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魔王ジャニウスの軍勢がやってきたらしい。すごいことだ。
俺は小魔王メルヴィスの国の片田舎出身。
はっきり言って魔王国とは、これまで一度も関わりを持ってこなかった。
メラルダ将軍に連れられてこの国に来たことだって、内心ではビクビクものだった。
「まさか魔王ジャニウスの軍と戦うか」
もう俺のレベルではどうしようもない。
一方、メラルダ将軍はというと……。
「ふふっ……ふふふっ……」
笑っていた。
頭がおかしくなったのではないだろう。
そうなってしまった可能性も密かに存在するので、確認は欠かさないが。
「えっと、将軍。大丈夫ですか?」
メラルダ将軍は俺の問いかけには答えず、伝令に敵の大将を尋ねた。
「そこまでは分かりかねます。追って他の者より報告があると思います」
敵軍の将の名前や、軍の編成、兵の数などは後になるようだ。
この伝令は、敵侵攻の報を即座に知らせに来ただけらしい。
「なに、一番近いのはフォンバルじゃろう。きゃつめは、勘違いしたようじゃな」
「か、勘違い?」
将軍は笑顔である。ずっと笑顔である。
「西の小魔王国群が騒がしくて、前線の軍を戻せないとか、天界から侵攻があって、軍団がひとつ壊滅したとか……」
「しょ……将軍!?」
メラルダ将軍の笑顔が深くなった。
「もしかして、今なら我を倒せるとか、勘違いさせちゃったようじゃな。くっわぁー、それはしたり。悪いことをしてしまった」
分かった。これ、逃げた方がいいやつだ。
俺はソロリソロリと、うらめしやの格好でその場を離れようとした。
「ゴーランよ」
「は、はいっ」
「済まぬの。ぬしを遠くに逃がすことができんようになった」
俺が率いてきたのは、種族混合で約二百名。
いまこの段階で陣を離れれば、別働隊と疑われて攻撃を受ける可能性がある。
二百という数は、無視するにはやや大きい。
かといって、バラバラになって逃げるのも拙い。
ここはみな初めての土地で、どこを集合場所に定めていいか分からない。
そもそも脳筋連中がちゃんと集合できるとは思えない。
敵陣へ向かっていったって、俺は驚かない。
「あー、そうですね。西に張りつかせた三軍は呼び戻せないんですよね」
「そうじゃ。小魔王どもが蠢いておる。無理じゃな」
「だったら、ここに残って戦うしかないですかね」
「ほう。どうしてじゃ?」
将軍はここにきて、俺に興味を持ったようだ。
「これって今まで警戒すらしていなかった魔王国軍の襲撃ですよね。そしてタイミング良く小魔王国領で騒乱が始まるわけです。これは裏で糸を引いている人がいますよね」
「であろうな。どこかで監視していたのじゃろう。そしてその目は意外に広い」
「と言うわけで、ここで別行動しても怖そうなので、一緒にいます。どうせ軍をいくつかに分けるんですよね」
「敵の出方次第じゃが、おそらくそうなるであろう」
「でしたら、影響の少なそうな所にお願いします。事があれば戦います」
他の軍と一緒の方がまだ安心できる。
それと、生き残るために敵を蹴散らすのはやぶさかでない。
「なるほど……だれか、ダイルを呼んでくれ」
将軍が言うと、すぐにダイル軍団長……いや、もと軍団長か。彼が現れた。
「お呼びでしょうか」
「うむ。そなたに命じる。ゴーランの部隊を率いて、この戦いを乗り切るがよい」
「ですが私は、部下を失った身……」
憔悴しているダイルの姿に、俺はクるものがあった。
ダイルはいつも泰然としているように見えたが、その実、責任感が強いのだろう。
今回の件で、相当堪えているようだ。
「のうダイル。お主をなぜ軍団長に指名したか分かるか?」
「はっ、上位種族である岩獅子族で一番だったからでしょうか」
岩獅子族は、魔王トラルザード国内でも数が多いらしい。
その中でダイルの力は、抜きん出ていたという。
「それもあるが、少し違う」
「そうなのですか」
「お主に進化の兆しを感じたからじゃ」
「進化……でございますか」
「そうじゃ。岩獅子族の進化先は……」
「猛獅子族」
「うむ。猛獅子族になれば、そこいらの小魔王に匹敵する。ゆえに我はお主を中心に据えて軍を整えた」
「そ、そうだったのですか。申し訳ございません。お役に立てず」
「いいやまだじゃ。まだそれを言うには早い。お主は進化すべきだと我は思っている。ゆえに、ゴーランたちを率いて、見事守り通してみよ。お主が強くなるためにな」
ダイルはハッとしたように顔を上げ、直後「かしこまりました!」と言い放った。
「その言やよし!」
メラルダ将軍は満足したようだ。
実際、俺たちが軍に組み込まれても、将軍の考えや決められた動きが分からないため、迷惑をかける可能性があった。
トップにダイルがいてくれればそれは避けられる。
もし、万一俺たちが陣を外れたりしても、将軍の考えに沿った動きが可能となる。
「よろしくお願いします。ダイル……さん。えっと、どう呼びましょうか」
軍団長ではないし、ダイルさんでもいいと思うが、これは軍隊である。
呼び名を決めておかないと俺だけじゃなく、部下たちも困る。
「よし、お主らをダイル独立部隊と名付けよう。それでいいな」
「ダイル独立部隊。承りました」
「ではダイル部隊長で」
「ああ、そう呼んでくれ」
部下には俺のことを副長とでも呼ばせよう。
こうして急遽、新たな部隊が結成された。
岩獅子族のダイルを頂点とした、独立部隊である。
メラルダ将軍は、なにかいたずらを思いついたような顔をしたので、俺は一瞬警戒した。
だが、ダイル部隊長は気づいていない。
「そうじゃな、独立部隊というからには、命令系統は我が握ろう。我直属じゃ。どうじゃ、嬉しかろう」
そう言われてダイルは破顔した。尻尾があれば、ブンブンと振っていたことだろう。
俺はといえば、「嬉しかねーよ!」とどんなに叫びたかったことか。
ファルネーゼ将軍のときと同じだ。そのせいでこの国に来ることになったわけだが……。
こうして独立部隊の副長に収まった俺は、魔王軍と戦うことになった。




