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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第5章 窮鼠覚醒編
183/359

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 魔王ジャニウス麾下の軍がやってきて敗退した。


 その後、敗残兵がまとまって俺たちを襲ってきたが、これは普段、ありえない事らしい。

 戦って負けた連中をかき集めて再戦したところで、勝てるわけがない。


 士気も上がらないし、寄せ集めでは集団行動もとれない。

 つまり、戦う前から敗北は必至。だれも思いついても実行しない。


 ではなぜ、今回の襲撃があったかというと……。


「部隊を率いた者に功名心があり、兵に言うことを聞かせられる特殊技能を持っていたこと、さらに我が不在だったからじゃろう」


 いくつかの要因が重なっての襲撃と相成ったらしい。


 ……とまあ、今回の襲撃理由を語ってくれているのは、この軍の総大将にして魔王トラルザード麾下の将軍メラルダである。




 敵を迎撃したあと、俺はすぐ天幕に戻ってメシをかっ込んだ。

 ともすると餓死しそうになるほど、腹が減る。


 後のことは知らないが、ダイルがうまく敵兵を追っ払ってくれたらしい。

 ミニシュ軍がいる場所に誘導するという離れ業をやったようだ。


 さて戦いが終わり、戦後処理をはじめた翌日になって、メラルダ隊が到着した。

 あと二日早く着いていれば、また違った形になったのだろうと思うが、こればかりはどうしようもない。


「国境付近は大丈夫なのですか?」

 魔王ジャニウス麾下の軍を蹴散らしたあと、メラルダは兵を率いてすぐに向かったのだ。


 こんなに早く戻ってくるとは思わなかった。

 というよりも、ここにいる負傷兵も怪我が治ったはしから、国境へ移動するものとばかり思っていた。


「大丈夫じゃ。なにしろ、敵が引いたからのう」

「引いた? 戦いが収まったのですか?」


「うむ。まるで今は魔王に誕生してほしくない(・・・・・)ような動きであったな。つい最近までは、魔王誕生待ったなしの状態だったのに」


「はぁ……状況が変わったんですかね」

「それにしては急すぎるのう。軍が引いたといっても、各国ほぼ一斉じゃ。まるで裏で絵を描いている者がいるかのような変な動きであったな。これは誰かを放って確かめねばならん」


 思わせぶりなことを言ってきたが、その意図は俺にも分かる。

 動きは掴んでいないが、裏で動いている者が確実にいるのだろう。


 それがいま、魔王誕生を嫌がった。そういうことだ。


 ことの始まりは、ワイルドハントのネヒョルが小魔王を殺したから。

 そこから西方がおかしくなった。


 ならば、この不自然な動きもネヒョルが関わっているとメラルダは睨んでいるのだろう。

 つまり各国の動きはどうでもよく、ネヒョルの思惑が重要になってくる。


「なんにせよ、西が落ちつくのはいいことですね」

 俺も戦わなくて済む。


 この身体、試運転しないことには、怖くて使えない。

 それまでできるだけ、戦いは避けたかった。


「お主、それだけ特殊な進化をしたのに戦いを厭うか」


「少しでも、俺や俺の仲間の権利が阻害された時は容赦しません。けれど、どことも知れない場所で俺が関係ない戦いはしたくないですね」


 あたりまえなことではなかろうか。


「そういうところは、お主のあるじと似ているの」

「ファルネーゼ将軍ですか?」

 そうなのか? あまりそうは思わないけど。


「いや、その上じゃ」

「えっと……もしかして小魔王メルヴィス様?」


 俺が尋ねると、メラルダは「うむ」と大きく頷いた。

 直後、メラルダが眉根を寄せたのはどういう意味だろうか。


 メルヴィスが永い眠りについて数百年。

 起きている頃を知っている者も少ない。


「お主……見たところ、魔素量が以前の七倍ほどに増えておるな」

「はあ……また増えたんですね」


 ついこのまえ五倍とか言われた。いまは七倍……順調に増えているようだ。


 ちなみに俺の魔素は、安定していない。大きく増えて少し減ってを繰り返しながら、総量は増えている。

 腹が減ってしょうがないから、これが収まるまでは魔素量は増え続けるのだろうか。


 というか今、メラルダ将軍は話を逸らさなかったか?


「我も下位種族の進化は、これまで何百とみてきたが、魔素の増加など良くて三、四倍。七倍なぞ、聞いたこともないぞ」

「俺の場合、まだ増えそうですけどね」


「やはり進化先が問題か。……お主、一体何の種族に進化したのじゃ? もちろん言いたくなければ言わなくても良いが」


 種族を知られることは、強さの限界や、弱点。それに特殊技能を知られることでもある。

 他国に知られるのを嫌がる者も多い。


「別にいいですよ。俺も初めて聞いたので、情報が一切ないんです」

「ふむ。では新しい鬼種の誕生か。これは興味あるな。して、種族名は?」


素盞鳴尊すさのおのみことといいます」

「ほう……素盞鳴尊とな。我も聞いたことがないのう」


「そうですよね」

 俺が知っている素盞鳴尊というのは、日本の神話だ。


 しかも神様として扱われているから、魔界の住人がそんなのを名乗っていいのだろうかと悩んでしまう。


 だが古来より日本は、荒神あらがみ祟神たたりがみを祀ったりしているから、別にいいのか?


「しかし、素盞鳴尊、ミコトとな……いや、まさか」

「……ん?」


「そういえばお主、いまだに腹が減っていると言っておったな。一日でどのくらい食べるのじゃ?」


「今までの十倍は軽く食べますね。二十倍くらい食えと言われても食えそうな気がします」


「なるほど。それがみな魔素に変換されておるのか。恐ろしい事じゃ」

「……って、メラルダ様。いま露骨に話題を逸らしましたよね」


「そうか?」

「そうですよ。その前にメルヴィス様の話題になったときもおかしかったですけど」


「そんなことはないぞ」

「そんなことありますって。……なにか俺に言えないことなんですか? 自分の種族について口ごもられると、凄く気になるんですけど」


 背が伸びたので、俺の場合、メラルダをかなり上から見下ろすことになる。

 強さは俺の方が激しく弱いが、この絵図だけなら俺が脅しているようにも見える。


「まあ……どうであろう。話題を変えたのはたしかじゃが……我も言いにくいこともあってのう」

「そうなのですか? 俺の種族についてですか?」


「それもある……というか、我があるじ、魔王トラルザード様についてなのじゃ」

「……えっ?」


「この際だから話すが、トラルザード様とメルヴィス様は領土が接していることから分かる通り、互いに面識はある」


「でしょうね。ともに長生きでしょうし」


「そしてお主の種族について、我はトラルザード様から聞いたことがあってな……いや、直接ではない。それと似た種族についてじゃ。つい、それを思い出したのじゃが……いろいろと……な。主のことにも繋がるゆえ、どうしようかと思ったのじゃ」


「……なるほど。そういうことでしたか。でしたら、無理に聞き出すのは辞めた方がいいですね」


「……いま考えたのじゃが、お主、我が主に会ってみるか?」

「はっ!?」


「会うならば、それを前提として話せると思うのじゃ。お主の種族のこと、小魔王メルヴィスのこと、我が主のこと、そして……」


 ――小覇王ヤマト様のこと


 メラルダはそう言った。



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