195
目の前にいるドブロイを俺はよく観察した。
この手のタイプは、人の話を聞かない。
人の意見で、自分が左右されるのを嫌うタイプだ。
合っていようが間違っていようが、自分の言葉を曲げない。
「自分の町の住人すらまともに管理できないってのは、滑稽だな。お里が知れるぜ」
「余所の国の者にとやかく言われたくないな」
予想通りの返答だ。
話し合い……というほど話していないが、このままでは平行線だろう。
ならばやることはひとつ。
俺は深海竜の太刀に手をかけた。
以前、これでネヒョルを真っ二つにした。
あの時の感触はいまだ手に残っている。
もう一度やれと言われれば、「それは無理」と答えるが、進化前に比べて身体がよく動く。
動きすぎるくらい動くのだから、鍛錬を積めばあれに近いことはできると思う。
なにより、ちょうどいい練習相手がいる。目の前に。
「……斬り甲斐がありそうだな」
内包する魔素量はファルネーゼ将軍をしのぐ。
進化前の俺なら、逆立ちしたって傷ひとつ追わせられなかったはず。
深海竜の太刀を使っても、浅い傷くらいが関の山。
この多目族は、それくらいの強さを持っている。
「ここから先は手出し無用」
ドブロイが周囲に言い放った。
自信があるのだろう。いや、当たり前か。奴には絶対の自信があるのだ。
「そうだぜ。決着がつくまで一切手出し無用。もし破ったら、その首を差し出させるからな」
俺もそれに乗っかる。
俺が負けたときは別にいいが、相手が劣勢になったときは困る。
なにしろ、ここは敵地と同じ。横やりを入れられたら大変だ。
双方の部下ともに理解したのか、みな下がっていった。
「ドブロイ様、用意できました」
部下が武器を取りに戻ったのだろう。息を切らせてやってきた。
どこかにある屋敷まで往復したのか。にしては、これだけ短時間の往復であれほど息が切れる?
「御苦労」
ドブロイがニヤリと笑った。
両手に持ったのは、長い棒と、重そうな盾。
(……盾? 珍しいな)
魔界の住人は攻撃重視。
盾で身を守るような戦い方はあまり好まない。
ドブロイが盾を装備したが、これは本当に珍しい部類にはいる。
……ってオイ、それ。
「……吸魔鉄か?」
「ほう、よく知っていたな」
こいつ、なんてものを持ち込んでいやがるんだ。
吸魔鉄というのは、魔界にある摩訶不思議な鉱石のひとつだ。
色は漆黒。黒光りしない。つや消しというレベルではないくらい真っ黒。
そこだけ色を塗り忘れたかのような黒をしている。
(世の中にある大半の黒には、紺色が交じっているというが、あれだけはないな。鉱石なのに、黒しかない)
それほど黒い。
最初あれを見たとき、俺は暗黒物質かと思ったほどだ。
そしてこの吸魔鉄。
魔素を延々と吸い込んで、際限なく硬くなる。
決して砕けないと言われるほど硬いため、削り出しすら不可能なのだ。
(高速回転するダイアモンドカッターでも無理かもな)
それだけ硬いのを盾に使っているのが信じられない。
あれは魔王の攻撃だって弾く。
「……そうか、その形で存在していたのか」
ドブロイが構える盾は荒削りした亀の甲羅のように見える。
だがよく見ると、岩の塊のようにも。
つまり、吸魔鉄を盾に加工したのではなく、たまたまその形の吸魔鉄を見つけたのだろう。
普通は重くて持てないが、ドブロイくらいになると、片手で持っても問題ないらしい。
「この盾は無敵」
ドブロイは嫌らしい笑いを浮かべやがった。
(こいつ、絶対潰す)
すげー、腹が立った。
おそらくドブロイがここまで上り詰めたのも、その盾があってのことだろう。
魔王の攻撃すら弾く盾だ。
それでライバルを次々倒して、成り上がったに違いない。
現に、奴は勝利を確信している。
あたりまえだ。俺の深海竜の太刀では、あれに傷をつけることすらできない。
魔素を込めた攻撃や魔法だって吸収してしまう。
「なるほどな……だったらこれは要らないか」
俺は深海竜の太刀をストメルに放った。
「ゴーラン様、武器を手放すのですか?」
「必要なくなった」
「はいいっ!?」
ストメルが驚いている。あんなもの相手では、深海竜の太刀では分が悪過ぎる。
「おい取り巻きの阿呆ども。今からの戦いで、少しでも手を出したら、問答無用でぶっ殺すからな」
一応脅しておく。
「そうだぞ。これは魔界の正式流儀に則った一対一の戦いだ。手出し無用」
ドブロイがどや顔で言いやがる。
「さて、ウチの道場主が本当に何者か分からなくなってきたな」
生前、俺がよく預けられた道場では、盾を持った相手との戦い方も学んでいる。
まさかまさか……そんなものがここで役に立つとは。
俺は歯をむき出して笑った。
生前俺は、敵が武器を持っていて、こちらが無手の状態の鍛錬をいくつもやった。
もしくはその逆の鍛錬も。
道場主は普段あまりやる気が無く、すべて俺に任せていたが、こういった特殊な鍛錬だけは、生き生きと俺で試していた。
新しい技を思いついたときの実験台だったのだろう。
たとえば、真剣白刃取りをされた場合の対処。
俺は刃引きした真剣で、真剣道場主に斬りかかった。
もちろん殺すつもりでだ。
道場主は見事、真剣白刃取りをやってのけ、「マジか!?」と俺が驚いている間に、刃を寝かせながら腰まで下ろし、空いた顎に蹴りを入れやがった。
一瞬の出来事で対処出来なかったが、これは俺が甘いかららしい。
刃が止められた瞬間に柄を捻り、相手の手を傷つけさせつつ、刃を引きながら抜くのが正解らしい。
万一、刃を回転させられないほど強く挟まれたら武器を手放して下がれと。
テコの原理があるので、よほどの力量差がないかぎり、柄を握っている方が勝つらしいが、それすら通用しない相手もいると。
そんな特殊な鍛錬を俺は嫌と言うほど積んでいる。
(敵が武器と盾、こちらが無手の場合はと……)
もちろん気が遠くなるほど、これも実践済みだ。
俺は両手を挙げて、ドブロイに掴みかかる。
ドブロイは当然、盾で俺ごと弾こうとする。
俺は目標を変えて、盾を掴んだ。
ドブロイは俺の姿が見えていないはずだ。なにしろ、盾を高く掲げているのだから。
(流れる動作でっと……)
両手で盾を掴んだ瞬間にはもう、時計回りに盾を回転させている。
両手でしかも、体重を乗せて、おもいっきりだ。
左手だけで盾を持っていたドブロイは、それに抗うことができず、盾が回転しはじめる。
すると、ある一定以上まで回転すると、あら不思議。
「手から離れちゃうんだよな」
関節の構造を知っていれば、だれでも分かることだ。手首を外側に回すと、途中から力が入らなくなる。
俺は両手で盾を持ち、ドブロイはというと……。
片手で武器だけ持った状態で、驚愕の表情を浮かべていた。
魔王の攻撃すら跳ね返す盾。すげー、重い。両手で持つのがやっとだ。
今さらだけど、こんなのよく片手で持って戦えるな、さすがは小魔王。
でもこんな超がいくつつくか分からないほど強力な盾を、俺の前に掲げてくれるなんて……奪ってくれと言っているようなものじゃないか。
「さあて、ここからは俺のターンだぜ」
俺はニヤリと笑い返してやった。
いや、ずっと俺のターンだ。