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俺はいま、正座しているドブロイの部下たちを、懇々と説教している。
ドブロイ本人はここにいない。担架でどこかへ運び出されてしまった。
「いいか、強い者が弱い者を苛めてどうする」
ドブロイの部下たちは神妙に聞いている。
俺が伝えたい内容は、至ってシンプルだ。
難しいことではない。魔界の住人にだって十分理解できる。
――強い者こそ、弱い者を守る
それだけだ。
今まで、「強い者は何をしてもいい」と信じて生きてきた連中に、その概念が理解できるか分からない。だから繰り返しになってもいいから俺はしっかりと言い聞かす。
そもそも俺の話自体、母親の受け売りだ。
俺はそれを理解できたし、今でも正しいことだと思っている。
幼少時のすりこみだと言われそうだが……まあ、否定できない部分でもある。
ただあの湖の一件。笑ってスルーできるほど、俺は穏やかじゃない。
「分かったか!」
「「は、はいっ!!」」
「…………」
本当に分かったのだろうか。
説教を始める前に、ストメルが「ほどほどに」と言っていたし、ここは俺の国ではない。
あまり出しゃばるのもよくないだろう。
「あいつらの処遇について、決して手を抜くんじゃないぞ。手を抜いたら上司の倍、殴ってやるからな!」
「……っ!!」
さんざん脅しておいたので、これでいいだろう。
これ以上言ってもくどいだけだし、あとは本当にこの町の連中に任せることにする。
「弱い者を守る町になってほしいな」
「そうですね」
本当にそう思っているか分からないが、ストメルがそう言って、今回の件は終わった。
……訳だが、町を出る前にもう一度メシをたらふく食うはめになった。
運動すると、腹が減るのだ。
「ゴーラン様は、まだ成長していると思いますが」
「えっ、そうなの? 自分じゃ分からないんだが」
旅を再開し、次の町まで歩いている途中、いつまでメシを食えばいいのだろうという話になった。
「魔素ですよね。旅に出るときに比べて、かなり上がっています」
「マジで?」
旅に出る前、サイファから「以前の十倍になっているぞ」と言われた。
そんなに増えたのかと思っていたが、この道中でまた増えたらしい。
「その辺も魔王様にお聞きになるといいかもしれませんね」
魔王トラルザードはかなり長生きで、いろんなことに詳しいらしい。
ご意見番が不要なほど魔界をよく理解し、実力は最強。
なんでもできるマルチヒーローみたいな存在だという。魔王だけどな。
「そうだな。聞きたいことも多いし……けど、そろそろ魔素の伸びも止まってきているんじゃないか?」
腹の減りが以前ほどではなくなった。
前は四六時中腹が減っていたのだが、今は一日五食くらいで足りている。
五食だと十分多いか?
「そうですね。たしかにゆるやかになったと思います」
「馴染んできたのか、最近ようやく身体が動かしやすくなった気がするんだ。やっと自分の身体に戻ったみたい?」
それまでは、どこか一枚皮を被った感じがあった。
全身雨合羽でくるんだような、どこからどこまでが自分の身体か分からないような違和感があったが、それもなくなっている。
「それでゴーラン様」
「……ん?」
ストメルが真面目な顔をしている。
長い旅で、俺はストメルの表情の変化が分かるようになってきた。
「その盾ですが……よろしかったのですか?」
吸魔鉄の盾は、いま俺が持っている。
多目族のドブロイに持たせておきたくなかった。
吸収した魔素も数日で抜けて、今では片手で持てるくらいの軽さになっている。
俺は六角棍と吸魔鉄の盾を両手に持って旅をしている。
両方ともこの旅で手に入れたものだ。
「まあ、いいんじゃないか? 戦利品ってことで」
本当はいけないのかもしれないが、ドブロイも「タイマンで負けて持って行かれた」と泣きつくこともしないだろう。したらしたで、面白いが。
この吸魔鉄の盾はかなり面白く、俺が魔素を流したら、ことごとく吸収しやがった。
そうすると必然重くなる。硬さも増しているのだろうが、最初から硬すぎるくらいなので、その変化は分からない。
魔王トラルザードと会うわけだし、防御は必要かもしれない。
そのときは、役に立ってくれるだろう。
……いや、魔王と戦うつもりはない。本当だ。俺はどっからどうみても温厚だし。
万一のためというのは、昔から言われている。
転ばぬ先の武器と防具と言うし。
そんな感じで旅を続け、町を二つ、三つ抜けた。
そして俺の腹が減らなくなった頃、魔王トラルザードがいる町に着いた。
メラルダ将軍が目論んでいたわけではなかろうが、俺が町に着くのに合わせて魔素の増加が止まったのだから、タイミング的にはちょうど良かった。
「部下を城に行かせましたので、私どもは宿で待ちます」
「ふむ」
「魔王様に謁見できるまで日数がかかるかと思いますので、それまで宿で待つことになると思います」
「なるほど」
「くれぐれも問題を起こさないよう、お願いします」
「もちろんだとも」
「………………」
なぜかストメルが疑わしそうに俺を見る。
「ゴーラン様、いまお召しになっているものはなんでしょうか」
クイズか? いやに答えが簡単なクイズだな。
「竜鱗の鎧だ」
いまの俺はドヤァって顔をしているはずだ。こんな簡単なクイズを出すとは、ストメルもまだまだだな。
「……よくお似合いです」
「そうだろ? 何しろ、デルピュネ族の宝だしな」
「胸に輝く鱗は、当代族長のものですしね。泣きながら縫い付けていましたけど」
「族長の献身には頭が下がる思いだったな」
「…………」
さすが魔王のお膝元。
ここに来る前に、竜の集落に迷い込んでしまった。
デルピュネ族が俺たちを食い殺そうと襲ってきたので、鎧をいただいてしまった。
なんでもこれは、至高の戦士の鱗だけを使って完成させる鎧らしくて、未完成だった。
俺が旅立つのに合わせて、慌てて完成させてくれたのだ。
見送りにきた族長の胸には、鱗をむしった跡が残っていた。ありがたや、ありがたや。
「というわけで、安心してくれ」
俺は握り拳に親指だけを立てた。
「承認欲求ですか」
「どこで覚えた、そんな言葉」