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「えひっ」
「うべえっ」
「情けない声をあげるんじゃないぞ」
俺はジュエルピジョン族に魔法を撃っていたコイツらを折檻している。
といっても、まだ大した事はしていない。
濡れ鼠となって岸に這い上がってきたところを捕まえて、湖の中に沈めているだけだ。
顔を水面に出したらまた沈める。ただそれを繰り返しているだけ。
最初は暴れて暴言を吐いていたが、すぐに大人しくなった。
続いて、虎の威を借るキツネよろしく、胸くそ悪いことを言い出したので、念入りに沈めてやったら、今度は泣き言をいいはじめた。
「あの……ゴーラン様」
「もう少し待っててくれ。こういう奴らは、話をする前に素直にさせないと、聞く耳持たないからな」
そう。これはしつけの第一歩である。
町のすぐそばに住む非戦闘系の種族を戦闘系種族が魔法の的にする。
許されるわけがない。
俺の国なら半殺しだ。というか、仲間を大事にしないやつは俺が殺す。
「俺が優しい奴で良かったな。なあ?」
「ぐぼぼぼっ」
「げほげぼっ」
むせび泣いている。
もう少ししたら話を聞く気持ちになっているだろうし、そうしたらお話し合いだ。
話し合いだと、ときどき手が出るが……いや、手と足が出るが、それは円滑に会話を進めるためのスパイスと思ってもらいたい。
「わが町の住民に対しての狼藉、そこまでにしてもらおうか」
腰まで湖に浸かった状態の俺。
一気に背筋が冷えた。
「……あんたが町の支配者?」
ゆっくりと振り向くと、ホーンド族とはまた違った肉体を持った偉丈夫が立っていた。
内包する魔素は推し量れないほど多い。
少なくとも、ダイルよりは上。
メラルダ将軍ほどではないが、ハルムやミニシュくらいはある。
つまり、小魔王級というわけだ。
「町の支配者ではないが、領主は留守でね。代わりに治安を任されている」
「……ほう、ではコレらがやらかしたのは、あんたの監督不行き届きが原因か」
「彼らがなにを?」
「聞いてみるかい?」
俺は溺れてグッタリしている連中を放り投げた。
「……話は分かったが、私刑は良くない。そもそも」
「他国から来た俺が出しゃばるなってか?」
「そうだ。分かっているのならば、なぜこんなことを? 町の者を呼べば済むはずだ」
「その町の者なんだよ、コイツらは。信用できると思うか?」
「そこは信用してもらうしかないな」
「信用ねえ……だったら、このクズどもを更生させている俺に感謝すればいいさ。なんたって、町の者がやるべきことを俺が代わりにやったんだからな」
「私刑はいけないと言ったはずだが?」
「なら知っているか? コイツらは、これが初めてじゃない。ジュエルピジョン族は、コイツらに的にされるのが嫌で山から下りてこない。だが、山に籠もっているだけで生活できると思うか?」
「難しいだろうな」
「あたりまえだ。生活できるわけがない。だからこうして町の近くに集落を作っているわけだ。……それでどうしても用事があるときに山から下りてくる。見つかったらこのザマだ。アンタらがやらないから、コイツらがつけあがり、被害は長期に亘る。……で、もう一度聞くが、町の者に任せたら収まるんだよな? もう二度と起こらないと誓えるな」
「その通りだ」
「ハッ」
「何がおかしい」
「アンタは嘘つきだな。収まらない事と知っている。ただこの場を収めるためだけに嘘を吐いた。その沢山の目は節穴か。俺を舐めんじゃねえ!」
俺が話している相手は、数えるのも嫌になるくらい多くの目を持つ、多目族だ。
名前をドブロイというらしい。
予想通り、小魔王だった。
俺の言葉に、お付きの連中が騒がしい。
多目族は、目の多さによって強さが増す変わった種族だ。
多種多様な特殊技能を持ち、目の前のドブロイくらい多ければ、そりゃ小魔王にもなるだろう。
だが俺にとっては、そんなものどうでもいい。
自分の仲間を遊び半分で傷つけるクズ野郎と、それを知っても気にしないこの町の住人が気にくわない。
(母さんが俺に怒った理由がよく分かった。他人が苛めるのを見るだけでも、ムカムカする)
「しかるべき措置を取る」
「へえ……どういう? まさか俺にそれを話せないってことはないよな」
「しっかりと、反省させる」
「……ふうん。まあいいや」
俺は立ち上がって、震えながら固まっているコイツらを掴んだ。
「どうするつもりだ?」
「この町では、他者を苛めても反省すればいいらしいからな」
「ひぃ~」
意図を察して逃げようとするが、俺が押さえているのだ。逃げられる訳がない。
「それ以上の狼藉は許せんと言ったはずだぞ」
「それはコイツらに言ってやんな。アンタの考えは間違っているぜ。嘘つきで不正確。町を任せられる器じゃないな」
反省させる? 言ったところで効くものか。 コイツらを半殺しにしてでも止めさせるべきだ。
大きな町にはこういったクズが一定数いる。
上の者に目を付けられれば、今度は目のないところで悪さをする。
そういう連中だ。
身体の芯に恐怖を植え付けて、心を折らない限り、犠牲者は増える一方なのだ。
「私の見ている前でそんなことは許さん」
「だから優先順位を間違えているぜ。だが俺は、売られた喧嘩は常に買う。言っとくが、俺は怖えぞ、コラァ!」
俺の言葉にドブロイが立ち上がる。
「ゴーラン様。あなた様はこのあと魔王様と面会するのですよ」
さすがにストメルが止めにくる。
「すまんな。俺には譲れないものってのがあるんだよ」
俺の目の届くところで、こんないじめを放置したくないし、これからも続けて起こるのが分かっているのに、知らんぷりしたくない。
「一式持て」
ドブロイがやる気になった。
これは熱い戦いになりそうだ。
「俺は太刀を握るぜ」
あれがあると安心できるが、相手は小魔王。
はてさて。
俺たちは静かに睨み合った。