019
駄兄妹が言うには、俺に客らしい。
だが俺には何の心当たりもない。
「部隊長に会わせてほしいって話だったんだよ。それならってんで、グーデン様のいる村を教えようとしたら、ホラ」
「ちょうど村にゴーランの話が伝わってきてね。下克上で交代したっていうじゃないの。あたしビックリしちゃった」
「下克上は……まあ、成り行きだ。それで?」
「んじゃ、いい機会だし村で待っているかって言ったんだが、一度戻るって言うんだよ」
「村の者には見つかりたくないんだって。変だよね〜」
「待て! いま、村の者には見つかりたくないって言ったか?」
「言ったよ。どうしたの?」
「……もしかして、この国の奴じゃないのか?」
「そうだよ。よく分かったな」
「……最悪だ」
他国の人間が会いに来る? トラブルの予感しかしない。
「なんだよ、ゴーラン。急に黙っちまって」
「おい、駄兄妹。いいか、よく聞けよ。もったいぶらずに全て話せ。忘れていることがあったら、今のうちに思い出せ。そして、隠し事をするな。見たこと、聞いたこと、すべて言うんだ」
「お、おう」
「ゴーラン、こわーい」
「は・な・せ!」
俺が睨みを利かせると、ふたりはあーでもない、こーでもないと言いながら、事のあらましを話し始めた。
サイファが出会ったのは偶然。
家が村のはずれにあったことと、外で仕事をしていて音がしたから寄ってきたのではないかということらしい。
そして重要なこと。
やってきたのは一人で、しかもどの国の支配も受けていない、完全にフリーな存在だったらしい。
この世紀末の世でどこにも属していない、つまり誰の後ろ盾もない存在。
そんな者がいるとしたら、王を名乗れるくらいの実力者か、ワケありくらいしかいない。
「つまり、ワケありか?」
村の者に見つかりたくないのだからそうだろう。
噂になりたくないのだ。
「まあ、ワケありっちゃ、ワケありだよな」
「そうよねー、だって死神族だし」
あっけらかんとベッカが言った言葉に、俺は頭を抱えたくなった。
よりにもよって死神族だ。
他の地方では知らないが、ここら周辺、つまりいくつかの小国が密集するこの辺りでは、死神族は蛇蝎のごとく嫌われている。
それには理由があることだし、仕方のないことなのだが、どこにも属していない死神族がこの村に現れたのが問題だ。
「……それで、用向きは?」
「部隊長が来たら話すってさ」
「いまこの村にいないのだろ?」
「部隊長が戻って来た頃にまた来るって言ってた〜」
「そうか」
時折見に来るのか、どこかで監視しているのかもしれないな。
種族的な強さで言えば、オーガ族どころか、ハイオーガ族よりも上のはずだ。
ヴァンパイア族とどっちが上だろう。
あのくらいになると、種族の優劣よりも個人の力量が重視されるから、序列にあまり意味はないのだけれど。
つまり死神族はそれだけ強力な個体だと言える。
「……帰ってきた早々、どうして厄介事が降りかかるかね」
やっぱり下克上をしなければよかったかな。
「でもゴーランなら、いつものことじゃね?」
「そうよ。戦いたくないって言いながら、毎日戦ってたし。いまさら厄介事がひとつ増えたくらいで、変なの」
ベッカが、プークスクスと笑いやがった。
「上等だ、コラァ。ボコられてえのか?」
「おっ、今日はゴーラン。珍しくやる気になったじゃないか。部隊長になると違うな」
「ったく面倒事を持ってきやがって。それと部隊長は関係ねえ」
「いやあるだろ。村を出ていく前とくらべて、かなり強化されただろ? 何しろ強いか弱いかってのは重要だ……というわけで一戦願おうか」
「お兄ちゃんが終わったらあたしね」
「……疲れているんだから、休ませろよ。それに家に帰って、厄介事を整理してえんだが」
戦場からここまで歩いて来たんだぞ。
まあ、こいつらに言ったところで理解してくれるとは思えないが。
「大丈夫だ。ゴーランが出ていっている間もベッカと鍛えていたから」
「そうよ。今日のあたしは一味違うんだから」
やっぱり理解してくれてねえ。
「まあいい。面倒だからかかってこい」
その場で挑発するように指を挙げた。こいつらは伸した方が早い。
「へへっ。じゃ行くぜ!」
最初から気づいていたが、駄兄妹の兄の方、サイフォは金棒を持っている。
それを大きく振りかぶって、頭をめがけて打ち下ろそうとしてきた。
俺は半身に構えて、金棒を持った肘の内側を殴る。
見事、金棒は目標を外れて地面を穿つ。
その隙に反対側の腕を逆さにとり、締め上げる。
「痛て、痛ててて……」
普段ならば面倒なので、ここで折っておくのだが、後頭部に肘を落として気絶させるだけに留めておく。
「部隊長になってまた強くなったみたいね。じゃ、あたしの番だね」
これまた手に持っていた槍を振り回してくる。
この駄兄妹は俺に連敗するようになってから、武器を使うことを覚えた。それに習熟しつつある。普段から握っているのだろう。
だんだんと相手するのが面倒くさくなってきている。
「ほっ!」
長刀のようにスネを刈りに来たので飛んで躱す。
せっかくなので、空中で後ろ回し蹴りをベッカの胸にたたき込む。
「いやん!」
声はかわいらしいが、吹っ飛ばされて地面に後頭部をつけたまま逆立ちしている。
人に見られたら、指さして笑われる格好だ。
もちろんベッカもこのままでは終わらない。
首をコキコキとならしながら立ち上がった。
「威力が前に比べると段違いだね〜」
目をキラキラさせてくるから始末に負えない。
「いいから来い。面倒だから次で終わらせる」
「そううまく行くかな?」
両手で槍を振りかぶったまま突進してきた。
何をやりたいのか分からない。
足下に落ちていた金棒をベッカの方に蹴り出す。
回転して飛んでいく金棒をベッカが槍で打ち落とす。
以前俺が見せた野球のスイングを真似たようだ。
槍をもう一度戻そうとしたのでそれを掴む。
「……む!?」
魔素量の関係から、自分に有利と思ったのだろう。
槍を取られまいと引っ張ってきたので、すぐに手放す。
「ちょっ! ちょっと!?」
後ろにたたらを踏んだところへ駆け寄ってみぞおちに膝を入れる。
俺の動きが見えてなかったようで、「ふへっ!」と情けない声をあげてくの字に曲がったまま地面に倒れた。
「終わったな」
むなしい戦いだったが、いつもの風景ともいえる。
とりあえず帰還の挨拶はこれでいいだろう。
俺は駄兄妹を放置して家に向かった。