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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第6章 魔王際会編
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 異様な腹の減りがなくなったとはいえ、食事は身体の資本だ。

 食える時に食っておかないと、後悔する。とくにいつ呼び出しがあるか分からない今は。


「親父、腹に溜まるものがいいんだが、何がある?」

「へい。だったら肉がいいですね。野牛やぎゅうがありやすけど、焼きやすか?」


 野牛といっても剣豪でもなければ、野生の牛でもない。いや、野生だな。

 かなり凶暴な牛で、ゴブリン程度ならまとめて串刺しにするくらい強い。


 アメリカンバッファローを数倍大きく、凶暴にしたのを想像するといい。

 狩るだけでも一苦労なのだ。ちなみに俺は大好物だったりする。


「それは旨そうだ。三人前く……」

「おい、いつもの持ってこい」


 割り込まれた。

 別段、俺はそれで腹を立てるほど短気ではない。

 自分のことは我慢強くできている。


 だが、謝罪のひとつくらいあってもいいんじゃなかろうか。


「すみやせん。今朝も言いましたが、もう品切れでして」

「用意しとけって言っただろ!」


「今日は市はないんです。明後日ならあるんですが」

 どうやらお気に入りの食材が切れてしまったらしい。よくあることだ。


 宿の親父に絡んでいるのは、冥猿めいえん族だった。

 デカい身体に毛むくじゃらの両腕が特徴の上位種族。


 冥猿族は、豪猿ごうえん族の進化系だ。

 その豪猿族ですら、猛猿もうえん族の上位種だったりする。


 それがこんな宿の主人に絡むのはいただけないな。


「こちとらずっと部屋で待って、腹が立っているんだ。町中を走り回ってでも手に入れて来い! さもなきゃその首をねじり切るぞ」

 首をねじ切るくらい、冥猿族がやれば簡単にできてしまうだろう。


 宿の親父も震え上がっている。

 そもそもこの冥猿族、この国の住人じゃないようだ。

 商人の護衛としてやってきたのだろうか。


「申し訳ありません、ただいま行って……」

 親父が出て行こうとするのを俺は止めた。


「何で邪魔しやがる!?」

 冥猿族の注意が俺に向いた。


「それはさすがに我が侭が過ぎるんじゃないか? 腹を立てているのは分かるが、それを弱い者に当たり散らすのはよくないな」


「てめえ、言うに事欠いて説教か? 口じゃ無く、拳で来いや!」

 えっ、いいの?


 俺は左手で相手の首裏を掴み、身体が動かないように固定してから、右手で腹を殴った。

 通称腹パンだ。


 最近身体の使い方が分かってきたのか、俺の拳が腹に当たる直前、衝撃波が発生した。

 ソニックブームか? ひょっとして音速超えた?


 本来ならば宿を突き破って、「バイバイ○ーン」と言いつつ飛んでいくのだが、延髄を押さえてあるので、それはない。

 そのかわり首が後ろに反ってしまった。ちょっと折れたかも。


「親父、この御仁は疲れたので休みたいそうだ。部屋はどこだ?」

「へ、へ、へえい。う、上のか、階の右から三番目ですっ!」


「分かった。部屋で寝かせてくるから、野牛を焼いたのを三人前頼むな」

「わ、分かりやしたっ!!」


 親父さんは、脅威が去ったというのにまだガクブルしている。

 よほど怖い目にあったのだろう。


 俺は冥猿族を担いで階段を上がった。

「えーっと、右から三番目か……ここだな」


 部屋の中は、思ったより小綺麗になっていた。

 無造作に武器が転がっているが、軒を見れば、洗濯物は律儀に干してあった。

 意外とマメな性格なのかもしれない。


「おっ、洗濯物の隣には、俺んとこと同じ袋があるじゃないか。上位種族なのに荷物持ちをしているのか?」

 だとすると、こいつの主人は相当な強者になるが。


 俺は考えないことにして階段を下りた。

 親父は大急ぎで作ったのか、すでに俺の料理が並べられていた。


「こいつは旨そうだ」

 早速パクついていると、誰かが目の前に座った。


「……アンタ、商人か?」

 そしていきなり質問された。


 目の前の男の種族は分からない。ちょっとレアになると、情報が入らないのだ。

 あと、俺と同じく、他国の住人だった。この宿は、他国の者が集まりやすいのか?


「商人か……まあ、半分な」

 喧嘩は買うが自分から売らないので、半分だけ商人と気取ってみた。

 あと、商人じゃないと答えると、「じゃあ、何なんだ?」と思われるからだ。


 商人以外で、他国の住人があまりウロチョロするのはよくない。

 俺の答えに男はホッとしたような表情をみせた。


「やっぱりアンタで良かったのか。まあ、宿に余所モンはひとりしかいなさそうだし、間違いないと思ったんだが……いや、それより済まんな。街道が一時閉鎖されていたんだ」

「街道が? どうして?」


「軍が通るからだろうな。スパイが入り込んでないとも限らないから、進軍する陣容を見せたくないのさ」


 どこかで戦争をやっていて、援軍のために向かう軍とかち合ったらしい。

 そのせいで、数日間足止めをくったという。


 そんな話を俺にしてどうしようというのだろうか。

「大変だな」


「まあな。それより遅れて悪かったよ……だがひとつ言わせてもらえば、アレは目立ちすぎだ。干すなら自分の洗濯物の隣がいい。それと普通は裏通り側に干すものだぞ」


 干す?

「袋のことか?」


「そうだ。オレたちは宿屋の裏通りを歩きながら、どの宿に泊まっているのか探すものだ。これから探そうと思ったら、表通りに堂々と干してあって驚いたぞ」

「…………」


 もしかして俺、人違いされている?


 俺が無言で肉を食っていると、男は周囲を見回して、声を潜めた。

「早く部屋へあげてくれ。これ以上ここで喋るのは拙い」


「部屋へ行くのか?」

 俺が嫌そうな顔をすると、男はさらに声を潜めた。


「アンタだって、ネヒョル様に雇われた身だろ? さあ早く、おれを部屋へ入れてくれ」

 男はそう言った。



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