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○メラルダ軍 独立部隊 ダイル
我は岩獅子族のダイル。
メラルダ将軍麾下の独立部隊を率いている。
このたび、魔王ジャニウス軍との戦闘では、本陣後方の守りとして参加した。
我は静まりゆく戦場を眺めて、ホッと息を吐き出した。
どうやら、我が軍の勝利で幕が下りたらしい。
魔王ジャニウス軍の陣容は、竜食みと呼ばれたラハブ族のフォンバルを総大将とした堂々たるものだった。
数はこちらより多く、慌ててやってきたにしては装備も整っており、訓練も行き届いていた。
トラルザード領を虎視眈々と狙っていたのだと思われる。
総大将のフォンバルは、ジャニウス麾下の軍団長である。
巨大な口を持った巨大な四つ足の獣が一番近い。
全身が鋼で出来ていると言われるほどに硬く、とくに首元の防備は完璧で、竜の噛みつきすら跳ね返すほどであるという。
反対に、一度噛みついたら決して離さないと言われる鋭い牙と、大きな顎。
これで竜ののど笛を噛みちぎるのである。
戦闘が始まっても、フォンバルの姿は見えなかった。
そのため、寡兵であった我々が押し気味で戦いを進められていた。
とくにメラルダ将軍が出陣した本隊の活躍はめざましかった。
このまま続ければ、勝利は転がり込んでくる。
そう思ったのも束の間。戦局が動いた。
今まで姿が見えなかったフォンバルの部隊が、ようやく現れたのである。
我はメラルダ軍の後方にいたため、何がどうなったのか分からなかった。
本陣が騒がしくなったことで、何かが起こったのだと思ったくらいだ。
どうやらそのとき、メラルダ将軍は後を託して単独で向かっていってしまったのである。
フォンバル討伐のためとはいえ、思い切ったことをする。
竜種はとにかく強い。そして大きい。
竜種が本来の姿を現せば、他の種族はおののく。
竜種が戦えば、敵味方問わず、戦場に死の嵐が吹き荒れる。
ゆえにメラルダ将軍は、滅多なことでは竜化しない。
今回は、その特別な時であった。
「……あれが翔竜」
どこかでそんな声が聞こえた。
将軍が竜化して、フォンバルに向かっていったのである。
急上昇してからの急降下。
これは途中にいる自軍を慮ってのことである。
そのまま駆けつければ、余波だけで軍が崩壊する。
もちろん、我らとてただ見ているわけではない。
森の中を通過し、後方から襲いかかってきた敵軍を蹴散らす必要があった。
だが、この戦いの決着がつくまでもなく、戦い自体が終了してしまった。
メラルダ将軍とフォンバルの戦いが激しさを増してきたからである。
小魔王同士の戦いに巻き込まれれば、軍団長ですら容易に死亡し得る。
それだけの力量差がある。
聞いた話だが、魔王同士の戦いの場合、小魔王ですらその余波で死ぬことがあるらしい。上には上がいる。
これを聞いたとき、大魔王同士の戦いだけは見たくないと思ってしまった。
話を戻すが、メラルダ将軍の戦いに巻き込まれれば死ぬ。
ゆえに戦場から逃げ出すしかないが、その途中で不審な気配を感じた。
いま思えば、戦場を監視している集団は他にもあったと思う。
あれは、ただ我らのすぐ近くにいただけだったのだろう。
運が悪かった。お互いに。
我が誰何すると、相手は諦めたのか姿を現した。
現れたのはワイルドハントの首領――ヴァンパイア族のネヒョルが率いる一団だった。
ネヒョルはゴーランの元上司であり、最近、西方で暗躍していた張本人だ。
噂によると、ネヒョルはすでに支配の石版に名前が載っているという。
つまり、メラルダ将軍と同じ小魔王だ。
ネヒョルは、魔王ジャニウス軍を焚きつけたことを認め、我らを潰そうと亡霊将軍族を差し向けてきた。
強敵だ。亡霊将軍族は、魔法攻撃を持たない種族にとって、とても倒せる相手ではない。
……にもかかわらず、なぜかゴーランがやる気だ。
ネヒョルも、ゴーラン対策だと明言している。
ただのオーガ族になにをそんなに警戒しているのだ……と思ったが、我もゴーランに将軍から借り受けた磨羯族を潰されたことは記憶に新しい。
ゴーランは不可能を可能にするタイプなのかもしれない。
我と亡霊将軍族の戦闘は一進一退。
総合力でいえば、相手がやや上かもしれない。
だが戦闘経験の差で、なんとか勝利をもぎ取った。
メラルダ将軍の下で長年軍団長をやっていた経験がここで生きた。
他はどうなったかと思って見れば、もう一体の亡霊将軍族は死神族の〈一撃死〉によって、すでに斃されていた。
数多の摂理をことごとく無視して相手に死を与える死神族の特殊技能〈一撃死〉。
あれがあるおかげで、死神族は迫害されていると聞いたことがあるが、そうでもなかったらしい。
我が上司なら、特殊技能ひとつで殺される危険がある部下など、あまり持ちたいとは思えない。
扱い一つで下克上へと繋がるのだ。そして待っているのは、無慈悲な死。
ゴーランは部下として完全に死神族を掌握しているが、不思議でしょうがない。
離反された瞬間、ゴーランの命はないだろうに。
そのゴーランだが、単独で亡霊将軍と戦っていた。
すでに肉塊になっているだろうと思っていたので意外だ。
しかも有利に押していた。
近くにヴァンパイア族が転がっていることから、何らかの手を借りたようだが、亡霊将軍族相手に攻め続けられること自体、規格外過ぎるオーガ族だ。
ネヒョルが最初にゴーランを警戒していたのがよく分かる。
本当にオーガ族なのか? と思ってみていると、動きが変わった。
オーガ族の魔素量ではありえないほどの身体能力を発揮し、最後の一撃だけは。
――見えなかった
我の目をもってしても、残像すら捉えられなかったのである。
「すると、ワイルドハントの首領ネヒョルを、ゴーランが真っ二つにしたのか?」
「はい、間違い在りません」
戦闘を終えてメラルダ将軍が戻ってきた。
フォンバル軍は、上官を失って散り散りになって自国に逃げ帰った。
ペインサーペント族は、竜化したメラルダ将軍の身体に押しつぶされて、内臓をはみ出させたまま戦い、絶命している。
邪妖精種のイビルジン族は、晶竜族のミニシェの魔法によって消滅されられた。
同じくハイエナと狼の頭を持つ凶獣種ツインベート族は、晶竜族のハルムによって、これまた切り刻まれたという。
主立った者たちを失った事で軍が瓦解したらしい。
いま撤退している兵をいきり立ったミニシェが追っているという。
ミニシェの広範囲魔法は、ある意味味方を巻き込みやすい。
今回のように追撃戦の先頭にいるのならば、問題ないだろう。
そう思うことにした。
そしてメラルダ将軍であるが、なんと竜食みのフォンバルを一蹴。
大した被害を受けずに斃してしまった。
一度肘から先を食いちぎられたらしいが、あとでちゃんと回収して治したらしい。
竜種は生命力に溢れているため、そういう芸当ができる。
そして我は、メラルダ将軍に事の経緯を説明しているのだが、ゴーランの事だけはうまく話せず、困っている。
見たままを話しても、しっかり伝わらない。
岩獅子族である我が目で追えなかったなど、どうしてうまく伝えられようか。
「それでゴーランは?」
「いまだ目を覚ましません」
「……ふむ。話を聞いた限りでは、よく分からんのう」
「やはりそうですか」
我も分かってもらえるとは思わない。
魔界では、そう簡単に強さが塗り替えられたりしないのだから。
「ネヒョルは他の小魔王を複数撃破したと報告があがっている。それを真っ二つにのう……なにか我の想像もつかないことが起きておるのか? じゃが、そんな話、聞いたことがないしな」
「とりあえず、ゴーランが起きるまでこのままにしておきます」
「それがよさそうじゃな。我らは西に向かう。お主らはしばらくここに留まるがよい」
「畏まりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うむ。残された者も多い。頼んだぞ」
「はっ」
負傷兵はここに置いていく。
メラルダ将軍が連れて行くのは半数に満たない。
我らもここで傷を癒やし、そこでゴーランの回復を待つとしよう。
意識が戻れば、あのときの不思議な動きが分かるかもしれない。




