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亡霊将軍相手に、俺ではダメージを与えられない。
さすがに、けしかけたネヒョルはよく分かっている。
ワイルドハントの手勢の中でも、俺と相性の悪い相手。
なおかつ万一にも勝ち目がないよう、強力なのをあてがってきた。
「ゴーラン様、我らが加勢します」
「ん?」
後ろからやってきたのは、ヴァンパイア族の集団だった。総勢十名。
最近まで存在すら忘れていた、あの甘ったれの若造たちだ。
若造と言っても、俺より年上だ。
俺がまだ十七歳だが、こいつらは五十年親に甘やかされて、そのうち三十年引きこもっていた。
「お前たちじゃ無理だ、下がっていろ」
上位種族であるヴァンパイア族、その潜在能力は凄まじい。
ファルネーゼ将軍の例を挙げるまでもなく、個体の強さは格別。
あそこでニヤニヤ笑っているネヒョルだってヴァンパイア族だ。
だからこそ分かる。
潜在能力だけあっても、ロクな戦闘経験もない若造がなんとかできる相手ではない。
「こやつの外装は硬質化した魔素です。通常攻撃は効きません」
「分かっている」
「ですが我らならば、それを吸い取ることができます」
「……ん? まさか、〈吸血〉か? あれにそんな能力があるのか?」
初めて知った……というか、知らなかった。
特殊技能〈吸血〉を持つ種族は多いが、それなりに使い勝手の悪いものだ。
牙が通らなければ意味はないし、吸い上げるのにも時間がかかる。
なにより、相手に血潮がなければならない。
魔界の住人の中にはゴーレム種のような魔素で動く種族もいるし、樹妖精種などは、水分と養分の中に魔素を入れて吸い上げて生きる。
目の前の亡霊将軍も血が通っているわけではない。〈吸血〉は効かないはずだ。
「いえいえ」
「我らの技はそんな下等なものとは違います」
「使うは〈吸魔〉」
「魔素を直接吸い上げるのです」
「……マジか」
〈吸魔〉とは〈吸血〉の上位版だろうか。
ヴァンパイア族のような上位種族の場合、直接魔素を吸える特殊技能があるのか。
ちなみに〈吸血〉の場合、血の中に含まれている魔素を同時に吸う。
元の世界にあるヴァンパイア伝承は、魔界の住人が向こうに行って〈吸血〉を使い、「あれ? 魔素が含まれていない」と感じて、血を戻したのではないかと思っている。
そのとき人間は微量に含まれた魔素に酔って、ヴァンパイアの下僕となったりしたのではないかと思っている。
魔素を大量に体内に入れれば死ぬだろうが、その程度ならば大丈夫だろう。
そして魔素を与えられたときの「初めての感覚に脳が誤作動」を起こしたとか……すべては俺の妄想だが、あり得る話だと思っている。
それはおいといて、〈吸魔〉を使えるならば、試してみるのもいいだろう。
上位種族のヴァンパイア族が十名。本気で吸ったら、亡霊将軍とて弱体化しそうだ。
「よし、頼む。俺はどうすればいい?」
「なるべく動きを封じてもらえれば」
「分かった」
動きを封じるだけならば、方法はいくつかある。
ベッカがサイファと組んでやったあれだ。
――関節技
しっかりと決まれば、力だけでは返せないものもある。
(素早い敵ならどうしようもなかったが、パワータイプで助かった)
タイミングを見計らって近寄り、合気でバランスを崩してから足払いをかけた。
流れる一連の動作は熟練の技だ。伊達に師範をやっていたわけではない。
初見では、自分が何をされたかすら分からないだろう。
俺を振り払おうと、振った手の遠心力で身体が泳ぎ、そのまま半回転して地面に背中を打ち付けた感じだ。
俺はただ、力の向きに沿って加速してやるだけ。
自分の力でバランスを崩し、倒れることになるのだ。
無防備に上体を起こしたので、片腕を取って首に回す。
反対側の腕に回した腕を引っかけ、身体を反転させる。
すると、自分の腕で首を絞めたまま地面にうつ伏せになって固定される。
あとは起き上がりの起点となる場所だけ押さえておけば完成だ。
「これでいいか」
「……は、はい」
あっけなく組み伏せたことに驚いたのか、ヴァンパイア族の面々は顔面蒼白になっていた。
……とおもったが、もとから顔は生っ白かったので、あまり変わってないのかもしれない。
ヴァンパイア族の十名が亡霊将軍を押さえつけて、〈吸魔〉を開始した。
上位種族だけあって、時間がかかるが、効果は抜群だ。
亡霊将軍の身体が全体的に小さくなった気がした。
「少し痩せたか?」
関節技が緩まないように、しっかりと腕を取って締め直す。
ダイルの方を見ると、一進一退の攻防が続いていた。
少しずつだが、敵を追い詰めている感じだ。
サイファとベッカ、それに死神族の面々はというと……。
「……あいつら、何をやっているんだ?」
追いかけっこをしていた。
追っているのは亡霊将軍。
逃げているのはサイファたち。
場所が砂浜ならば、キャッキャウフフの光景だろう。
写真を撮ってインターネットにアップすれば、リア充と呼ばれるに違いない。
「殺伐し過ぎたリア充だな」
死神族の五十名が〈一撃死〉を放って、ことごとく失敗したのだろう。
運が悪かったとしかいいようがない。
一方、ヴァンパイア族の方は……
「順調にやせ細っているな」
亡霊将軍という名にふさわしい堂々たる姿だったが、いまは見る影もない。
いまの状態を表現するならば、痩身の書生さんといった感じだ。
さすが上位種族十名による特殊技能の攻撃を受ければこんなものか。
ヴァンパイア族が一体や二体だけだったら、ここまでうまく行かなかっただろう。
このまま吸い続ければ、無くなってしまうんじゃ? と思ったら、そうはならなかった。
「もう吸えません」
「お腹いっぱいです」
「魔素酔いをおこしました」
「もう当分魔素はいいです」
満腹、もしくは食い過ぎたようだ。
腹を上にしてコテンと横になる姿だが、ここは戦場だと理解しているのだろうか。
訓練で鍛えられたようだが、本質はまだ甘っちょろいのかもしれない。
「よくやった。休んでいてくれ」
あとは俺でも大丈夫そうだ。あの弱々しい鎧? もしくは鎧(笑)の奥に、本体が見え隠れしている。




