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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第5章 窮鼠覚醒編
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 魔王ジャニウスの軍勢がやってきたらしい。すごいことだ。


 俺は小魔王メルヴィスの国の片田舎出身。

 はっきり言って魔王国とは、これまで一度も関わりを持ってこなかった。


 メラルダ将軍に連れられてこの国に来たことだって、内心ではビクビクものだった。


「まさか魔王ジャニウスの軍と戦うか」

 もう俺のレベルではどうしようもない。


 一方、メラルダ将軍はというと……。


「ふふっ……ふふふっ……」

 笑っていた。


 頭がおかしくなったのではないだろう。

 そうなってしまった可能性も密かに存在するので、確認は欠かさないが。


「えっと、将軍。大丈夫ですか?」


 メラルダ将軍は俺の問いかけには答えず、伝令に敵の大将を尋ねた。

「そこまでは分かりかねます。追って他の者より報告があると思います」


 敵軍の将の名前や、軍の編成、兵の数などは後になるようだ。

 この伝令は、敵侵攻の報を即座に知らせに来ただけらしい。


「なに、一番近いのはフォンバルじゃろう。きゃつめは、勘違いしたようじゃな」

「か、勘違い?」


 将軍は笑顔である。ずっと笑顔である。


「西の小魔王国群が騒がしくて、前線の軍を戻せないとか、天界から侵攻があって、軍団がひとつ壊滅したとか……」


「しょ……将軍!?」

 メラルダ将軍の笑顔が深くなった。


「もしかして、今なら我を倒せるとか、勘違いさせちゃったようじゃな。くっわぁー、それはしたり。悪いことをしてしまった」


 分かった。これ、逃げた方がいいやつだ。

 俺はソロリソロリと、うらめしやの格好でその場を離れようとした。


「ゴーランよ」

「は、はいっ」


「済まぬの。ぬしを遠くに逃がすことができんようになった」


 俺が率いてきたのは、種族混合で約二百名。

 いまこの段階で陣を離れれば、別働隊と疑われて攻撃を受ける可能性がある。


 二百という数は、無視するにはやや大きい。

 かといって、バラバラになって逃げるのも拙い。


 ここはみな初めての土地で、どこを集合場所に定めていいか分からない。

 そもそも脳筋連中がちゃんと集合できるとは思えない。

 敵陣へ向かっていったって、俺は驚かない。


「あー、そうですね。西に張りつかせた三軍は呼び戻せないんですよね」

「そうじゃ。小魔王どもが蠢いておる。無理じゃな」


「だったら、ここに残って戦うしかないですかね」


「ほう。どうしてじゃ?」

 将軍はここにきて、俺に興味を持ったようだ。


「これって今まで警戒すらしていなかった魔王国軍の襲撃ですよね。そしてタイミング良く小魔王国領で騒乱が始まるわけです。これは裏で糸を引いている人がいますよね」


「であろうな。どこかで監視していたのじゃろう。そしてその目は意外に広い」

「と言うわけで、ここで別行動しても怖そうなので、一緒にいます。どうせ軍をいくつかに分けるんですよね」


「敵の出方次第じゃが、おそらくそうなるであろう」

「でしたら、影響の少なそうな所にお願いします。事があれば戦います」

 他の軍と一緒の方がまだ安心できる。

 それと、生き残るために敵を蹴散らすのはやぶさかでない。


「なるほど……だれか、ダイルを呼んでくれ」

 将軍が言うと、すぐにダイル軍団長……いや、もと軍団長か。彼が現れた。


「お呼びでしょうか」

「うむ。そなたに命じる。ゴーランの部隊を率いて、この戦いを乗り切るがよい」


「ですが私は、部下を失った身……」


 憔悴しているダイルの姿に、俺はクるものがあった。

 ダイルはいつも泰然としているように見えたが、その実、責任感が強いのだろう。

 今回の件で、相当堪えているようだ。


「のうダイル。お主をなぜ軍団長に指名したか分かるか?」

「はっ、上位種族である岩獅子いわしし族で一番だったからでしょうか」


 岩獅子族は、魔王トラルザード国内でも数が多いらしい。

 その中でダイルの力は、抜きん出ていたという。


「それもあるが、少し違う」

「そうなのですか」


「お主に進化の兆しを感じたからじゃ」

「進化……でございますか」


「そうじゃ。岩獅子族の進化先は……」

猛獅子もうしし族」


「うむ。猛獅子族になれば、そこいらの小魔王に匹敵する。ゆえに我はお主を中心に据えて軍を整えた」

「そ、そうだったのですか。申し訳ございません。お役に立てず」


「いいやまだじゃ。まだそれを言うには早い。お主は進化すべきだと我は思っている。ゆえに、ゴーランたちを率いて、見事守り通してみよ。お主が強くなるためにな」


 ダイルはハッとしたように顔を上げ、直後「かしこまりました!」と言い放った。


「その言やよし!」

 メラルダ将軍は満足したようだ。


 実際、俺たちが軍に組み込まれても、将軍の考えや決められた動きが分からないため、迷惑をかける可能性があった。

 トップにダイルがいてくれればそれは避けられる。


 もし、万一俺たちが陣を外れたりしても、将軍の考えに沿った動きが可能となる。


「よろしくお願いします。ダイル……さん。えっと、どう呼びましょうか」

 軍団長ではないし、ダイルさんでもいいと思うが、これは軍隊である。


 呼び名を決めておかないと俺だけじゃなく、部下たちも困る。


「よし、お主らをダイル独立部隊と名付けよう。それでいいな」

「ダイル独立部隊。承りました」


「ではダイル部隊長で」

「ああ、そう呼んでくれ」


 部下には俺のことを副長とでも呼ばせよう。



 こうして急遽、新たな部隊が結成された。


 岩獅子族のダイルを頂点とした、独立部隊である。


 メラルダ将軍は、なにかいたずらを思いついたような顔をしたので、俺は一瞬警戒した。

 だが、ダイル部隊長は気づいていない。


「そうじゃな、独立部隊というからには、命令系統は我が握ろう。我直属じゃ。どうじゃ、嬉しかろう」


 そう言われてダイルは破顔した。尻尾があれば、ブンブンと振っていたことだろう。


 俺はといえば、「嬉しかねーよ!」とどんなに叫びたかったことか。

 ファルネーゼ将軍のときと同じだ。そのせいでこの国に来ることになったわけだが……。


 こうして独立部隊の副長に収まった俺は、魔王軍と戦うことになった。



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