六角棍で立ち向かったが、あれは駄目だ。
倒せる気がしない。
俺は全力で向かったが、トラルザードが本気を出していなかったのは分かる。
全力でこられたら、欠片も残さず消滅していただろう。
かといって、俺の攻撃では致命傷を与えられない。
「つまり、魔王と戦ったら負けが確定か」
さすが魔王。攻略方法が見つからない。
寝台を下りて、両足で立つ。
よく生きていたなと思う反面、よくもやってくれたなと思う。
体内の魔素は減ったが、食えば少しずつ回復する。
それより、ここがどこなのか知りたい。
「……城の中だとは思うんだが」
廊下に出たが、知らない場所だ。あとあまり広くない。
この通路、控室や謁見の間までの道のりにはなかった。
廊下を進み、階段を見つけた。もちろん上がる。
上階にもまた階段があった。
「行けるところまで上ってみるか」
城の中だと思うが、階段を上っていてもだれにも会わない。
おかしいと思いつつ、適当に歩いているとようやく誰か見つけた。
「おおい!」
呼びかけて近寄ると、相手は砂鎧族だった。
砂鎧族の見た目はサンドゴーレムに近い。
ゴーレム種は意思疎通が難しいか、砂鎧族は俺たちに近い。
「新入りか」
変なことを言われた。
「新入り? なんだそれは」
「ここがどこか知らないのか?」
「ああ、魔王との謁見で殺されかけた。反撃したが気を失って気付いたらここだ。というわけで、ここは何なんだ?」
簡単に説明したが、これ、捕まえられても文句言えない状況ではなかろうか。
砂鎧族は腕を組んで悩むそぶりを見せた。
「……よく分からんが、あれだ。ここにいるってことは、魔王の命令だろう。話してもいいんだろうな」
「ん? ここは秘密なのか?」
「ここは城の敷地内にある。一番端っこの建物だな。一般には作戦会議塔と呼ばれている」
「作戦会議塔? ずいぶんと重要そうな場所だな」
上への階段がやたらとあったのは、ここが塔だからか。
「重要? ここは偽物だし、重要じゃないぞ」
今度は俺が腕を組んで考えた。
城に「偽物の作戦会議塔」なんてものが必要なのか?
偽物があるならば、本物もあるはず。
本物の作戦会議……作戦?
「もしかして軍師対策か? たしか、ナナケイ族のセイトリーと言ったか」
「ああ、そうだ。やはり知っているのか。ここはそれを守るための塔……ってことになっている」
「なんで俺はこんなところにいるんだ?」
「知るか。どのみち、ここから出るには陛下の許可がいるぞ」
「……なんてこったい」
砂鎧族の男が俺を新入りと言った理由が分かった。
許可がなければ、ここには入れない。
一度入れば、魔王の許可がないと出られない……これって監禁じゃないのか?
「見慣れた天井だ」
偽の作戦会議塔に来てから三日経った。
砂鎧族の男はヨルバというらしい。
他にもあと四人がこの塔に住んでいる。
俺が六人目だが、そんなことはどうでもいい。
建物の周囲は壁に囲まれているが、逃げ出すことはできそうだ。ただ……。
「逃げたら、追われるぞ」
その一言で俺は思いとどまった。
逃げて追っ手が来たら暴れることも考えたが、最終的に魔王かそれに匹敵する者が現れたら、逃げ切れない。
状況が落ちつくまで大人しくしていることにする。
メシを運んでくる者がいるので、そいつにいろいろ問いただしたが、これも空振り。
何も知らないし、知っていても教えられないという。
ヨルバから聞いたところ、魔王がこの塔で軍師から作戦を授かってくる。
もし誰かが軍師について調べると、その噂が耳に入るようになっているという。
魔王も秘かにこの塔を訪れるため、信憑性が増す。
実際は、どこでどうやって策を軍師から得ているのかヨルバも分かっていないらしい。
「最上階にセイトリーが住んでいるってことになっているが、実際には使われてない。たまにオレたちがそこで酒盛りをしているくらいだ」
そしてヨルバたちは軍師セイトリーの護衛。なぜか俺がその新入りって認識されている。
「ここを襲いにくる奴っているのか?」
「いるぞ。数年にひとりくらいだな。魔王リーガードの配下連中は飽きずにここを狙ってきている」
ヨルバを含めて、護衛たちはみな強い。
侵入者は簡単に蹴散らしてしまうらしい。
セイトリーの策によって、魔王リーガードは何度も煮え湯を飲まされていて、かなり本気で狙ってきているらしい。
だが暗殺は、ことごとく失敗している。
理由はこの建物の構造。
正規の道はかなり大回りさせられるが、内部を知っていると、結構簡単にショートカットできる。
それによって敵を待ち伏せたり、挟み撃ちにしたりできるのだ。
「この塔、よくできているな」
「ぜんぶ軍師が考えたんだぜ。軍の編成もそう。選抜方法や、訓練の方法、種族に合った陣形なんかも、すべて軍師が整えたんだ」
「選抜や訓練もそうだったのか」
そういえば、魔界なのにやたらと洗練されていたとは思ったが。
さすが軍師と言われるだけのことはある。
それだけでも国に多大な貢献をしている。
「存在を隠すわけが分かっただろ?」
「ああ、そうだな」
そりゃ、軍師がいるといないとでは、国の強さが変わってくる。
さすが脳筋集団の魔界だ。
軍師を守ろうとするのも頷けるし、軍師から倒そうとするのも分かる。
軍師は戦争のキーマンと言っていい。
そんな感じでさらに二日、俺はここにいた。
トラルザードに付けられた傷も治り、さてこれからどうしようかと思っていたところに、変化が現れた。
魔王がこの場所に来るという。
「ようやくか。俺がここにいるワケも聞けるんだろうな。変な理由だったら、顔面をぶん殴ってやるか」
殺されかけた恨みもある。
はてさて、どんな言い訳が飛びだすのか。
俺は首を長くしながら、魔王がやってくるのを待った。




