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俺たちの後方から現れた敵はほぼ同数。
ただし魔界の戦争は、個々の力がものをいう。
そういう意味では、俺たちの不利は否めない。
「メラルダ将軍は気付いてくれると思いますか」
気付いたら、助けにやってくるかもしれない。
そんな一縷の望みを掛けて、ダイルに聞いてみた。
「将軍の部隊には飛翔して戦う鷲竜族がいる。こちらは見えているはずだが……」
戦場の先を見た。
空から何度も急降下しているの見えた。あれが鷲竜族らしい。
鷲の顔と身体を持ち、コウモリの翼を持ったキメラみたいな種族だが、それでも竜種の仲間だという。
滅茶苦茶獰猛で、メラルダ将軍がようやく仲間にした扱い難い種族らしい。
竜種というと、長寿で温厚。悟ったようなイメージを持つが、鷲竜族や一角を持つヘイカン族のように、野蛮で獰猛な者が多いらしい。
そもそもメラルダ将軍自体、かなりイケイケな性格だとか。
竜種は喧嘩っ早い。それが常識である。
俺としては「騙された」という気分である。
鷲竜族が少しでも冷静な所があれば、こちらの状況が分かるので、将軍に伝わるだろうとのこと。
「無事、伝わるんですか?」
「さあて、どうだろう」
頼りなかった。
俺たちの前に現れたのは、これまで森の中に潜伏していた連中だ。
大型の種族がいないのは幸いだ。
魔界の連中はみな筋肉の塊みたいなのばかりなので、大きいだけで脅威なのだ。
「ここまで来たらしょうがない。やるしかないな」
俺は覚悟を決めた。
援軍が来るかどうかもわからない。敵は前と後ろにもいる。
この状況で、手をこまねいていても問題は解決しない。
「ようし、てめえら! 突っ込むぞ!」
「「うぃーっす!」」
ここは柵も防波堤もなにもない。
平地での戦いはこうして始まった。
俺たちは勝つ必要がない。ここを死守するだけでいい。
一方、敵は俺たちを蹴散らすつもりでやってきている。
「うぉおおおおお!」
というわけで、こっちが防衛戦をすると思っただろう。だが、俺を含めてここにそんな消極的な奴らはいない。
堂々と迎え撃って、蹴散らすのみだ。
遭遇戦の様相を呈していたが、すぐに動きがあった。
死神族が突出して敵陣の中に潜り込んでいったのだ。
上位種族とはいえ、それは無謀だ。
と思ったら、敵が次々と倒れ伏す。
「もしかして、〈一撃死〉か?」
死神族の特殊技能〈一撃死〉で間違いない。
ただあれは格下の相手には通用するが、同格以上になると成功率が極端に下がる。
もしかしてと見ると、以前より魔素量が増えていた。
顔も精悍になっている。
俺が知らないうちに、訓練で何かあったのだろうか。
死神族だけではない。
なんとあのお坊ちゃまヴァンパイア族もまた、次々と敵を屠っていく。
彼らは上位種族のヴァンパイア族。しかもその中でもエリートである。高貴な血筋というやつだ。
だが、あんな引きこもりみたいな連中がどうして敵と戦える?
「……今度連中に訓練内容を聞いてみるか」
嬉しい誤算だが、正直変わりすぎだろと思ってしまう。
「楽しいねえ~」
敵の腕をボキボキと折っているのはベッカだ。
この駄妹はあいかわらずブレない。嬉々として敵を無力化している。
メラルダ将軍の言葉を正確に実行しているのは、このベッカではなかろうか。
いい食い散らかしっぷりだ。
だいたいにおいて、腕や足を折られた敵は近くにいるオーガ族に潰される運命となる。
なので、彼らの運命は変わらない。
「うっひょー!」
両手で金棒を振り回しているのは駄兄の方だ。
サイファは元から部隊長を務められるくらいの魔素量があったが、本当に成長している。
「こうしてみると、俺たちでも魔王軍相手に戦えているのか」
凄いなと、戦闘途中であるものの、俺は冷静に観察してしまった。
裏を返せば、小魔王国にいた頃はまさに上司の放任主義……いや、完全放任主義だった。
たしかに教育というのは、金も時間も手間もかかる。
湧いて出てくる下級兵相手に教育してやろうという酔狂な者もいないし、余裕もない。
それでも少しは手間をかけたら、かなりマシになったんじゃなかろうかと、この様子を見て思ってしまった。
「よし、このまま押し返せ!」
他の連中も健闘している。
もちろんダイルもだ。岩獅子族の戦闘力はこの中では群を抜いている。
森に潜んでいた部隊は隠密性を重視したのか、小柄な種族ばかりだ。
それゆえ、俺たちでも何とかなっている。
「将軍の軍が戻ってくる気配はないですか?」
ダイルに聞いても、「ないな」という返事しか戻ってこない。
「将軍は戦いに夢中になって、俺たちのことなんか忘れて……なんてないですよね」
「それはないだろう。まだ本来の姿に戻ってないしな」
本来の姿とは、天界の住人が張った結界を破ったときの姿だろう。
巨大で綺麗な竜だった。
「そういえばなぜ、メラルダ将軍は竜の姿で戦わないんですか?」
そっちの方が強そうだ。
「被害が出る。敵味方ともにな」
「あー」
「兄はそれで重傷を負った。戦場からかなり離れていたが、尾の先端で数百メートル吹っ飛ばされた」
上位種族の岩獅子族を数百メートル吹っ飛ばす力がどれほどか想像つかない。
だが、将軍に変身されると危険だということは分かった。
まだ敵の将軍の姿は見えない。
この状況で本気で戦うわけにはいかないのかもしれない。
「そろそろ敵の部隊がこっちに注目してきそうですけど」
将軍が中央突破を果たしたことで、ふたつに割れた部隊と俺たちの距離は近い。
こっちを狙いに来ることも考えられる。
それをすれば、将軍の部隊に背を向ける。
将軍はあえて俺たちを囮にと考えているのではと邪推したりする。
「先のことはいいから、ここを押し切れ。足を止めると囲まれるぞ」
「分かりました」
ぼーっとしていたら、ダイルに怒られた。
いまは目の前に集中しなければ。
俺たちはここでの戦いを有利に進めていたが、戦局は再び動き出した。




