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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第5章 窮鼠覚醒編
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 翌日の早朝、天幕の外が騒がしかった。

 出て行くと、兵が走り回っていた。ただ事ではないらしい。


「どうした?」

「メイダ族の偵察隊が敵戦力を発見しました。巡回兵が複数の場所で交戦しているようです」


「敵兵? 昨日まで発見できなかったはずだが」

「夜間に移動してきたのだと思われます」

 他に報告があると言って、兵は行ってしまった。


 敵がここを狙ってきたらしい。この陣には多くの負傷兵がいる。

 甘い偵察はしていないはずだが、遠くから一気に来たのかな。


「これは拙いな。戦える者はどのくらい残っているのやら……というか、負傷兵が動かせないから、どうしたって迎撃戦になるわけか」


 メラルダ将軍は西の国境付近が切羽詰まっていると言って、軍を引き連れて向かってしまった。


 戦える兵は多くない。

 ミニシェ軍が知れば戻ってくるだろうが、時間がかかる。


 負傷者は多く、陣は広い。

「全てを守り切るには数が足らなそうだな。さてどうしたものか」


 素直に潰走したかと思ったが、それでは腹の虫が治まらない奴がいたらしい。


 俺が国から連れてきた部隊も、少なくない被害が出ている。

〈一撃死〉を打ち込むために亡霊将軍族に次々と接触した死神族の何割かも、攻撃を受けて治療中だ。


「ダイルが残っているのは僥倖だったな。迎撃態勢を整えて援軍を待つか。それとも一気に決着つけるか」

 せっかく進化したものの、今の俺では戦力にならない。


 いまの俺は、「オレ」並に活動時間が短いのだ。

 主に空腹の関係で。


「暴れたあとはメシを食わなきゃ餓死しそうだし……攻めてくるにしても、もう少し間をあけてくれないものかね」


 陣を見た。さすがに頑強に作り直してある。

 籠城は可能だが、どう出る?


「ゴーラン様、敵襲です」

「来たか」

 考えている暇も与えてくれなかった。


「遠くから魔法が次々と飛んできます」

「あー、隠れていろ。それで味方は?」


「いまだ動きはありません」

「盾を掲げて待っている感じだな。近づいてきたら、一気に動きだすだろう」


「それでは近くに詰め寄られると思いますが」

「敗残兵の狙いは、ここにいる負傷者だろ。数で押してくることはない」


 せっかく魔王国へ攻め入ったのだ。

 なんの成果もなく敗走したくないのだろう。


 ということは、これを率いているのは出世狙いの部隊長か、軍団長か。


 敗残兵を集めて指揮し、ここまでやってきたのだから大したものだが、軍全体の士気は高くないはずだ。

 だれだって、負けたら早く家に帰りたいものだ。


 作戦は決まった。

「よし、短期決戦をする。俺は敵将を討ち取りにいくからリグは……」

「はっ、残った部隊を受け持ちます」


「いや、奴らは勝手に戦うだろ。それよりすぐに帰ってくるから、メシの用意を頼む」

「はっ?」


「メ・シ・だ。重大事だから忘れるなよ」

「は、はいっ」


 いくら敵を倒したとして、メシが食えないんじゃ俺も倒れてしまう。

 それはすべてリグに任せた。

 俺はいっちょ、フルスペックで暴れてみようか。


「さあ、ためし運転だ」

 俺は陣を乗り越えて、敵がいる方に向かった。




「……ダイルが来ているのか」

 派手に戦っているのがいると思ったら、ダイルだった。

 もとはメラルダ将軍の軍団長。いまは俺の上司だ。


 実力はこの陣で一番だろう。俺と考えることは一緒だな。

 早くメシを食いたいに違いない。


「俺は必要なかったか?」

 ダイルに向かってそう告げる。


「いや、我と相性が悪くて、どうしようかと思っていたところだ。見てくれ」

 数体の黒炎狼こくえんろう族を引き裂くと、ダイルは顎をしゃくった。


 そこには、全身トゲトゲの獣がいた。

「なんだ? 毛が逆立って……初めて見るぞ」


猫蛇びょうじゃ族だ。トゲじゃなく体毛な。針のように鋭く、一本、一本に毒がある」

「最悪じゃねーか。毒じゃ触れねえぞ」


 オーガ族は毒には強いが限度がある。

 上位種族の毒など喰らったら、ただじゃ済まない。


「あれがこの軍を率いているボスだ。あいつを倒せば敵は瓦解する」

「本当にボスなのか? 根拠は?」


「猫蛇族は同種を配下にする。黒炎狼族が従っているだろ。それに他の敗残兵はみな魔法特化の者ばかり」


「そういや、魔法がバカスカ飛んでくるな」

 魔法抵抗を持たない俺にはキツい相手だ。


「猫蛇族の〈飛針ひしん〉は、『魔法種殺し』と呼ばれている。敵兵が魔法種ばかりなのは、あれが無理矢理連れて来たのだろう。〈飛針〉はお前には効かないから好都合なのだ」


「なんで俺に効かないって分かるんだよ」

 上位種族の放つ毒だぞ。


「〈飛針〉の毒は魔素を魔法に変換するのを阻害する。解毒しなければ、しばらくそんな状態だ」

「……なるほど、俺向きだな。んじゃ、周りの雑魚を頼むぜ」


 猫らしく毛を逆立てていると思ったら、あれは針を飛ばすのに必要なわけだ。

 そしてダイルは魔法が使えることも分かった。

 これまで隠していたようだ。食えない奴だ。


 俺が前へ出ると、猫蛇族が警戒しだした。ただし、針は撃ってこない。

 針と言っても体毛だ。次々と生え替わるわけがないから、撃ち過ぎると防御が疎かになるのだろう。


「そんでも変わらねえけどな」

 この手の獣は、太刀の方がやりやすい。持ってきておいて良かった。


 敵の魔素量は、賢狼族のロボスと比べると、数倍は上だ。

 ロボスが立ち向かったら、前足の一撃でペシャンコだろう。


「……といっても、俺も増えたからな」

 リグに確認してもらったら、以前と比べて五倍くらいに増えたらしい。


 五倍なんて魔素の増え方を聞いたことが無かったから、驚いたわ。

 だがそれだけ増えても、この猫蛇族より少なそうだ。


 敵は勝てると思ったんだろう。臆することなく向かってきた。

「おっと!」


 前転して体当たりをしかけてくる。

 しかも当たる瞬間、針まで飛ばして。


 針のいくつかが肩に刺さったが、たしかに効かない。

 これなら大丈夫そうだ。


 俺は太刀を正眼に構え、刃を寝かせて剣先を下げた。

 これは下段の構え。


 下からすくい上げる斬り方しかできないが、この場合は正解のはず。

 猫蛇族はその場で地面を蹴ってグングンと回転すると、勢いをつけたまま飛び込んできた。


 避けなければ跳ね飛ばされる。

 速度からして、新幹線に衝突されたような衝撃を受けそうだ。


 だが今の俺なら……。


 ――ィン


「失敗したか!」

 早く振り過ぎたようだ。斬った感触がなかった。


 慌てて振り返ったら、猫蛇族が二匹に増えていた。


 回転する猫蛇族が左右に分かれて……分かれて……しばらく進んだあと、倒れた。


「倒……した?」

 まったく感触がなかった。まるで空を斬ったような手応えだった。


「見たぞ……いや見えなかったというべきか。どれ、綺麗に切れているな」

 雑魚を倒していたダイルが、倒れた猫蛇族の片割れをマジマジと見て、そう言った。


「敵将は倒したぞ。者ども、蹴散らせ!」

 ダイルの大声が戦場に響き渡り、直後、敵は算を乱して退却していった。



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