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「魔王と面会? アンタ、一体どういうことなんだ?」
この男からもう少し色んな情報を聞き出したかったんだが、もう駄目だ。
「うるさい」
俺が殺気を飛ばすと、男の輪郭がぼやけた。
そのまま溶けて消えそうになったので、思わず男をひっぱたいた。
身体を殴った感触はまったくせず、粘っこい液体に手を突っ込んだ錯覚をおぼえた。
「なんだ? べちょっとしたぞ」
男はというと……壁に叩きつけられて、張り付いている。アメーバー状に広がって結構不気味だ。
薄い青色をしているから良かったものの、赤色だったらスプラッタものだろう。
「ゴーラン様、彼はジェルマン族です」
「うん? 聞いたことがないな。どんな種族だ?」
今日はレアな種族名ばかり耳にする日だ。
「決まった姿はあるようですが、特殊技能で不定形になれると聞いたことがあります」
「スライムの親戚みたいな奴だな。……さっきの顔はその特殊技能で変えていたかもしれんな」
不定形になれる特殊技能を持つなんて、種族の特性が探偵向きだ。
昔、七つの顔を持つ男の漫画を読んだことがあったが、それを素で出来るやつらしい。
「通常攻撃ではあまりダメージを与えることができないのですが」
「効いているよな、これ」
失神していると思うんだが。
「先ほどの攻撃に魔素が乗っていたのでしょう。それでこの者は何をしたのでしょうか」
「この国の軍師らしいナナケイ族のセイトリーを調べたらしい。その情報を渡して、暗殺させる計画だったようだ」
「軍師ですか。私も噂でしか……軍内でも噂は存在していますが、実際に見たという話は聞いたことがありません」
「わざと真偽織り交ぜたものを流しているんだろうな。それよりコイツに聞きたいことがあるんだが、どうやって拘束しようか」
「衛兵の詰め所には、さまざまな拘束道具があります。この場合、タライにでも入れて縛ればいいのではないでしょうか。不定形とはいっても、限度があるでしょうし」
「尋問するだけだし、それでいいか。ちょっと宿の親父に貰ってくる」
ジェルマン族の男は、壁に張り付いてピクリともしない。
俺は階下に行って、タライをお願いした。
親父さんはすぐさま裏に飛んでいき、洗濯用に使っているというタライをひとつ貸してくれた。
それを持って二階にあがり、壁にはりついたのをひっぺがす。
「デロデロして気持ち悪いな……ロープが荷物にあっただろ。それを取ってくれ」
ロープをタライにかけると、ちょうど八等分したような図案が出来上がった。
「これでいいかな」
「大丈夫だと思います。隙間から逃げるのは無理でしょう。もし抵抗するようでしたら、魔素を乗せた攻撃をするといいかと思います」
「なるほどな。……どれ」
魔素を乗せて叩いてやると、「うーん、おかわり」と寝言をほざいた。なんてベタなやつだ。
もう少し魔素を込めて殴ると、今度はちゃんと目を覚ました。
「起きたか」
「アンタ、何なんだよ。それにおれっ! 縛られている!」
「ああ、縛らせてもらったぞ。逃げようとしたら酷いことになるから注意した方がいい」
「アンタ、裏切りか。裏切ったんか? だったらもう一生付け狙われるぞ。裏切り者はむごたらしく死ぬんだ」
起きたら起きたでうるさい。
「裏切りもなにも、もともと俺は関係ないぞ。お前が勝手に間違えたんだ」
「へっ? 間違えただと……そんな馬鹿な話があるかい! 荷袋の口を下にして干してあったじゃないか」
「あれは俺のじゃない。荷物持ちが食糧を入れていたんだが、汚れていたんで俺が洗って干したんだ」
「アンタがこの国の者じゃないのは?」
「理由があってこの国に来ているんだよ。それで魔王様に会うためにこの町に来たんだ。お前の言う暗殺とは何の関係もない」
「じゃ、じゃあ、なんで初対面のとき半分商人だなんて言ったんだ? あれの符丁を知っているのはおかしいじゃないか」
「もう少し考えて符丁を決めたらよかったな。答えたのは偶然だ。俺は喧嘩は売らないが、売っている喧嘩はすべて買う。つまり売り買いの半分だけしている。それって半分商人でも間違ってないだろ」
「なんだと……!?」
男はうなだれた。
「さて、それじゃこっちの質問といこうか。お前たちの素性とか、計画の概要とか、ネヒョルとどう連絡を取っているのとか」
「い、言うわけ、ないだろ!」
「大丈夫。痛くするから」
これは手加減と魔素を乗せるいい練習になった。
百発ほどダメージを与えたら、ぺらぺらと喋ってくれた。まあ、最初から喋るのが好きな感じだったが。
男の名はエンブリオ。依頼を受けて情報を探る生活をしているらしい。
エンブリオの住んでいる国や町、仲間の情報も喋ってくれた。検証しようもないので、真偽は分からないが。
そして今回の計画。
ナナケイ族を探るのはネヒョルの指示らしく、ようやくまとまった報告ができるようになったと思ったら、すぐに暗殺計画を実行するよう言われたらしい。
新しい依頼は、「裏の傭兵」に接触して情報を渡しつつ、暗殺をサポートする。
「落ち合う町と符丁だけ教えて貰っていたので、まさかそんな偶然があるとは思わなかったんだ」
では、声を掛ける人物は誰だったのかという話だが、それについて俺に心当たりがある。
腹パンで気絶させた冥猿族の男だろう。
部屋で寝かせてあるから、あとで検証作業すればいい。
依頼人と接触するつもりでここに来ているなら、逃げたりしないだろう。
さて、この手の連中がなぜ裏の家業をやっているか。
個人や種族単位で粗暴過ぎたり、命令違反などを起こして兵として使いものにならないと判断された者が出てくる。
戦闘系種族はどうしても戦いに特化してしまう。
兵役で生活するしか能がない連中だ。
軍隊から要らないと言われてしまえば、結構簡単に食い詰めてしまう。
必然、他者から奪うことになるが、目立つと軍を差し向けられてよろしくない。
単純な話、人さらいや強盗、暗殺。非合法なことを引き受けて稼ぎはじめるのである。
そして肝心のネヒョルの居場所だが。
「知りません。本当ですってば。こっちからネヒョル様に連絡なんてできませんがな。知らないうちにフラッとやってきて、用件だけ伝えていなくなるんですわ」
とのこと。
どうやら、ジェルマン族の集落で待っていても、簡単には会えそうにないらしい。
「なるほどな……まあ、聞けることは聞けたからいいか。ストメル」
「なんでしょうか、ゴーラン様」
「ひとっ走りしてきてくれるかな」
「衛兵の詰め所でございますか」
「そう。頼むな」
「……分かりました。また行ってきます」
タライの中から「そんな殺生な~」という嘆きが聞こえてきたので、殴っておいた。




