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亡霊将軍は三体。こっちの総戦力で襲いかかって、倒せるものなのか。
逃げられないなら、やるしかない。
俺は深海竜の太刀を構えて、中央の亡霊将軍を見る。
威圧感は凄まじいが、魔素量を正確に測れないから、俺とどのくらいの差があるのか分からない。
「まあいい、いくぜ」
一歩踏み込んで、敵の腕を斬り落とす。
長年鍛え上げた技に加えて、前世の知識がある。
オーガ族の身体に合わせて調整された俺の動きは、まるで一流の剣士のようになめらかな動きとなる。
そしてファルネーゼ将軍が秘蔵していたというこの深海竜の太刀は、深海と海上を行き来するような存在の骨を使っている。
一流の職人が造りあげたであろうこの太刀ならば、亡霊将軍だろうがなんだろうか、斬り伏せてみせる。
「……はずなんだが、なんで腕がくっついてんの?」
たしかに斬ったはずだ。感触もあった。だが現実はどうだ。
腕が元通りになっている。
「やっぱりやったね、ゴーラン。ボクの手首を斬り落としたから、今回もやると思ったんだ。だけど、亡霊将軍の鎧は魔素なんだよ。だからいまゴーランは魔素を斬っただけ。本体には傷ひとつついてないよ」
ネヒョルが嫌な解説を入れてくる。
だが斬ったのに斬れていないわけは、そういう理由だったらしい。
「ならば何度でも斬ってやるぜ」
「……とゴーランは言うと思ったんだけど、これは亡霊騎士じゃなくて、亡霊将軍だよ。ゴーランが何千回斬ったって、魔素切れになることはないよ」
それでは俺が深海竜の太刀をいくら振るっても、目の前の敵を倒せないことになる。
鎧が魔素で出来ているならば、いくらでも補充可能なのも分かる。
さすがにそれを含めて全て切り捨てるなんて真似は俺にはできない。
ネヒョルの言うとおり、このままただ斬っても意味がなさそうだ。
俺がこんなに苦戦しているならば、他の奴らはどうだろう。
左右を見てみた。
ダイルは爪で引っ掻き、首筋に噛みついていた。
剣や槍をよく使うダイルだが、武器ではなく、魔素を乗せた自前の肉体を使って攻撃している。
「ちゃんと攻撃が届いている」
互角に戦えているようだ。
そしてサイファたち。
「いっくよ~!」
「おっしゃぁ!」
ベッカが関節を取り、サイファが金棒で殴っているが、効果はない。
それであったら、俺の立つ瀬がない。
二人して物理攻撃が効かない相手になにやっているんだと思ったら、違った。
ちゃんと目的があったのだ。
「ペーニーちゃん、やっちゃって!」
「ペイニーです。名前を覚えてください」
両腕を掴まれている亡霊将軍に、死神族がわらわらと近寄っていく。
「あれは……〈一撃死〉か」
トラルザード領に来た中だと、死神族が一番多い。五十名いる。
しかも精鋭だけを集めてある。
それだけの死神族が次々に亡霊将軍に群がり、〈一撃死〉を打ち込んでいく。
かつて魔王すら斃し、周辺諸国に恐れられた死神族の特殊技能。
それを持つが故に恐れられ、住処を追われたが、今はもう完全に吹っ切れたようだ。
訓練によって集団行動にも慣れ、魔素量も上がっている。
〈一撃死〉のクールタイムがどれだけか分からないが、あれだけ囲んで打ち続ければそのうちどれかは効くだろう。
「んじゃ、俺の戦いをしようかね」
大剣が俺の首を薙ぎに来た。
前世を含めて、どれだけ剣術をやってきたと思っているのだ。当たる訳がない。
「……っと!」
避けたはずが、風圧で吹っ飛ばされた。
「やばいやばい、他人を気にしている暇はなさそうだ」
実力差は明らかなのだ。少しも油断できない。
擦っただけで大怪我をしそうだ。
「これでも俺は、かなり強くなったんだがな」
上には上がいるってわけだ。
ネヒョルの部下……しかもその他大勢に対して、俺が必死になっている。
さぞネヒョルにとって滑稽なことだろう。
だがネヒョルは絶対に勝てないと言ったんだ。それは覆させてもらおう。
亡霊将軍は、俺が間合いの外に出ると、牽制の一刀を撃ち出すことが多い。
避ける必要がないと思っているとその余波でやられるし、かいくぐって突っ込んでも、まだ間合いの外である。容易に対処されてしまう。
「ここはあえて乗ったフリで」
大ぶりの一太刀をかいくぐっていくと、俺が到着するよりも早く、二刀目が来た。
さすがに上位種族は身体能力が優れている。
俺のような下位種族がどんなに鍛錬しても到達できない高みに初めからいる。
「だからこそ魔界の住人は、鍛錬によって技術を高めることをしないんだよ」
鍛錬によって実力が微増したところで、たかが知れている。
それが分かってしまうからこそ、最初から何もしない者が多い。
「まあ、三歳児が空手を使っても、何の鍛錬もしない大人にすら敵わないものな。種族の差が絶望的なこの世界じゃ、無駄な努力になるのかもしれない……が、これはどうだ」
――二段突き。
ウチの道場主が面白半分に開発した技。
寸分違わず同じ場所を素早く二度突く。
たしかに鎧をえぐったが、それだけだった。
「駄目か……ならな、撫で切りはどうだ?」
太刀の根元から先までを使い、素早く引き切ることによって傷を負わせてみる。
鎧の切り口から黒いもやが僅かながら立ち上り、俺がつけた傷は綺麗さっぱり消えてしまった。
「あれが魔素で出来ているってのは、本当なんだな……もしかすると、俺が一番弱い?」
千回斬りつければさすがにダメージはあるかもしれないが、そんなことは物理的に不可能だ。それで倒せるわけでもない。
「……なんか、本気で倒せる気がしなくなってきたな」
魔素で固めた鎧が重いのか、本体が中から操っているからなのか、亡霊将軍の動きは俺でも対処できる。
ネヒョルと戦ったときみたいに、電光石火のような動きはしてこない。
「だとしても、このままは拙いな」
全身を魔素で固めた敵に急所はない。
あるように見えてもそこも魔素である。ではどうすればいいのか。
そんなことを考えている俺の後ろから、忍び寄る影があった。




