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「気をつけろ! こいつらは並じゃない」
ダイルが忠告するまでもなく、ネヒョルとその取り巻きは俺にビンビン殺気を飛ばしてくる。
「さあて、ゴーランはどこまで頑張ってくれるかな。ボクは楽しみだよ。……ちなみに勝てる相手じゃないからね」
ネヒョルが手を振ると、黒い鎧が三体、前に出た。
背はオーガ族の俺よりも高い。胸板も厚く、横幅もある。
見た目は巨大な鎧の化け物だが、ネヒョルがそう言うならよほどの強者なのだろう。
俺は深海竜の太刀を握りしめて、後ろに向かって叫んだ。
「ここは俺がやる。お前たちは逃げろ!」
この混乱は直に収まる。
敵がどう出るか不明だが、ここであんな化け物みたいな黒鎧とやり合う必要はない。
「ゴーラン、お前が逃げろ。あれは……我でも相手をするのはキツい」
降格したとはいえ、軍団長職にあったダイルがそう言うのだから、実力はダイルと同程度かそれより上。
それは聞きたくない情報だった。
「ネヒョルのやつ、とんだものを用意しやがったな」
敵はたった三体。
ネヒョルの周りにはまだいるが、それを投入するつもりはなさそうだ。
「先に言っておくね。彼らは亡霊将軍族だよ。亡霊騎士族だと、ゴーランが勝ってしまうこともあるからね。念には念を入れたんだ」
ネヒョルの陽気な声が腹立たしい。
「亡霊騎士族の進化形だ」
ダイルが説明してくれた。
敵は三体とはいえ、こっちは俺とダイル。
不利は否めない。
「んじゃ、おれらは残った右でいいのかな」
「そうだね~、一番近いし」
サイファやベッカ、それに他のオーガ族が戦闘態勢をとりはじめた。
死神族もいる。
「おい、おまえらは逃げろ! 束で掛かっても勝てねえぞ」
無駄死には止せと言ったが、連中は聞く耳を持たなかった。
「こっちは全員で一体を相手にするだけだ」
「そうだよ。ゴーランは少しは信頼してくれてもいいんだよ」
もちろん敵が強大でも数で押せばなんとかなる……が、それは向かった集団の半数を犠牲にするとか、そういった大胆な作戦が取れる場合だ。
雑魚はいくら集まっても雑魚。
各個撃破されて終わる。
「戦争が始まった時点で戻っても良かったんだけどね。眺めていたら見つかっちゃたし、今日はツイてないよ……でもゴーランと戦えるんだから、ツイていたのかな?」
「ネヒョル、てめえ、この戦争を仕組んでやがったな」
今の発言で分かった。やっぱり裏で糸を引いていたのがいやがった。
「あっははは……そりゃそうだよ。ここの翔竜族の将軍には、西に来て欲しくなかったからね。いま西は大混乱の真っ最中さ。ここで足止めさせるために、がんばってジャニウスの将軍を動かしたんだよ」
やはりネヒョルの策略だったわけだ。
「ワイルドハントがここら一帯で暗躍しているって聞いたが、何を考えてやがるんだ!」
「ボクの目的? そんなの教えると思う? そういえばゴーランさ」
「なんだ」
「なんでゴーランは上位種に進化しないの? オーガ族の進化は解明されているし、もうとっくに進化していなきゃおかしいくらいなのにね」
「何を訳の分からないこと言ってやがる」
「知らないのかな。オーガ族がハイオーガ族になるにはね、たったひとつが必要なんだよ。それはもう、ゴーランはクリアしている。でも進化していない。なぜなんだろうね~、どうしてだろうね~」
「……?」
これから戦闘だっていうのに、ネヒョルは気の抜けた声を出す。
「いい機会だから教えてあげるよ、ゴーラン。オーガ族の進化に必要なものは、上位種族を倒すこと。つまり大物食いなんだ。すでにゴーランは何度もやっているよね。もうとっくに進化したと思ったんだけど、どうしてまだなんだろ?」
心底不思議だというように、ネヒョルは首を傾げる。
「さあな、それより覚悟しておけ。こいつらを全滅させたら、次はお前だ」
「それは怖いな。でもそれも楽しみだな。……じゃあゴーラン、生き残るのは無理だと思うけど、足掻いてみてね」
その言葉を待っていたかのように、亡霊将軍族が動き出した。
亡霊将軍族が間合いの外から剣を振るう。
長くて分厚い大剣だ。
あんな場所から振ったところで、もちろん届かない。
だが大剣は大地をえぐり、地割れが足下まてやってきた。
「……っと! あれは受けられねえな」
地割れから足をとられる前に避けたが、あの大剣は危険だ。
受けたところで、力で押さえつけられ、そのまま真っ二つにされそうだ。
そして敵の黒鎧。
太刀であれを斬れるだろうか。
「亡霊将軍の鎧は破壊できないぞ。あれは魔素の塊だ。本体はレイス族と同じ幽鬼種だ」
「それって、物理攻撃が効かねえじゃねえか」
レイス族は物理攻撃がまったく効かない。俺たちオーガ族の天敵である。
「いや、少しは効く。ほんの少しだがな」
ダイルは絶望的なことを言い出した。
幽鬼種を倒す場合、魔素による直接攻撃が効果的だ。
その最たるものが魔法。
魔素をそのままぶつける魔法がよく効く。
続いて、身体に魔素を纏わせての攻撃だ。
爪でも牙でもいい。とにかく魔素を乗せて、相手の魔素を削り切るような攻撃が有効とされる。
それより大分落ちるが、武器に魔素を乗せて攻撃する方法もある。
うまく魔素を乗せられれば高い攻撃力を得るが、そんなことができるのは魔素の扱いに長けた者のみ。
それならば魔法でも撃った方が効率がいい。
そしてここが大事なところだが、オーガ族は有り余る魔素を頑強な身体をつくるのに使っている。
腕力とかにだ。
ゆえに魔法を撃てないし、魔素を乗せた攻撃もできない。
つまり何がいいたかいと言えば……。
「……お手上げだ」
どうやって戦えばいいんだ、これ。




