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腹がくちくなって満足そうに横になっているヴァンパイア族を脇に蹴り出し、俺は深海竜の太刀を構えた。
硬質化した魔素の鎧だが、〈吸魔〉でやせ細った後では、貧弱な鎧とも呼べない代物になっていた。
「ここからは俺の出番だ」
魔素を吸い取られたわりには、機敏に動く亡霊将軍。
それは、剣術に裏打ちされた動きでは無く、身体能力の高さにものを言わせたものだ。
間合いの中に入ると、暴風のように大剣を振ってくるが、理を意識して剣を学んで来た俺には通用しない。
(こういう命のやりとりを想定していたわけじゃないだろうけどなぁ)
幼少の頃から道場主に預けられていた俺は、道場生たちとは違った、道場主が編み出した変な必殺技の習得をさせられた。
たとえば二段突き。
剣道では突きを入れたら一本である。二度も突く必要はない。
ではなぜ道場主はこんな技を編み出したのか。
――楽しいからだよ
そう言って笑っていたが、果たして本当かどうなのか。
「……いや、あながち間違っていないか」
二段突きを習得したあとで、俺は勝手に更なる技を練習したわけだし。
それは……
――くらえっ! 三段突き!
一度目で抉り、二度目で深く突き刺し、三度目で止めを刺す。
三段突きはそんな技だ。
鎧の奥に見えた一瞬の隙に、俺は三度、太刀を滑り込ませた。
亡霊将軍の身体が揺れる。
今度は脇腹に隙が生まれた。
俺は迷わず突きを差し入れる。
なるほどと、俺は思わず納得した。
魔素を硬質化すればするほど鎧は厚く、強くなる。
だがそれが取り払われれば、魔素の鎧は決して破れないものではない。
「あれれ? ゴーラン、どうしちゃったの?」
ネヒョルが不思議そうな声を出す。
俺の攻撃が通ったのがそんなに不思議か。
ヴァンパイア族の部下が腹一杯になるまで吸い出してくれた魔素のおかげで、俺の攻撃が届くようになった。
それもこれも、ネヒョルが提案してくれたおかげだ。
俺がもらったこの深海竜の太刀は、俺によく合う。
何度も突きを放っていくと、少しずつだが、立ち上る黒いもやの量が増えていった。
鎧の硬質化が足らなくて、俺の太刀で削られているのだ。
もやが立ち上るほど、俺の攻撃が通りやすくなり、その分、鎧は脆くなる。
十人のヴァンパイア族が吸った魔素に、俺の太刀。
そしてこの剣の技量で、俺は亡霊将軍と互角以上の立ち回りが出来ている。
「ねえ、ゴーラン。それ、おかしいよ」
雑音は無視だ。
いまは目の前に集中する。
亡霊将軍の動きが遅い。
魔素に余裕がなくなったのか、攻撃も減ってきている。
これは好機だと、相手の隙を探った。
――ここだ!
下段突きを放ったとき、亡霊将軍の意識が下に向いた。
同時に、魔素の動きが読めた。
下半身を硬化させ、防御を固めたのが分かった。
ならばと俺は、太刀を大上段に構えて……
――唐竹割り
遊び半分で試したのを入れれば、数万回は行った。
ただ愚直に、剣を振り下ろして斬るだけ。
ただし、イメージは敵の脳天から真っ二つにすること。
亡霊将軍の兜に太刀が当たった瞬間、ガキリと音がして弾かれた……が、それをふんばり、手首や腕だけでなく、全体重をかけて太刀を振り下ろす。
ズズッと太刀が兜に潜り込んだ気がした。
時間にして一瞬。そんな気がしただけだ。
だが、太刀は俺の想像通り、兜にめり込み、そこからは垂直に太刀が降りていく。
気がつけば俺は、亡霊将軍を真っ二つに割っていた。
鎧の中にあったのは、棒のような「なにか」の塊。
それが俺の太刀によって真っ二つに裂けていた。
どうと鎧が地に落ち、力を失ったのか、「なにか」は黒いもやとなって消え去った。
「おかしいよ、なにその動き?」
ネヒョルの言葉が耳に届いた。
「うるせえ! 今度はお前だ」
気がつけば、左右の戦闘も終わっていた。
ダイルはかなり傷ついているが、単独で戦い、勝利をもぎ取ったようだ。
サイファたちの様子は見ていないが、勝ったのならば、敵は死神族五十名による〈一撃死〉の餌食になったのだろう。
即死攻撃は分かっていても避けられないから、対策を採っていないかぎり、いつかは喰らってしまう。
ネヒョルは部下が前に出てこようとするのを手で制した。
「ねえ、ゴーラン。本当にさっきのは何なの? どういうこと?」
「ご託はいいって言ったろ。次はお前だ」
ネヒョルまでの距離はおよそ十歩。
向かっていって、太刀を振り上げたとしても余裕で躱される距離だ。
だが、舌戦するよりもよっぽどいい。
一気に加速し、ネヒョルを真っ二つにするため、太刀を振り下ろした。
なぜか知らないが、ネヒョルの動きが緩慢になっていた。
目を大きく開いて驚いた顔をしているから、虚を突かれたのだと思う。
それにしてもノロい。
俺の太刀が届きそうになっても、まだ防御も攻撃もしてこない。
ならば真っ二つにするだけだ。
振り下ろした両腕に感触があった。
気付いたらネヒョルを追い越していて……。
「うわぁああ、ゴーラン、やってくれたね」
ネヒョルが真っ二つになっていた。
いや、すぐにくっついたが、最初に見たときは、本当に二つになっていた。
俺が斬ったのか? 斬ったのだろう。感触があったし。
だがどうやって斬った?
振り向いたネヒョルは、額から一直線に血の跡がついていた。
やはり俺が斬ったらしい。
「ゴーラン、ゴーラン……ううっ……」
「ネヒョルさま、ここは一旦」
副官だろうか。ネヒョルを抱えて跳躍した。
一瞬で森の奥へ消えていく。
早業だ。気付いたら、ワイルドハントの面々も消えていた。
今まで目の前にいたのにだ。
神出鬼没と言われるワイルドハント。
そりゃそうだ。
目の前で消えられて初めて分かった。
あんなの、事前に察知しろとか無理に決まっている。
逃げられたら追えるわけがない。
そんなこと考えていたら身体が動かなくなった。
ひどい耳鳴りがする。
拙い、倒れる。
そう思ったときにはもう、俺の意識は……闇に閉ざされた。




