017
戦場で丸一日、何もしないというのはいいものだ。
日没を迎えて、みんな食事を摂り始めた。体力が有り余っている連中が諍いをはじめた。
俺はそれを黙って見守る。俺の村ではいつものことなのだ。
「リグはどこだ?」
「はっ、こちらに」
まじめくさった顔で副官がやってきた。
「戦況はどうなった?」
「中央では一日にらみ合いで終わりました」
「中央も戦わなかったのか」
「はい、戦端が開かれた様子はありません」
「こっちの状況は?」
「少し前にも兵を周囲に放ちましたが、敵影は見つかりませんでした。もう一度捜索させますか?」
「いや、それならばいい。警戒だけしておこう」
「はっ、かしこまりました!」
相変わらずリグは真面目な返答だ。もう少し肩の力を抜いていいと思うのだが。
たった一日で陣を落とされて、敵が慌てたのだろうか。対応が遅い。
だったら、このまま撤退してくれればいいのだが。
明日以降どうなるか分からないが、この陣には敵の部隊長を一戦で殺せる戦力がある。
そう思ってくれているはずだ。上手くいけば、このまま戦わずに終われる。
食事を終えたあと、もう一度、周辺の見回りに兵を出した。
予想通り、敵影なしの報告が戻ってきた。
少しして、本陣から伝令がやってきた。会議だ。
昨日は寝てしまったので、今日こそは行かねばならない。
「リグ。会議に行ってくるから陣を頼むな」
「お一人で大丈夫ですか?」
「場所は覚えたからな。まあ、大丈夫だろう」
「いえ、私が心配しているのは、他の方に喧嘩を売らないかということですけど」
そっちか!
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「説得力がありません!」
なんでだよ!
気を取り直して、会議に出席する。
今日はちゃんと椅子が用意されていた。よかった。
「やあ、みんな集まっているね」
相変わらず、ネヒョル軍団長のテンションは高い。
「まずはゴーラン、昨日報告は受けたよ。敵の部隊長を撃破したみたいだね、おめでとう。調べたところによると、キミが倒したのは大牙族のコヴェンという軍団長だ。小魔王バグズリーのもとで軍団長をしていて、いまは小魔王レニノスの部隊長。それを撃破するなんてさすがゴーランだ。軍団長クラスを倒すとなると、ボクの地位も危ないかな?」
「あんなの大した手間じゃない。やる気があるなら、あとで相手をするぞ」
「あははは……どうしようかな」
「ネヒョル様、このような者の戯れ言を本気にされませぬよう。いっそ叩きのめしてくださいませ」
「どっちだよ、駄犬」
思わず突っ込んでしまった。
俺がネヒョル軍団長と戦ったら、間違いなく俺が負ける。というか死ねる。
「いまは戦争中だしね。ちょっと止めておこうか。これが終わってゴーランがまだやる気だったら、ボクだって受けて立つけど」
「それでいい」
これはもちろんただの口約束だ。
魔界の住人の「今度会ったらぶっ飛ばすぞ」は、もう戦うのは止めようねの合図なので、心配ない。
「じゃ、約束もできたことだし、早速会議に移ろうか。戦局はこのまま動きそうもないね。午後から敵陣を探ったけれども、戦う意志は感じられなかったよ」
敵を探る方法はいくつかあるが、はてさて何を使ったのやら。
ちなみに一番簡単なのは、〈獣使い〉の特殊技能を持ったやつが使役した遠見獣を派遣することだ。
軍団長クラスならば、遠見獣を使役できるやつを何人か飼っていても不思議ではない。
他にも空を飛べる者が高みから偵察する方法もある。
この軍は飛鷲族のビーヤンがいるので、それが可能だ。
「では明日もこのままでしょうか」
ロボスが考え込むように言った。
「そうだね。敵の部隊だけど、どうやら敵本陣に向かって少しずつ戦力を移動させているんだよね。つまり、撤退の前兆が見えたんだ」
いい傾向だ。このまま撤退してくれればこんないいことはない。
「ということは明日の戦いが勝敗を分けますな」
「そうだね。向こうは総力戦のつもりで来るかな」
ロボスが言うと、ネヒョル軍団長が頷いた。
ふたりだけ、意味が分かっているようだ。どういうことだ?
くやしいので、俺も考えてみる。
いま丘を巡って攻防している。
敵が部隊を三つに分けて攻めてきたので、俺たちも三つの部隊で迎撃している。
互いに本陣を後方に置き、攻め手と守り手の数は合っている。
昨日、敵陣が一つ破壊されたので、残りは二つ。
別の部隊が、兵を本陣へ移動させているという。
撤退を視野にいれているだろうが、もうひとつ理由がある。
軍の入れ替え、もしくは兵の移動先を隠す目的かもしれない。
何もせずに撤退すれば背後を突かれる恐れがある。
ひと当てして出鼻を挫く必要があるだろう。
その状態で明日、どこで戦いを起こすつもりかを考えると……。
「なるほど。ゴブゴブのところか」
俺が昨日、陣を破壊してしまったため、敵は中央への進軍を諦めざるを得なくなってしまった。
なぜならば、本気で戦えば、俺の部隊が駆けつけるからだ。
中央の戦力を本陣に移動させたというのは、そこからゴブゴブの所に戦力を集中させるつもりか。
中央に一番強い集団をあてていただろうから、彼らを引き抜いたのか。
ゴブゴブの所ならば俺の陣から離れているため、援軍が間に合うか微妙だし、そこを俺が離れれば、間を縫って敵がやってきたときに戻りが遅くなる。
どちらにしろ、戦場の反対側にはいけない。
「正解。ということで明日、ロボスの所は小規模な戦いになるかもしれない。その分、一箇所だけは本気でくるかもね」
敵が戦力を集中させる可能性を考慮して、ゴブゴブの部隊を強化させたらどうだろうか。
「今のうちに戦力を移動させたらいいんじゃないか?」
敵の裏をかくというやつである。
「大勢が移動したらすぐにバレるよ。こっちだって密かに見張っているんだもの。あっちがやっていない保証はないからね」
部隊にいる一般の兵は戦略を理解していない。
場所を移動すると言えば、ぶーたれるし、全員が隠密行動できるわけじゃない。
つまりオーガ族が動けば敵に筒抜けになり、そのせいで敵が作戦を変えたら意味がない。
大人しくしていろということだ。これは反論できない。
「じゃ、明日もがんばろー」
その日の会議は、これでお終いになった。
ちなみに話にあがったゴブゴブたちは静かなものだ。
飛鷲族のビーヤンも最後まで黙ったままだった。
どうしたんだ? この前の喧嘩が効いたのか?