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○ワイルドハント ネヒョル
ネヒョル率いるワイルドハント一行は、部下の持つ〈路傍認識〉と〈意識全体化〉のおかげで、誰にも見つからずに魔王トラルザード領へと入った。
ネヒョルはすでに小魔王国の多くを混乱に陥れ、大きな戦乱をおこした。
更なる乱を画策しており、そのためのトラルザード入りだった。
ただ、唯一の障害が魔王トラルザード麾下の軍隊、メラルダ軍の存在であった。
「魔王の配下って怖いのが多いんだよなぁ」
いかなネヒョルとて、魔王国相手に戦いを挑むようなことはしない。
ネヒョルが小魔王国を混乱に陥れるや否や、魔王トラルザードはすぐに手を打ってきた。
その手腕は評価するし、判断力の鋭さは賞賛に値する。ただネヒョルにとって、優秀な魔王は邪魔でしかない。
ネヒョルの野望、つまり目的は、バレていないと思う。
だがそれも、いつまで続くか分からない。
ゆえにネヒョルは魔王国内を混乱させ、小魔王国の争いに介入できないようにするつもりであった。
「そうしたらアレだもんなぁ」
小魔王国を警戒し、陣を敷いていたのは、翔竜族のメラルダである。
ネヒョルとメラルダが戦った場合、奇襲したとしてもネヒョルは勝てない。
それだけの差がネヒョルとメラルダの間にある。
覆しがたいのが、魔素量の差と、戦闘経験値である。
よい方策が思いつかず、ネヒョルはメラルダ軍に見つからないよう近づき、何か情報を得ようとしていた。
そんなときである。
天が裂けたのだ。
「天穴ではなかったけど、いいものが見られたな」
天穴とは多大な聖気を使う、魔界と天界をつなぐ技である。
天界から大きな侵攻があるときは、天穴を開ける方が都合がよい。
今回ネヒョルが見たのはそれよりも小規模で、ほんの短い時間だけのもの。
魔界の空を切り開き、そこから出入りするやり方である。
それでも多くの聖気を使用するため、いかな天界の住人といえども多用できない。
ネヒョルはメラルダ軍を探っているときに、偶然それに出くわしたのである。
そして多くの魔界の住人がまるで紙切れのようにちぎれ飛ぶ姿を目の当たりにした。
「メラルダがやってくるのを見たけど、あれは凄かったな。あれが本来の姿か」
もしメラルダが冷静で、あれほど切羽詰まった状況でなかったならば、特殊技能で隠れてもバレていたであろう。
下位種族ならばまだしも、上位種族にあの程度の目くらましは通用しない。
それゆえ、ネヒョルは幸運の上に幸運が重なったといえる。
「魔王ユヌスをどう誕生させようかと思ったけど、いいのを思いついた。今回の襲撃は使わせてもらおう」
メラルダが事後処理をしている間に、ネヒョルはその場を離れた。
そこからネヒョルは北上して、魔王ジャニウスの国を目指したのである。
魔王ジャニウスは、魔王ギドマンと長い間戦っている。
だが、いまだ決着は付いていない。
ネヒョルはジャニウスが治める町に赴き、こう囁いた。
「魔王トラルザードの将軍メラルダが、天界からの侵攻で大きな被害を受けた。倒すならば今だよ」と。
天界の侵攻の話は、まだジャニウス領に入ってきていない。
半信半疑ながらも、トラルザード領にいる商人から情報を得てみると、それは事実と分かった。
しかもいまだ混乱が続き、軍の再編すらできない状況だという。
同時に、最近注視していた小魔王国群からも不穏な話が流れてきた。
ついに雌雄を決する戦いに発展しそうらしい。
いま小魔王ユヌスが優勢だが、他の小魔王国が一丸となってそれを阻止しようとしている。
小魔王ユヌスは大軍を相手にする前に戦力増強をせねばならず、小魔王ウルワー領に攻め入った。
ユヌスとウルワーの国境には未開地域が横たわっており、本来軍を進めるには難しい場所である。
そこでユヌスの軍はてっとり早く、魔王トラルザード領との国境から進むことにした。
メラルダの軍は国境から離れられず、このままユヌスやウルワー国の軍と戦闘になるかもしれない。
また、旧リストリスや旧チリル国の軍もユヌス軍を追って、国を出たとの情報が入っている。
多くの兵がトラルザード領との国境付近に集合している。
そのため、メラルダ軍の半分は国境から動けず、メラルダ本陣はいまだ痛手から回復していない。
――攻めるには好機である
その判断のもと、メラルダ討伐に魔王ジャニウスが動き出したのである。
もちろんジャニウスの町を訪れて焚きつけたのはネヒョルである。
西の小魔王国を荒らし回ったのも同じ。
ネヒョルの狙いはメラルダが前線に張りつかせた軍をおびき寄せ、壊滅させること。
これでメラルダ軍を弱体化させたいのである。
魔王ジャニウスの放った刺客がメラルダを狙う中、小魔王ユヌスを誘導して、新たに魔王国を立てさせようとしている。
「うん、きっと大丈夫だよね。それまでボクはどこかに隠れればいいか」
ネヒョルは作戦がうまく決まって、笑いが止まらない。
魔王リーガードと魔王トラルザードの戦いが続いている中、魔王ジャニウスがトラルザード領に食指を伸ばした。
こうなれば将軍職のメラルダなど餌でしかない。
魔王トラルザードによる西の脅威がなくなったら、ネヒョルは労せず魔王を狩ることができる。
もちろんそのための策も用意している。
つまり、いまのネヒョルに死角はないのである。
「……だけど、あそこにゴーランがいるなんて……驚きだよ、ほんと」
結界が壊れ、天界の住人たちが撤退する中、なぜかゴーランがあそこで立っていたのである。
「どうしようかなぁ~」
事が終わるまで隠れていようと考えていたネヒョルであるが、ゴーランの姿を見て、好奇心が疼いてしまっている。
「どうしよっかな」
そのつぶやきは、軽い口調とはうらはらに、ひどく不気味に聞こえるのであった。




