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○魔王トラルザード
先日、面白い報告があがってきた。
ここより徒歩七日の距離にある町からの嘆願状だった。
吸魔鉄の盾が賊に奪われたので、見つけ次第取り返してほしいというものだった。
「ふむ……ワケが分からんな。なぜ自分で取り返さない?」
賊は他国人で、容姿は詳細に書かれている。しかもこの町に向かっているというのだ。
そこまで分かっていて、丸投げしようとする意図が分からなかった。
「ドブロイは何を考えておる?」
嘆願状といっても、すべて我のもとまで上がってくることはない。
その下の……もっと下の者が処理する場合がほとんどだ。
「それとこれにお目通しください。十日前に届いたものでございます」
西を任せているメラルダからの報告書だった。
「……ふむ。見たところ、同一人物であるな。小魔王メルヴィスの国から来たオーガ族か」
珍しい名前を聞いた。メルヴィス……あまり聞きたくない名前だ。
そのオーガ族の進化先について、意見を伺いたいとある。
「素盞鳴尊……聞かん名じゃが、耳に残るアレと似ておるのう」
詳細を読んで納得した。かつてこの地一帯を支配していた亀竜バーグマン殿から聞いた、小覇王ヤマトを彷彿とさせる種ではないか。
優先度が低いこのふたつの内容は、我の目に留まらず処理されるところであった。
だが副官の一人が関連性に気付き、こうして持ってきた。
「ドブロイは何かと評判がよくない。だれか行って調べてくるがよかろう」
「分かりました。早急に調べて、報告させます」
「それとこの者の動向は把握しておくように。途中の町に立ち寄っておるであろう。監視する必要はないが、居場所くらいは把握しておくように」
「そのように致します」
空を飛ぶ者がいれば、ドブロイの町まで数日で往復できる。
「まあ、オーガ族が進化した程度でドブロイが何を焦っているのか分からんが、周辺国が不安定ないま、分からないことはそのままにしない方がよいでな」
我はそれっきり、指示したことを忘れていた。
思い出したのは、調査に向かった者が戻ってからであった。
「ドブロイが負けたのか」
情けないことに、単独で挑んで負けたらしい。
しかも理由が自慢の盾を戦闘中に奪われてボコられたとは……笑い話か?
「町の民が非戦闘種族を襲っていたのだな」
町で調査した結果、頭の悪いことも発覚した。
我らの生活を支えてくれるのが非戦闘種族である。
弱いからといって魔法の的にするとは、頭が悪いにも程がある。
自分たちがなぜ暮らしていけるのか、そやつらは考えたことがないのか?
そんなことを行う阿呆どもはおいとくとして、町を預かるドブロイがそれを諫めないのはあまりに浅慮。
戦える者しかいない国は、他国から奪い続けるしかない。
そんな国の行き着く先は破滅だ。
つまりドブロイもその町の者も、破滅に向かって突き進んでいたことになる。
なんとも頭の悪いことよ。
「それでそのオーガ族が進化した者はどうした?」
「途中の町までは足取りが追えたのですが、そこから先がどうも……」
「見失ったのか?」
「探した者は、コロラ山に入ったのではないかと、申しておりました」
「コロラ山……迂回せずに山越えを狙ったか。じゃが、あそこは霧で道を見失いやすい。山の反対側に入れば、デルピュネ族の集落がある」
「山で迷っているのか、まだその先の町へ現れた形跡はありませんでした」
「ふーむ。襲われたかもしれんの」
デルピュネ族は自分以外の種族を見下し、見境なく襲う。
いくら言っても聞かんので、軍に編入できん厄介な種族だ。
それでも先代はまだ他種族との調和の重要性を理解していた。
当代は殺すか奪うしか頭にない愚物だと聞いている。
「町に現れたらその時考えよう」
デルピュネ族のもとに迷い込んだら、考えたところで無駄になる。
ゆえに我はこのことをすっかり忘れてしまった。
「……ん? 今日の面会予定者。どこかで聞いたことがあるな?」
「ドブロイから吸魔鉄の盾を奪ったと報告があった者です」
「……おお、思い出した。そういえば一時期行方不明になっておったな。すっかり忘れておったわ。無事、町に着いたのじゃな」
「はい。デルピュネ族の集落で大暴れしたようです。族長は瀕死、竜鱗の鎧を差し出すことで、許してもらったとか」
この者が町に現れたことで、すぐに調査が再開したらしい。
我は詳しい報告を読んだ。
オーガ族が進化したにしては、被害のケタが違いすぎる。
「これは真面目に考えてみる必要がありそうじゃな」
メラルダからの報告書はただの願望。与太話かと思った。
「面会は午後一番になっております」
「うむ。楽しみであるな」
楽しみだ、いろいろと。
面会の時間が近づいてきた。相手は平伏して待っていることだろう。
我は待つことはしない。待たせるだけだ。
取るに足らない相手ならば、顔を見ただけで退出する。
そうでなくても、挨拶程度。軽く二、三言、交わせばそれで相手は満足する。
謁見の間まで先導されるが、少し悪戯心を起こして、それを振り切る。
護衛は慌てるが、たまにあることなので分かってくれるだろう。
魔王専用の扉ではなく、後ろの通用口から顔を出す。
まだだれも我に気付いていない。
ゆっくりと歩いていく。
平伏している巨躯は、オーガ族よりもかなり大きい。
たしかに見ない種族だ。
このままゆっくりと横を通過してやろうかと思ったら、一瞬で立ち上がって武器を構えた。
驚きを顔に出さないようにするので、精一杯だった。
『不意打ち無効』の特殊技能でも持っているのか。
そんなことを考えつつ、我はゆっくりと歩を進めた。




