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○国境付近 メラルダ
「なぜ……きゃつらは撤退するのじゃ? しかも突然。こればかりは考えても分からんわ」
メラルダは次々と入ってくる報告に耳を傾け、撤退の理由を考えようとしたが、合理的な説明が何ひとつ思いつかなかった。
「たまたま各国で、偶然撤退する理由が生じたとか……ないじゃろう」
現状を確認すると、異常さが浮き彫りになってくる。
今回の大規模戦乱。
小魔王ユヌスの国に、複数の国が侵攻してきたことが発端だった。
四つの国が、ほぼ一斉に侵攻したのである。
ただしそれぞれ規模は小さい。
小魔王ユヌスは迎撃可能と判断し、配下の者たちを派遣した。
戦端が開かれ、すぐに撃退した……と思ったところで、各国の動きが活発になりはじめた。
増援が来たり、互いに争ったり、果敢にユヌス領に攻め入ったりし始めたようである。
小魔王ユヌスはその大元を絶つべく大軍を動かし、実際にいくつか勝利を重ねている。
その時点で五国が入り乱れて戦ってしまい、ユヌス国対他国という図式が崩れてしまった。
混乱が混乱を呼び、ユヌス軍が撤退できず、場当たり的な戦闘を繰り返しているうちに、魔王トラルザード領との国境付近へと近づいていった。
国境周辺が騒がしくなり、どこの国のどの軍が戦っているのか判別できない。
そもそも各国とも自軍以外を見つけたら攻撃を仕掛けるような連中ばかりである。
逃げれば追うし、国境だって越える。
この時点でメラルダは、「この戦争は収拾できない」と判断している。
そのため優先順位をつけて、混沌とした戦場の一部でもコントロールしようとした。
メラルダは前線の軍にふたつの命令を出した。
ひとつは、自国領にやってきた軍の撃破。
放っておくと際限なく戦いを求める軍である。自国領内に留める時間は少しでも短い方がよい。
やってきたら即追い返せというわけである。
もうひとつは、魔王へ昇華しそうになった場合の措置。
どこかひとつでも飛び抜けた国が出たら、それの頭を叩くよう指示を出していた。
その際、手に負えなそうならば、メラルダを呼ぶようにと。
いまここで魔王に誕生されると、西方の安定化が大きく損なわれる。
周辺国からどれだけ恨まれようとも、それだけは阻止しろと命令しておいた。
そしていま一番魔王に近い者――小魔王ユヌスとその軍は、四六時中目をひからせているようにと厳命したのである。
小魔王ユヌスは快進撃を続け、そろそろ介入しないとヤバいかもしれないと考えたあたりで、そのユヌス軍が真っ先に軍を引いたのである。
何が起こったのだと訝しむのも当然と言えた。
「しかしこれでは、ユヌスの国は荒らされ損であるな」
仕掛けられたからこそ打って出たわけだが、決着を見ずに終結してしまった。
ユヌスも本意ではないだろうが、最初に軍を引いたのはユヌス軍である。
どこにも文句は言えないだろうとメラルダは思った。
「そしてユヌスだけではない。各国も波が引くようにいなくなった……見張りは続けるが、我は本陣に戻っても平気そうじゃな」
国境付近の情勢はこれで一応の安定を見せた。
もちろん再燃するかもしれないが、撤退からさらに軍を返すのは大変である。
それよりもメラルダは、魔王ジャニウスの軍の方が気に掛かった。
戦場へ残した部隊は、まともに戦える者はほとんどいない。
なるべく早く軍を率いて再合流を果たす必要があった。
「相争う小魔王国より魔王ジャニウスの方が脅威であるし、我は戻るかのう」
メラルダはそう決断した。
○ゴーラン
俺の頭に浮かんだのは、素盞鳴尊という言葉。
これが俺の新しい種族名になるらしい。起源種だ。
特殊進化なので、後ろに『族』はつかない。
同種で子を成せるので、俺の場合「鬼種」ならば可能性がある。
生まれてきた俺の子、孫、曾孫らが定着した場合、素盞鳴尊族が生まれる。
「オーガ族みたいに下級種族は進化しやすいって聞いたが、その分、特殊進化はしづらいんじゃなかったのか」
上級種族の場合、個体数が少ないわりに特殊進化することも多い。
そもそも上級中位や上級上位となると、ほぼ原種みたいなものらしいが。
「ゴーラン様、お食事をお持ちしました」
「おおリグか、助かる」
「いえ、まだまだ追加で持ってくるよう頼んでありますから、存分にお食べください」
「すまんな」
「身体を造るのに、大量の魔素を使ったのです。すぐに補給せねば、簡単に枯渇してしまいます。一日中だって食べられるよう、準備させています!」
「お、おう」
気迫に押されて、俺は固まった。
なんか、急にリグが頼もしくみえた。
メシを食いながらリグに話を聞いたが、どうやら俺が寝ている間、身体がメキメキと大きくなっていくにつれて、目に見えて魔素量が減ったらしい。
リグはすぐに、俺が体内の魔素を使って身体を造っているのだと理解したそうな。
魔界の住人に言っても理解できないだろうが、エネルギー保存の法則というものがある。
魔素が一定量以上蓄えないと進化できないのは、こういった部分が関係しているのかもしれない。
「本当だったらもっと早く進化したはずだが、ずっと進化できなかったのは、そういうことなのかもしれないな」
すでに四杯目のおかわりを空にし、俺はそんなことを呟いた。
「それもひとつの要因だと思います。魔素の増加に耐えうる身体を造らねば、魔素は増えません。ですが、その身体を造るのに大量の魔素を溜めなければなりません」
「矛盾だな、それは」
コップがバケツに進化するとき、コップ二杯の水が必要だとする。
その場合、どうやってもコップからバケツに進化できない。
「ああそうか、だから戦闘直後なんだ」
敵を倒したときに魔素を得る。
それを吸収して一時的に水を増やす。
本来ならば器に入らないから、増えた水は少しずつ流れ出してしまう。
だがそのかさ上げされた分を器を大きくするのに使えば、進化が可能かもしれない。
進化というと摩訶不思議現象と思いがちだが、真実はそんなところかも。
「リグ……すまんが、今の量の倍くらい持ってきてくれ。腹が減ってだめだ」
「は、はい!」
食ったそばから、消えていく気がする。
どうやら俺は、しばらくこのまま食い続けなければならないらしい。
「ようゴーラン。目を覚ましたんだって?」
「それで自分と同じ重さくらい食べているって聞いたよ~。虫みたいだよね~」
飯を食い続けて二日目。サイファとベッカがやってきた。
ちなみに失礼なことを言ったベッカを軽く叩いたら、天幕の外へ飛んでいった。
「痛ーい。ゴーランの馬鹿力が酷くなってる~!」
「馬鹿はお前だし、馬鹿力もおまえだ」
「たしかに魔素量が増えたな。前の三倍くらいになっているんじゃないか?」
「そうか? 自分じゃ分からないんだが」
「そのくらいだね~、こぶの大きさから、力は五倍くらいかな」
「おまえ、本当に分かっているのか?」
ベッカの言うことは信用ならないので、話半分に聞いておこう。
「それでよ、ゴーラン。いまここは、負傷者が多くて陣を動かせないらしい」
「戦争があった直後だからな。重傷者も多そうだろうし。それで?」
いくら魔界の住人が頑丈とはいえ、敵の攻撃だって強力なのだ。
死ぬときは死ぬし、大怪我だって簡単にする。
「逃げた敵兵はミニシェ軍が追ったんだけど、散り散りになった敵の残党が、まだこの辺にいるみたいなんだわ」
「ミニシェ軍は?」
「国境まで追いかけて、駐留しているらしい」
国境を見張るのは定番だ。そこで睨みを利かせようというわけか。
恐怖を植え付けて、もう一度侵攻しようなどと思わせない作戦だ。
「そういうわけで、単発的な敵の攻撃があるかもしれないから注意しろってお達しがきたんだわ」
「なるほど。バラバラに逃げた連中なら、そうそう脅威でもないだろう。覚えておく」
「一応伝えたぜ」
「じゃ、ゴーラン。念願の食事だよ~、あたしに感謝していっぱい食べてね~」
「お前が作ったわけじゃないだろ!」
サイファはやれやれといった顔をし、ベッカはケラケラと笑いながら出て行った。
残党という言葉が気になったが、まずは死なないためにメシだ。
俺はさっそく器をかっ込んで、おかわりを注文した。




