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ペインサーペント族の暴れっぷりは常軌を逸していた。
今も兵を一体咥えて、どこかに放り投げている。
「敵味方問わずかよ。さすが魔王国軍の戦い」
多少の被害など、どうでもいいようだ。
魔王国どうしが戦うと、一度の戦闘で何人も小魔王クラスが死亡したりするらしい。
防御力に優れた小魔王といえども、戦うのが同レベルの猛者ばかり。
複数のファルネーゼ将軍に囲まれた小魔王を思い浮かべると分かりやすいかもしれない。
つまり、攻める側も強力無比であるため、いかな小魔王とて無事では済まないのだ。
「我らもいくぞ、付いてこい!」
メラルダ将軍がそんな激戦地に特攻をかけた。
通常ならば自殺行為。ただの蛮勇で終わる。
だが、将軍もそれに付き従う兵も通常とはほど遠い。
大地を揺るがすような衝突音とともに、多くの敵兵が……いや、敵兵の身体の一部が空を舞った。
「凄え」
隣でサイファが感嘆の声をあげる。あの無茶苦茶な突進を「凄え」で終わらせるサイファも大概だ。
ちなみに俺たちオーガ族があそこにいたら、一瞬でぺちゃんこになる。
「将軍はときどき知性派に間違えられますけど、基本はアレです」
ダイルの言葉にベッカなどは「ふえ~」と驚きを隠せないようだ。
力で攻めてくる相手に対して力で受けて立ち、それを打ち破ってしまった。
「将軍はもうあんな奥に……」
あれだけ派手に暴れていたペインサーペント族だが、有象無象の兵に紛れて見えなくなってしまった。
地に落ちて揉みくちゃにされたか、足跡だらけになっていると予想する。
「これで後方を守る我々の重要度が増した。周辺への注意は怠らないようにせねば」
ダイルの言葉に俺は頷く。ここで戦いを見ているだけでは駄目だ。
俺たちには、後方を守る使命がある。
「……って、本陣とこれだけ離れると、ヤバいんじゃ?」
ここにいるのは千にも満たない数。
その中で最弱なのが、俺たちダイル独立部隊であろう。
「メイダ族が周囲に飛んでいるから、奇襲はないだろう」
メイダ族というのは、四枚の翼をもつ、蛇に似た種族だ。
小回りが利き、身体が小さいため、斥候や偵察に向いている。
「分かりました。それでも奇襲には注意しておきます。……そういえば、戦場の敵後方にいる大きいのは、どの種族でしょう」
強そうなのがいるが、俺の知らない種族だった。
身体の周囲に、微少な砂のようなものを常時巻き付けている。
「あれはイビルジン族だな。種族内でも多くの属性を持っている。本体はあの中にあって、通常の攻撃が通りにくいな」
「あれがイビルジン族ですか。初めて見ました」
ジンというだけあって、身体を形作っているのは魔素らしく、本体は棒のようなものらしい。
魔素で出来た身体の周囲にも常時砂嵐のようなものを張り巡らせているため、見た目よりもずっとやっかいな相手であるとか。
「直接本体に攻撃を加えないとダメージにはならないから、あの二重の鎧をどう通過させるのかが問題になってくる。もっとも我らには通用しないが」
メラルダ将軍麾下のヘイカン族が一気呵成に攻めていった。
ヘイカン族は深くて厚い陣を、突き刺すように奥へ奥へと向かっていく。
ヘイカン族は一本角の竜たちである。
身体の大きさはそれほどでもないが、あまりに凶暴すぎて、押さえ込むときは鎖で厳重に巻き付けなければいけないほどと聞いた。
事実、将軍の陣には、鎖で身動きできないようにされたヘイカン族を見かけたことがある。
ヘイカン族は争いを好む……好みすぎる竜の一族らしい。
ヘイカン族の勢いは凄まじく、敵陣に次々と深い溝を作りあげていく。
「このままでしたら、数の不利を覆せそうですね」
「うまく行けば良いが、魔王軍というのはやっかいでな。秘密の部隊をいくつか持っているのが普通だ。そして一番効果的なときに使ってくる」
ヘイカン族が突出したおかげで、敵陣にほころびができた。
だがこちらも戦線が長く伸びてしまった。その隙を突きに敵がやってきた。
「あれは……速い!」
敵味方が入り乱れている隙間を縫うように走り抜ける集団があった。
あんなことが可能なのかと思うほど、兵と兵の間を器用に進む。
あれならば、大都会のスクランブル交差点でも自由に行き来できるだろう。
「ツインベート族だ。横から食いつかれたらヤバい」
ダイルが渋い顔をしているが、ツインベート族が食いついた瞬間、味方の勢いが完全に止まった。
見た目は双頭の獣人。
ハイエナと狼の頭を持つ人狼というのが一番近いだろうか。
頭が二つあるせいか、ツインベート族の戦い方は独特だ。
一つの頭で相手に食らいついても、残りの頭が周囲を見ている。
死角の存在しないどう猛な人狼という雰囲気がある。
ツインベート族の参入でしばらく戦線が膠着したものの、メラルダ将軍が前にでてきて、戦況は再び動いた。
「これは……突き抜けるつもりだな」
包囲される前に敵の軍を二つに割るつもりらしい。
ヘイカン族の後を引き継いで、メラルダ将軍の直属部隊が敵陣深く侵入した。
敵の陣では、それを止める手段がなかったらしい。
徐々にではあるが、敵の部隊は左右に分かれはじめ、一番の激戦だった軍の先頭も、もうすぐ出口に達する。
少しして喚声が聞こえた。将軍が敵陣を突破したのだろう。
つまり、どういうことかというと……。
「俺たちは後方に取り残されたまま?」
俺たちの役目は後方の守備だ。
だがこのままでは孤立してしまう。
前進して敵を挟撃するか、ここに留まるか。それとも……。
「ちょっと厄介なことになったかもしれん」
ダイルがメイダ族から報告を受けた。
森にいた部隊が俺たちの方へ進んで来ているらしい。
「つまり、ここも戦場になると?」
「なる。下手をすると挟撃されるかもしれない」
メラルダ将軍の本体ははるか敵陣の先。
取り残された俺たちは、後方からの襲来を自力で撥ねのける必要がでてきた。
「えっと……絶体絶命?」
「さて」
ダイルはそれ以上何も言わなかった。




