020
「……ただいま」
戸を開けて家に入ると、両親と弟妹がごちゃっと集まっていた。
オーガ族は身体が丈夫なので、戦前の日本以上に子沢山だ。
その分、戦いですぐ死ぬのでトントンだろうか。
「おかえり。下克上したみたいだな。部隊長だって?」
「なりゆきで、やるしかなくなった」
「相変わらず覇気の無い息子だな。それでも無事に帰って来られて良かった」
父親は俺の肩をガシッと掴んだあとは、バンバンと叩いて帰還を喜んでくれた。
父親は戦場で片腕を無くしてそれっきりだ。
いまは森の木を切り出して生計を立てている。
魔界の住人とはいえ、働かなくては生きていけない。
「ずいぶんとまあ魔素量が上がったわね。もとから考えると信じられないほどだわ」
母親は感心して俺を見ている。
「戦場に行く前はオーガ族の平均より少し多いくらいあったんだが」
「そうだったかしら」
あまり俺のことを見てくれていなかった。
もともと長生きしないと思われて、かなりの期間、いないものとして扱っていたからだろう。
「村じゃみんな歓迎しているぞ。あとで一回りしてこい」
「分かった」
「祭りが近いから、ついでに準備を手伝ってきなさいね」
「それも分かったよ」
帰ってそうそうこき使われるのか。俺、部隊長になったんだよな。
扱いが前と全然変わっていない……。
王の配下は、以下の序列になっている。
将軍、軍団長、部隊長だ。
俺の場合だと、オーガ族を率いる部隊長だから、六つの村で一番偉いと考えればいい。
偉いのは村長ではないのかと思うかもしれないが、魔界では強い者が偉い。
だから俺が誰かに村を任せることはあっても、それは俺が任命したからであって、村長そのものが偉いのとは少し違う。
日本人の感覚だと、文官と武官をイメージするが、魔界ではそのような分け方がない。
将軍が兵権と裁判権を有していた、古代のテマ制が一番近いのかもしれない。
「おーい、部隊長。そこの木を取ってくれ」
「これか?」
「そう。十本ばかし持ってきてくれ」
「分かった」
つまり、部隊長は偉いのである。六つの村で一番……。
「早くしねえと祭りが始まっちまうぞ。おめえらモタモタすんな」
「へーい」
「駆け足だ」
「うぇーい」
俺も駆け足をした。部隊長なんだけどな。
文官武官の別なく部隊長が統括するとは言っても、祭りの準備は職人の仕事。
俺ひとりふんぞり返っていても始まらないからいいのだが。
グーデンだったら、「がっはっはっは」と笑いながら一番働きそうな気がする。
「ほら、部隊長。足を動かせ」
「わ、分かった」
だが、なんとなく納得がいかない。
祭りの準備も終わり、ようやくゆっくりできた。
村を回って挨拶という名の顔見せも済んだ。
これで祭りまでゆっくりできるというのもだ。
(しかし……魔素量が増えたのは嬉しいが、面倒事も背負い込んでしまったな)
魔界の住人ならば誰でも体内に支配のオーブを持っている。
そして自分の住んでいる国のトップ。つまり王の支配を受け入れている。
その国に暮らす者は全員だ。例外はない。
支配のオーブを通して自分の力の一部を捧げている。
ただし、国のトップに直接捧げるわけではない。
それだと王だけが強くなって、他が弱いままだからだ。
支配のオーブは四段階まで吸い上げる段階を踏むことができるので、それをうまく利用しない手はない。
俺の場合、六つの村に住むオーガ族から少しずつ力を捧げて貰っている。
その一部をネヒョル軍団長に捧げている。
ネヒョル軍団長はファルネーゼ将軍に捧げ、ファルネーゼ将軍は小魔王メルヴィスに捧げている。
力のピラミット構造だな。
「部隊長、山の背村から使いが来たぞ。支配のない連中が村の近くに現れたらしい」
「……マジか。交渉して支配を受け入れるならば、俺のところに来るように言ってくれ」
この国にいる者で、小魔王メルヴィスの支配を受け入れていない者はひどく目立つ。
同じ陣営に属していると、支配のオーブを通して仲間はなんとなく分かるのだ。
分かるのは仲間かそうでないかの違いだけだが、これは意外と重宝している。
何しろ、スパイが入り込む余地が少ない。それに戦場で同士討ちの危険も少ない。
そしていま報告のあった、どこの支配も受け入れてない連中。
この世紀末の世にあって、そういう連中が増えているのだ。
王が倒れ、支配者が変わったことに起因する。
新しい支配者を受け入れたくない場合や、追放の形で追い出されたような連中だ。
彼らは行く当てがないため、国を巡りながら定住地を探す。
ほとんどの場合、国外へ追い出されるのだが。
「……さて、どうしようかね」
彼らは戦争避難民と言える。
受け入れてもいいが、面倒事も一緒にやってくることがある。
その場合、だいたい争いに発展する。戦争だ。
わざと受け入れて戦争を起こさせる手もあるが、いまこの国は戦争のまっただ中だ。
新しい火種を抱えることがよいのか分からない。だが……。
(もし、助けを求めてきたら、断れねえよな)
それは我が家の家訓。
守るためなら命すら賭して守れ。
母親から言われた言葉は、転生した今もなお、俺の心にしっかりと刻まれている。