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「さあて食うか」
町に入って、一番繁盛してそうな飯屋に入った。
注文したのは、すぐに出てくるもの。
それを出てきたそばから平らげる。
「おやじ、ここからここまで持ってきてくれ」
俺の「一度はやってみたかった」シリーズ。
大人買い……いや、大人食いだ。
メニュー用の木札が壁に掲げられている。
俺は、上段の一列すべてを注文した。
「ゴーラン様」
「ん?」
「周囲から注目されてますが」
「……まあ、しょうがないよな」
進化してからというもの、身体が大きくなって、もてあまし気味である。
デカい奴は強いと思ってよいが、魔法系が得意な種族や上位種族は身体の大きさと強さが合っていない。
そういうわけで、魔界でも俺のようなタイプは、意外と少なかったりする。
「注目されるのは、それだけが理由じゃないしな」
俺は魔王トラルザードの国に来ている。
だが、俺の出身は小魔王メルヴィスの国だ。
支配のオーブによって繋がっているのは小魔王メルヴィスであって、この国の魔王トラルザードではない。
魔界の住人は魔素の大きさでおよその強さが判断できるし、だれと繋がっているかで、同国人かそれ以外で区別する。
俺をみて、さぞ違和感を抱いだだろう。
「何か仕掛けてくるとは思えませんので、気にしない手もあります」
「そうだな。俺みたいに目立つ間者はいないだろうし、商人……と名乗るわけにはいかないしな……俺の場合、どう思われているんだか」
「他国の使者と思われているのではと考えます」
「なるほど」
支配のオーブで同国人かどうかが分かってしまうため、スパイとして他国に入り込むのは難しい。
同国人以外がどれくらい目立つのかというと、ビジネスマンで溢れる東京の町並みの中に、江戸時代の人間を放り込んだ感じだ。
そのくらいの違和感がある。
少なくとも、よそ者はすぐに分かる。
商人は他国へどんどんと物や情報を運ぶため重宝がられるが、彼らの場合ほとんどが非戦闘種族である。
俺のような外見をする商人は見たことがない。
外見がこれだけ戦闘に特化していれば、魔界の住人は商人ではなく兵を目指すものだからだ。
今回の場合、俺はストメルと一緒なので、他国の軍人か使者と見られるのが自然らしい。
「あー、食った食った」
結局、二回も「大人食い」して、ようやく腹が満足できた。
「この後ですが、部下に食糧を買いに行かせます。町を出るのはその後になります」
「そうか。食事が終わったあとですまないが、よろしく頼む」
ストメルは俺の副官なので俺から離れない。
荷物持ちとしてついてきている二人の従者は、こういう時、旅が快適になるように動いてくれる。
従者を連れて旅など、諸国漫遊をするご隠居になった気分だ。
印籠は持ってないけど。
「待ち合わせ場所は、町の出口にしましたので、彼らが来るまで少し散策しますか」
「そうだな。どうせなら、あまり人の多くない場所がいいな」
注目されるのは別にいいが、変なちょっかいをかけられると面倒くさい。
「でしたら、湖畔の方へ参りましょう。あそこは静かですし、のんびりとした雰囲気が楽しめると思います」
さすがストメル。
リグの代わりだけあって、有能だ。
「湖を見ながら昼寝でもいいな。よし行こう」
ここは魔王トラルザードの国の中でも内陸部にあるせいか、町を覆う門のようなものはない。
家々が適当に立ち並んで町に成長した感じだ。
俺はゆっくりとした足取りで湖に向かった。
たまには骨休めもいい。
そんな風に思っていたら……イジメの現場を見てしまった。
「なあ、ストメル。あれは遊んでいるのか? それとも訓練か? もしかして、俺の知らない健康法とか?」
湖の上を翼を持つ種族が飛んでいる。
それに向かって、湖畔から魔法を撃っている連中がいる。
羽が生えた種族はそれほど高い戦闘能力を持たないことが多い。
逆に、攻撃魔法を撃つ種族は多種多様だ。
下位から上位の者まで様々だ。
俺が思うに、湖畔にいる連中はあまり強そうではない。
中位下級種族くらいだろうか。
「飛んでいるのは、ジュエルビジョン族ですね。この付近の山脈に集落を作って暮らしている種族です」
宝石の鳩とはまた、粋な種族名だ。
彼らが舞うと、その羽がキラキラと輝き、まるで宝石で飾り付けているかのようにも見えるらしい。
「ジュエルビジョン族は、非戦闘系種族だよな」
「はい。非力ですし、手は羽になっていますので、戦闘できる種族の中には入っていません」
非戦闘種族の場合、兵役は免除される。
代わりに事務仕事をしたり、食事を作ったり、荷物を運んだりと、戦場では裏方の仕事をする。
そういう種族は普段、食べる分の狩りをしたり、畑を耕したり、漁をしたりしている。
生産系に特化している種族は木訥な者もいて、そういった連中を守るのが俺たち戦闘種族になる。
「……とまあ、本来はああいう連中を守るわけだが、何をやっているんだか」
湖の上で舞っているジュエルビジョン族は残り三体。
他は魔法弾が直撃し、湖に落下している。
水しぶきをあげて泳いでいるのがそうだろう。
四、五体みえる。
「長引く戦乱によるストレスかもしれませんし、兵に選ばれなかった憂さ晴らしかもしれません。……それでも許されて良い行為ではないと思います」
魔界の住人は血の気が多い。
戦いたければ、候補はいくらでもいる。
わざわざ非戦闘系種族を探し出して、魔法弾を撃つ理由はない。
「ここはクルーニャ将軍の支配地域ですので、この町を管理している者に話をしに……って、ゴーラン様?」
俺はゲラゲラ笑いながら魔法弾を撃っている連中の背後に忍び寄り、背中を蹴り飛ばした。
「おーっ、よく飛ぶ。ガキの頃に石を投げて水切りをやったのを思い出すな」
「あん? ――ッ!」
「てめぇ!? ――ッ!」
「おまえ、よそも ――ッ!」
四連続で水切りが成功した。
腕は落ちていないようで、嬉しい。
「ゴーラン様、何を!?」
「大丈夫だ」
「全然大丈夫ではないですけど……ここはクルーニャ様の……」
「あれだけじゃ死にはしない。すぐに岸にやってくるだろう」
「それでどう説明を?」
「安心しろ。ちゃんと最初に心を折ってやるから。そこからが説教のはじまりだ」
もちろん、肉体言語の説教だが。
バシャバシャと水音を跳ねさせている連中の方を見ながら、どうやって説教をしてやろうかと、俺は考えを巡らせた。




