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どうやら、俺は旅に出る前よりも強くなっているらしい。
たった数日の道中でも、まだ成長していた。
「だけど、これはさすがにおかしくないか?」
演舞をしたときにできた大地のヒビ。
明らかに『魔素が乗っている』攻撃だ。
……おかしい。
たとえば幽鬼種に対して、俺たち鬼種は無力だ。
何しろ、攻撃に魔素が乗らないからである。
魔法を使えば楽に倒せる相手でも、苦戦してしまう。
一応、気合いを入れれば少しは効くが、それをアテにして幽鬼種と戦いたいとは思わない。
「深海竜の太刀は、魔物の素材を使った武器だから魔素が乗ったが……」
この事態、考えられる理由はふたつ。
俺が魔素を操れるようになったか、この六角棍が、魔素を乗せやすい素材であるかだ。
真実は、これだけでは分からない。
「これは良い武器ですね」
俺は長に返そうとすると、長は首を横に振った。
「それは差し上げます。素晴らしい使い手に出会えたことで、六角棍も満足していることでしょう。戦士の証、ぜひお使いください」
そういうことならもらっておこう。
俺が普段使っている金棒も頑丈な武器だが、これはこれで良い武器だ。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
俺の言葉に、長は満足そうに頷いた。
この集落の戦士の象徴。俺もそれに認められたことが、単純に嬉しい。
それと、あとで魔素が乗るか試すことが出来る。
「ではこちらへどうぞ。選抜を始めますので」
「はい、見学させていただきます」
俺が長の横に座ると、若いガチムチたちが我先にと並んだ。
「ああやって一列に並んで、勝ち抜き戦をするのです。先に三勝した者から抜けます」
「負けたらどうなるのですか?」
「負けた場合、列の一番後ろにつきます」
「なるほど、それは分かりやすくていいですね。……して、何人抜けたら終了ですか?」
「今回は二十名を予定しています。各集落からも代表者たちが出てきますゆえ」
同じホーンド族の集落がこの辺りにいくつもあるようだ。
この辺もオーガ族と同じだ。
「ではまたそこで集落の威信をかけて戦うわけですね」
「はい。今回選抜に勝ち抜いた二十名に、我が集落の猛者三十名を合わせて、五十名を出す予定で考えています」
「結構な人数ですね」
「各集落からも同じように選抜されてきますので、最終的に残るのは半数程度になるでしょうか」
送り出しても半分は戻されるという。それでも長は嬉しそうだった。
選抜に最後まで残るのは、意外と厳しそうだ。
メラルダ将軍の部隊も、みな強そうな者ばかりだった。
この国はこうやって兵の質を高めているのだろう。
若者たちの戦いは、目を見張る者から目を覆う者まで、多種多様だった。
みな攻撃一辺倒で、防御したり避けたりしないので決着がすぐに付く。
互いに足を止めて、ノーガードで殴り合う感じだ。
昔のアニメで、ほうれん草を食って強くなる主人公が、ライバルと一発ずつ殴り合う喧嘩をしているのを思い出した。
このホーンド族は、オーガ族と同じく肉体に特化しているため、魔法は使えない。
だからこそか、肉体をいじめ抜き、ああいった筋肉を纏っているのだろう。
「我が一族も見習うべきところが多くありますね」
今度、オーガ族を鍛えるときに参考にしようと思う。
「そうですか。ぜひ広めてくだされ」
長は笑った。
選抜の方は見事デカい連中が勝ち抜き、最後の二十人目を巡っては、熾烈な殴り合いが行われていた。
選抜の様相は悲喜こもごも。
抜ければ六角棍を手にでき、集落で一人前と認められる。
負ければまた次の機会を待たねばならない。必死にもなる。
俺はいいものを見られて、とても満足した。
「食事をありがとうございました」
出発の時である。
「なに、あれだけ食えるのですから、さぞやお強いのでしょう。また何かあれば寄ってくだされ。今度は精鋭を揃えて待っておりますので」
「そうですね。その時はぜひ手合わせしましょう」
俺は長とがっちり握手して、集落を後にした。
そして街道に戻り、俺たちは先を進む。
「このペースでしたら、町に着くのは明日になります」
「うん、それは別にいいだろう。急ぐ旅でもないし」
魔王トラルザードと面会する前に、この腹減りだけでも何とかしておきたい。
「今晩は野宿になりますが、よろしいでしょうか」
「問題ない。できれば野生動物がいるあたりがいいな。これの威力を試してみたい」
俺は長からもらった、六角棍を手に取った。
最初は鉄かと思ったが、別の金属が少し混ぜられているらしい。
俺が大地を割ったあれは、六角棍が俺の魔素を溜め込んで、振り下ろすと同時に発射したからだと結論づけた。
それができるのならば、剣速で衝撃波を撃ち出せないかと考えたのだ。
なんちゃって魔法攻撃である。
ということで、野生動物で試してみたかった。
「そうですね。では、少々山に入りますが、どこかよい場所を探させましょう」
「頼む」
また後ろの荷物持ちが走り回るのだろうか。
少々申し訳ない気持ちになってくる。
「しかし、その六角棍は良い武器ですね」
「そうだろう? ホーンド族の戦士の証らしいからな」
「とても重そうで、私にはとても持てません」
ストメルは蜂形態なので、そもそも武器は扱えない。
その分、空を飛べたり毒針があったりするので、問題ないと思うが。
「ホーンド族みたいなガチムチな筋肉連中が振り回すんだ。頑丈に作ってあるからな……ほれっ!」
俺は六角棍を両手で持って曲げた。
そして曲がった。
「……あれ?」
飴細工のように曲がってしまった。
毛利元就みたいに、三本用意すればよかったのか?
「……ゴーラン様?」
「お、おかしいな……こんなに簡単に曲がるはずがないんだが」
六角棍は知恵の輪のように曲がってしまっている。
「どうしてでしょう……」
「分からん……あっ」
「どうしました?」
「魔素を流し込んだからかもしれない」
考えられる理由としては、それだけだ。
筆記体のエルのように曲がってしまった六角混を持って、俺は途方に暮れた。




