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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第5章 窮鼠覚醒編
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○ ネヒョル ワイルドハント


「ちょっと、あれ、何だったの? ゴーランの動きじゃなかった。絶対違う!」

「ネヒョル様、お気をたしかに。いま仲間が集まって参りますので」


「おかしいと思わない? あれ、絶対におかしいよ」


「ネヒョル様、ここは戦地から離れたとはいえ、いまだ魔王トラルザード領です。敵に気付かれますと、やっかいなことになります。ここで魔王軍と一戦交えたいですか?」


「それはそうだけどさあ……」


 ようやく落ちついたのか、ネヒョルの声のトーンが下がった。


 ここは、ゴーランと戦った場所からかなり離れた森の中。


 ゴーランの太刀で深手を負ったネヒョルを、副官がここまで連れてきている。


「ゴーランがおかしかったのはいつからだろう。亡霊将軍の戦いの途中から変だったな……」


 ゴーランの動きが、目に見えてよくなった。

 だが本来それはおかしい。


 力強さも、動きの速さも、筋肉を流れる魔素量によって違いが出る。

 だからこそ、華奢な外見のヴァンパイア族でも怪力が出せるのだ。


 ゴーランの保有する魔素では、あり得ない動きだった。


「ときどき面白いことをするゴーランだけど、こっちの予想が覆されるのは困るな。今回だって、不確定要素になりそうだから排除したかったんだし……計画が狂ったら、どうしよう」


「そのことです、ネヒョル様。このままですと、計画の見直しをする必要が出てきました」


「えっ、なんで?」

「ネヒョル様のその傷です。いま傷を修復するために大量の魔素を使用しています」


「そうだけど、こんなのがんばれば一晩で治せるよ」


「その場合、魔素が減ったままですし、戦えば傷痕が浮き出てくるでしょう。敵に弱点を晒すことになります。なにより『秘密』が漏れる可能性があります」


「あー、そうかも」


 ネヒョルはヴァンパイア族特有の回復力の他に、特殊技能〈超絶回復〉を持っている。

 切れた腕をくっつけるくらいならば、本来の自己回復力で問題ない。


 ネヒョルの場合、致命傷ですら魔素を使って回復できる。


 実際ネヒョルは、それによってほぼちりの状態から回復したことがある。

 ただし、あまりに大量の魔素を回復に使用したため、存在維持に必要な分が足らなくなってしまった。


 そこで生命力を注ぎ込むことにした。

 大老たるヴァンパイア族の生命力を回復にまわし、ようやく――子供の姿――で復活を果たしている。


 ネヒョルの寿命はもう長くない。あと百年は残されていない。

 それだけ生きてきた。


 ここから生き長らえる方法は、ただ一つ。

 存在進化して、エルダーヴァンパイア族になることである。


 この世界で唯一エルダーヴァンパイア族となった小魔王メルヴィスの配下となり、その方策を探っていたが、残された寿命の方が先に尽きそうであった。


 焦ったネヒョルが、周囲の不審な目を向けられることを厭わずに探したのが、メルヴィスの手記であった。


 手記は、メルヴィスがヴァンパイア族の頃から書かれており、エルダーヴァンパイア族になってからも続けられていた。


 ならばその前後に秘密がある。

 そこで一計を案じて勝負に出たのであった。


 ネヒョルは賭に勝った。


 エルダーヴァンパイア族になるには、魔王級の魔石――支配のオーブと、天界の住人の聖蹟から取れる生命石が必要であることが分かった。


 いまのネヒョルは、八大魔王と戦っても勝てる自信がない。


 ゆえに成りたての魔王を狙うしかないが、そんな都合良く時代が動くとは思えない。

 ネヒョルは時代を動かし、戦乱を起こさせ、魔王を造りあげようとしていた。


 その計画が破綻するというのだ。


「ボクの〈超絶回復〉がバレるとまずいかな」


「過去の件と関連づけられる可能性があります。ネヒョル様はすでに一度、死んだことになっている身。感づかれれば、今度こそ逃げられません」


「そうなんだよね~。でも、少しくらいなら大丈夫じゃない?」

「本気を出さずに魔王級と戦って勝てますか?」


「うーん、無理」


「でしたら、計画の延期がよかろうかと思います。私が見ても、ネヒョル様の魔素が大きく減っているのが分かります」


 そう言われてしまえば、黙るしか無い。


「うー、ゴーランめ。祟られるなぁ」


「そもそもヴァンパイア族を一太刀で二つに斬るなど、理解が追いつきません」

「そうなんだよね。あれは反則だよ」


「ほんとうにオーガ族なのでしょうか」


「それは確かだよ。魔素はかなり上がっていたけど、間違いない。ボクは見間違えたりしないよ。ただゴーランはなぁ……変な技を使うからなぁ……そうだ、それと太刀!」


「太刀がどうかされました?」


「ファルネーゼ将軍に騙された! あれ、深海竜の太刀だけど! 尾の骨を使っているじゃないか!」


「深海竜の尾ですか? あの多頭竜ですね。首の骨ではなく?」


「そう。あんなレアなら、もっとそれらしく言えばいいじゃないか! きっとメルヴィスが倒したんだよ……いや、さすがに倒せないか。尾を斬ったんじゃないかな。どうやってか知らないけど」


「深海竜の尾を切る……とてつもない存在ですね」


「それがエルダーヴァンパイア族なんだよ。くっそー! やられた。あんな太刀があるなら、ゴーランがもっと強くなっちゃうじゃん」


 ネヒョルが心底悔しがるが、それも当然。

 深海竜は普段、魔界の海の底で暮らしている。


 海上に獲物が通ると、深海からやってきて襲う。

 それは泳いでいる者や船でも同じだ。


 深海竜は多頭竜であり、一度に複数の頭が襲いかかる。

 深海竜の全長は定かではないが、数キロメートルにも及ぶ。


 そもそも海中から首だけ出した状態でも、船を沈めるのに、有り余るほどなのだ。


 そして過去、何度か深海竜の首を落とした猛者が現れている。

 首はしばらくして復活するが、魔界でも強力な者たちは回復力に優れているため、それは特別視されない。


 問題は斬り落とした首である。

 骨はあまりに硬く、武器や防具の材料に使われる。


 ネヒョルがファルネーゼから聞いたのは、ただ「深海竜の太刀を賜った」ということだけだった。


 てっきり首の骨を材料にしたのだとネヒョルは考えたが、この分ならば尾の骨を使ったのだろうと予想できた。

 なにしろ、首を切り落とした猛者でも、ついぞ尾を切り取ることができなかったのである。


 ――尾はあまりに固すぎた


 その言葉だけ残されている。


 ネヒョルは過去一度、深海竜の骨を使った武器を持った者と戦ったことがある。

 そのときと感触が、今回とまったく違っていた。


 優れた武器は、使い手が眠っている力を引き出してやらねばならない。

 だが、それを差し引いても、今回は違った。


 あっさりと身体を二つに割られた。

 ただの深海竜の太刀ならば、不可能と分かる。


 それゆえ、ネヒョルは悔しがった。

 計画は……大きく遅れそうである。



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