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俺はゴーラン。どこにでもいるただのオーガ族だ。
あっ、いや違う。最近進化したから違うのか。
進化後、俺の頭の中に素盞鳴尊という種族名が浮かんだ。
起源種なので、単体だ。
同種の子孫が生まれて、一族として繁栄していけば、素盞鳴尊族というのが魔界に生まれる。
まあそんな先の話はいい。なぜ俺が自己紹介しているのかというと……。
「ゴーラン様、先ほどからのそれは独り言でしょうか。それとも私に何か用でも?」
「いや……あれだ。その……」
ただの現実逃避だ。
「なんでしょうか、ゴーラン様」
ストメルは俺に複眼を向けてきた。
ストメルは巨大な蜂に似た種族なので、表情が分からない。
怒っているかな? 怒っているよな。
「用がないのでしたら、私は衛兵の詰め所に行ってきます」
言い方が素っ気ないのだが、本当に怒ってないだろうか。
「ああ……うん。よろしくたのむ」
「はい。では行って参ります」
ストメルは部屋を出て行った。
さすが出来る副官は違う。というか、俺が駄目なのか?
「でもなぁ……あれは不可抗力だよなぁ」
右手に棍、左手に大盾。
全身鎧をまとって、背中に太刀をくくりつけた姿で町の門をくぐろうとしたら、止められた。
俺が他国人で、完全武装しているからだそうだ。
理不尽だよな。人を外見で判断するなんて。
ストメルが慌てて事情を説明してくれた。
その間、俺はぼけーっと突っ立っていただけだ。
土産物の木人形みたいに無害に見えたことだろう。
すると門番のひとりが俺の持っている盾に気付いた。
「あれ、ドブロイ様のじゃねーの?」という具合だ。
するともうひとりが「あの竜鱗の鎧ってもしかして、クルーニャ将軍ですら手を焼きすぎるって、部隊参加を断られたあの一族の宝じゃねーか?」なんて話が出た。
門番たちが、「これって、問いただした方がよくない?」という雰囲気になった。
ストメルが必死にこれらの武具は友好的な関係になって譲って貰ったと説明したが、間の悪いことに盾も鎧もそれなりに汚れていたりする。
盾なんか、全体の三分の一くらい、血が乾いてこびりついている。
「ああ、これはドブロイの血だ」
と正直者の俺が言ったものだから、門番たちがざわめき出した。
その頃にはもう、町中の衛兵たちも集まってきて、俺を取り囲んでいた。
「そ、その鎧はどうやって手に入れた? あれはデルピュネ族の秘宝だぞ」
「もらった」
「嘘つけ! おまえなんかに凶悪なデルピュネ族が秘宝を渡すか! 集落を襲って奪ったのか?」
なんて失礼なことを言うのだろうと俺は一瞬激昂しかけたが、ここは大人の対応だろうと、「本当に貰ったんだって。ほらこれを見ろ。この部分、ガルゼルの鱗だぞ」と教えてやった。
「ガルゼル!? 最近族長になって、一族がより凶悪に生まれ変わったというあのガルゼルか!」
「なるほど、勘違いした跳ねっ返りだったが、そういう事だったのか。俺を食い殺そうとしたんで、牙と顎を砕いてやった」
ちなみに竜族の食い殺すというのは、ムシャムシャ食べるという意味ではない。
牙で噛みついて、噛み殺してやるという意味だ。
「と、当代族長を倒して、鱗を鎧にしやがった!」
「なんて悪辣なっ!!」
衛兵が剣を抜くものだからしょうがない。
俺は売られた喧嘩は買うことにしている。
最近、商売人じゃないかと思うことがある。
その後俺は、無事町に入れた。
ただ、ストメルからの信用が落ちた気がする。
そしていま、ストメルは俺の代わりに衛兵の詰め所に事情を説明するため出かけていった。
俺が手にしている武器防具について説明するためだ。
「……すぐに戻ってくるかな」
武具なんてものは持ち歩けないし、着なきゃどうしようもない。
町の入り口で止めるのが、どうかしているのだ。その辺を力説すればなんとかなるだろう。
「そういえば、今は特別警戒中とか言っていたな。運が悪かったのか」
何を警戒しているのか知らないが、こっちまでとばっちりが来ないようにしてほしい。
「さて俺は何をしよう」
ストメルは出て行ったし、この町まで荷物持ちをしていた二人の部下もいない。
二人とも城に詰めている。
俺が魔王と面会するには、数日がかかる。いつお呼びがかかるか分からないのだ。
そのため部下二人には、待合室に詰めてもらっている。
用事がある人の部下は、そこで声がかかるのを待っているのだそうな。
なんて非効率なシステムなんだか。
トイレや食事で席を外したときに呼ばれても困るので、二人交代で詰めているらしい。
まあ、四六時中そんな部屋にいたら息が詰まるから、二交代くらいの方が気が紛れていいのだろう。
というわけで、俺はいま一人。
ちなみにこの順番待ち。
魔王くらいになると細かいことは何も斟酌しないらしく、部下の部下あたりが管理しているそうな。
だったら袖の下……と思ったら、金がない。
完全武装で乗り込めばたどり着けるんじゃないのかと冗談で言ったら、「戦争を始める気ですか!?」と本気で止められた。
冗談って分かるだろ、普通。
「まあ、仕方ない。暇だし武具の手入れでもするか」
血が付いているし、洗ってしまおう。階下の裏手に井戸があった。
「ついでに荷物持ちたちの分も洗ってやろう」
部屋の隅に彼らが食材を入れていた肩かけの袋が置いてある。
俺の食糧を入れて、ここまで旅をしてきたものだ。
野菜クズや泥が袋の中に沢山付いている。
「これは袋というより背嚢だな。登山リュックが一番近いか」
動物の皮をなめしたものらしく、頑丈だが重い。
一杯入るので重宝していたが、思ったより汚れていた。
武具と一緒に持っていって、外の井戸で水洗いする。
「あとは軒先に吊してと……」
ここは二階だし、盗難の心配もないだろう。
オンボロリュックを盗む奴もいないはず。
よく乾くように、口を下に向けて干す。
「これじゃ、通りから目立つな。まあいいか。次は腹ごしらえだ」
俺はメシを食うため、もう一度階段を下りた。