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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第5章 窮鼠覚醒編
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 俺が魔王トラルザードに会いに行く?

 いやいやいや、他国の者が会いに行ったら死ぬだろ。


 死なないのか?

 小魔王ですら迫力が違いすぎるというのに、その上の魔王と会うなんて……何を話せばいいんだ?


 趣味とかじゃないよな。好きな食べ物とか?

 やはり「なし」だろ、会いに行くのは。


 だが俺の種族について、もっと知りたい。

 俺の国の話も聞きたいのも事実だ。


「俺が会いに行くと言えば、話してくれるんですか?」


「うむ。我が主の恥にもなる部分ゆえ、本来は話せん。じゃが、実際に会うとなれば、何の話題に触れてよいか、触れては拙いか分からねば怖いじゃろ?」


「そうですね。ウッカリ逆鱗に触れても大変ですし」

 相手が竜だけに。


「というわけで、通常話せないことをお主に伝えようとすると、その理由が必要になってくる。同時に、詳しいことを聞きたければ、我が主に会って聞かねばならん」


「なるほど……言いたいことは分かります。筋も通っていると思います」

 でも、俺が魔王に会うのか。


 ゲームだと魔王って、ラスボスなんだよなぁ。

 会いたくないなぁ……。


「……で、どうするのじゃ?」


「会います。会いたくないけど、会います。俺の種族に関わることなら、聞いておかねばなりませんから」


「うむ。いい心がけじゃ。では話してやろう。はるか昔の話を……」

 俺の喉がゴクリと鳴った。


「と思ったのじゃが、どこから話せばいいと思う?」


「知りませんよ!」

 台無しだった。




 何しろ話すことは多い。

 そこで、小魔王メルヴィスと魔王トラルザードとの関わりから順を追っていくことになった。


「今を遡ること数千年……まあ、四千年近く前と思えばよい。その頃、魔界の大部分を支配していたのが小覇王ヤマト様じゃった。ヤマト様は強力な三体の部下を引き連れていた。分かるかな?」


「もちろんです。俺はまだ十七年しか生きてませんが、その辺はよく知ってますよ。狂気のザルダン、不死のメルヴィス、亀竜バーグマンですね。ザルダンはその時の戦いで戦死したと聞いています」


「うむ。その通りじゃ。その三体はいずれも大魔王として、ヤマト様を支えておった。そして亀竜バーグマン様の支配地域がちょうどこの辺だったのじゃ」


「そうなんですか? たしか寿命で亡くなったのですよね」

 魔界の住人にしては珍しい死に方だ。普通は寿命まで生きずに、どこかでくたばる。


「うむ。千年近く前に寿命を迎えた。その頃バーグマン様に仕えておったのが、若き日のトラルザード様じゃった」


 なんと!? こんなところに繋がりが!


「そうか。同じ竜種……」


「気がついたな。そう、魔王トラルザード様と亀竜バーグマン様は同種の存在。天界との大戦の話を聞いていても、不思議ではないであろう?」


 歴史の生き証人が、こんなところで繋がっているとは。

 これだから長生きの種族は恐ろしいのだ。


「なんかもう、驚きすぎて言葉も出ません」


「そうじゃろ。お主がトラルザード様に会ったら、その時の話を聞くがよい。それでな、小魔王メルヴィス様が長い眠りについたのは、三百年前とも四百年前とも言われておる。詳しい時期は分からん。何しろ、他国の者どもは怖くて近寄りもせんかったからのう。最近メルヴィス様の被害が減ったな、ここ何十年もないなと思った頃になって、ようやく分かったという感じだったのじゃ」


 その辺は俺もよく分からない。

 あまり情報が降りてこないからだ。


 ファルネーゼ将軍などは知っていると思うが、あまり主君の話はしたがらないだろう。


「千年前に亡くなったバーグマンを知っているトラルザード様ならば、当然眠りにつく前のメルヴィス様を知っているわけですね」


「そうじゃ。トラルザード様が魔王になった後に、メルヴィス様と戦ったこともあるようじゃぞ」


「ええっ!? よくメルヴィス様が無事でしたね」


「ん? お主、何か勘違いしておらんか?」

「えっ?」


「かつて大魔王にまで上りつめたメルヴィス様じゃぞ。天界の住人との戦いで大きく魔素を減らされたとはいえ、最強の一角であったことには変わりない」


「でも、小魔王と魔王の戦いですよね。勝負にならないんじゃ?」

 俺がそう言うと、メラルダは大きく息を吐いた。


「……ここからは我が主の恥になるが、トラルザード様はメルヴィス様に勝てなんだ」

「そうなんですか」


「それどころかトラルザード様は、あの時の戦いの話をするたび、子鹿のようにプルプルと震えるのじゃ」

 よほど怖かったとみえる。そうメラルダは嘆息した。


「魔王が震えるのですか?」


「うむ。あの頃のメルヴィス様は手がつけられなくてのう。気分が悪いと他国へ出かけていっては、村ひとつ、町ひとつ壊滅させるお方じゃった。抵抗は無意味。ただ死を待つのみといった感じじゃ」

「…………」


「わが国も例外ではない。いくつも村や町が消え去ってな、トラルザード様が部下から突き上げを喰らって、ようやく重い腰をあげたのじゃ」


「それで、どうなったんですか?」


「メルヴィス様の国へ向かって進軍を開始したところ、たったひとりで迎撃に向かわれたのじゃ。そしてたったひとつの特殊技能で……」


「特殊技能で?」

「軍は壊滅。近くにあった町は崩壊。トラルザード様は半身を失って帰還して、泣いておったわ」


「泣いたんですか?」

「泣いた。それはもう、目に大粒の涙を溜めて」

「…………」


「〈滅日ほろびの雪〉というものがある。真っ黒な雪が、あたり一面降り注ぐのじゃ。見える範囲すべて。しかも、触れた側から消えてゆく。雪に触れたものもがみな消える。逃げようにも、視界の端までみな雪が降っておる。世界が真っ黒に染まり、何もかも雪が触れたところから消え去っていく」


「それ、どうやって回避するんです?」


「不可能じゃな。その日は雲一つ無い空だったらしい。上空のどこまでいっても雪は止まず、逃げるには範囲外に出るしかない。その間にみな、消え去るのじゃが」


「ではメルヴィス様を倒すとか?」


「それができれば苦労せんだろう。雪の降りしきる中、長期戦になればそれで終わる。戦う選択肢があると思うか?」


「無理……ですね」


「強力な鱗も、分厚い外装も何もかも等しく消えるのじゃ。トラルザード様が生き残れたのは軍の後方にいたから。そして他と比べて身体が大きかったから。それだけじゃ」


「もしかして、さっきからメルヴィス様と呼んでいるのも……」

「我が主が、いまだにそう呼んでおるからじゃ」


「……なんかすみません」

 俺が謝ることではないけれども、なんか申し訳ない気持ちで一杯だ。


「そういうわけで、わが国はメルヴィス様の国には不可侵を決めたのじゃ。あんな目に遭うのは二度と御免だからのう」


 主がえぐえぐと泣く姿など、もう見たくないとメラルダは言った。



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