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俺が魔王トラルザードに会いに行く?
いやいやいや、他国の者が会いに行ったら死ぬだろ。
死なないのか?
小魔王ですら迫力が違いすぎるというのに、その上の魔王と会うなんて……何を話せばいいんだ?
趣味とかじゃないよな。好きな食べ物とか?
やはり「なし」だろ、会いに行くのは。
だが俺の種族について、もっと知りたい。
俺の国の話も聞きたいのも事実だ。
「俺が会いに行くと言えば、話してくれるんですか?」
「うむ。我が主の恥にもなる部分ゆえ、本来は話せん。じゃが、実際に会うとなれば、何の話題に触れてよいか、触れては拙いか分からねば怖いじゃろ?」
「そうですね。ウッカリ逆鱗に触れても大変ですし」
相手が竜だけに。
「というわけで、通常話せないことをお主に伝えようとすると、その理由が必要になってくる。同時に、詳しいことを聞きたければ、我が主に会って聞かねばならん」
「なるほど……言いたいことは分かります。筋も通っていると思います」
でも、俺が魔王に会うのか。
ゲームだと魔王って、ラスボスなんだよなぁ。
会いたくないなぁ……。
「……で、どうするのじゃ?」
「会います。会いたくないけど、会います。俺の種族に関わることなら、聞いておかねばなりませんから」
「うむ。いい心がけじゃ。では話してやろう。はるか昔の話を……」
俺の喉がゴクリと鳴った。
「と思ったのじゃが、どこから話せばいいと思う?」
「知りませんよ!」
台無しだった。
何しろ話すことは多い。
そこで、小魔王メルヴィスと魔王トラルザードとの関わりから順を追っていくことになった。
「今を遡ること数千年……まあ、四千年近く前と思えばよい。その頃、魔界の大部分を支配していたのが小覇王ヤマト様じゃった。ヤマト様は強力な三体の部下を引き連れていた。分かるかな?」
「もちろんです。俺はまだ十七年しか生きてませんが、その辺はよく知ってますよ。狂気のザルダン、不死のメルヴィス、亀竜バーグマンですね。ザルダンはその時の戦いで戦死したと聞いています」
「うむ。その通りじゃ。その三体はいずれも大魔王として、ヤマト様を支えておった。そして亀竜バーグマン様の支配地域がちょうどこの辺だったのじゃ」
「そうなんですか? たしか寿命で亡くなったのですよね」
魔界の住人にしては珍しい死に方だ。普通は寿命まで生きずに、どこかでくたばる。
「うむ。千年近く前に寿命を迎えた。その頃バーグマン様に仕えておったのが、若き日のトラルザード様じゃった」
なんと!? こんなところに繋がりが!
「そうか。同じ竜種……」
「気がついたな。そう、魔王トラルザード様と亀竜バーグマン様は同種の存在。天界との大戦の話を聞いていても、不思議ではないであろう?」
歴史の生き証人が、こんなところで繋がっているとは。
これだから長生きの種族は恐ろしいのだ。
「なんかもう、驚きすぎて言葉も出ません」
「そうじゃろ。お主がトラルザード様に会ったら、その時の話を聞くがよい。それでな、小魔王メルヴィス様が長い眠りについたのは、三百年前とも四百年前とも言われておる。詳しい時期は分からん。何しろ、他国の者どもは怖くて近寄りもせんかったからのう。最近メルヴィス様の被害が減ったな、ここ何十年もないなと思った頃になって、ようやく分かったという感じだったのじゃ」
その辺は俺もよく分からない。
あまり情報が降りてこないからだ。
ファルネーゼ将軍などは知っていると思うが、あまり主君の話はしたがらないだろう。
「千年前に亡くなったバーグマンを知っているトラルザード様ならば、当然眠りにつく前のメルヴィス様を知っているわけですね」
「そうじゃ。トラルザード様が魔王になった後に、メルヴィス様と戦ったこともあるようじゃぞ」
「ええっ!? よくメルヴィス様が無事でしたね」
「ん? お主、何か勘違いしておらんか?」
「えっ?」
「かつて大魔王にまで上りつめたメルヴィス様じゃぞ。天界の住人との戦いで大きく魔素を減らされたとはいえ、最強の一角であったことには変わりない」
「でも、小魔王と魔王の戦いですよね。勝負にならないんじゃ?」
俺がそう言うと、メラルダは大きく息を吐いた。
「……ここからは我が主の恥になるが、トラルザード様はメルヴィス様に勝てなんだ」
「そうなんですか」
「それどころかトラルザード様は、あの時の戦いの話をするたび、子鹿のようにプルプルと震えるのじゃ」
よほど怖かったとみえる。そうメラルダは嘆息した。
「魔王が震えるのですか?」
「うむ。あの頃のメルヴィス様は手がつけられなくてのう。気分が悪いと他国へ出かけていっては、村ひとつ、町ひとつ壊滅させるお方じゃった。抵抗は無意味。ただ死を待つのみといった感じじゃ」
「…………」
「わが国も例外ではない。いくつも村や町が消え去ってな、トラルザード様が部下から突き上げを喰らって、ようやく重い腰をあげたのじゃ」
「それで、どうなったんですか?」
「メルヴィス様の国へ向かって進軍を開始したところ、たったひとりで迎撃に向かわれたのじゃ。そしてたったひとつの特殊技能で……」
「特殊技能で?」
「軍は壊滅。近くにあった町は崩壊。トラルザード様は半身を失って帰還して、泣いておったわ」
「泣いたんですか?」
「泣いた。それはもう、目に大粒の涙を溜めて」
「…………」
「〈滅日の雪〉というものがある。真っ黒な雪が、あたり一面降り注ぐのじゃ。見える範囲すべて。しかも、触れた側から消えてゆく。雪に触れたものもがみな消える。逃げようにも、視界の端までみな雪が降っておる。世界が真っ黒に染まり、何もかも雪が触れたところから消え去っていく」
「それ、どうやって回避するんです?」
「不可能じゃな。その日は雲一つ無い空だったらしい。上空のどこまでいっても雪は止まず、逃げるには範囲外に出るしかない。その間にみな、消え去るのじゃが」
「ではメルヴィス様を倒すとか?」
「それができれば苦労せんだろう。雪の降りしきる中、長期戦になればそれで終わる。戦う選択肢があると思うか?」
「無理……ですね」
「強力な鱗も、分厚い外装も何もかも等しく消えるのじゃ。トラルザード様が生き残れたのは軍の後方にいたから。そして他と比べて身体が大きかったから。それだけじゃ」
「もしかして、さっきからメルヴィス様と呼んでいるのも……」
「我が主が、いまだにそう呼んでおるからじゃ」
「……なんかすみません」
俺が謝ることではないけれども、なんか申し訳ない気持ちで一杯だ。
「そういうわけで、わが国はメルヴィス様の国には不可侵を決めたのじゃ。あんな目に遭うのは二度と御免だからのう」
主がえぐえぐと泣く姿など、もう見たくないとメラルダは言った。




