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天界からの侵攻についての顛末を魔王トラルザードに報告するらしい。
本来、この軍を任されているのは軍団長のダイルである。
だがダイルはメラルダ将軍のもとに行っていて、この場にはいなかった。
副団長はどうかといえば、天界の住人との戦闘で亡くなっている。
よって、実際に襲撃を体験したハルムが、報告書を書くことになった。
俺はもちろん蚊帳の外だが、完全に部外者の立場でいたら、ハルムに呼ばれてしまった。
記憶を補完する意味でも、俺の意見を聞きたいのだという。
そう言われても俺の場合、話しづらい事も多い。
「あのとき、どうやって天界の住人を斬ったのだ? 我もそうだが、ウォーメルの攻撃も効かず、手傷すら与えられなかったというのに」
ハルムはそこが不思議らしい。
俺としては色々正直に話したいところだが、それには確証がない。
たとえば、あの研究機関エイラが、俺の魂を回収するためにやってきたのかどうなのか。
俺はそう考えているが、本当にそうなのか疑問も残っている。
というのも、ハルム曰く、あれほどの規模の結界を張るのは、並大抵のことではないらしい。
日本の昔話に、お殿様が川に一文銭を落としてしまい、大金を投じて拾う話があった。
一文銭は当時でもはした金で、わざわざ人を雇って探す価値はない。
ではどうしてそんなことをしたのかといえば、殿様は使われない一文銭は死んだお金だが、人足を使うのは生きたお金。
それは巡り巡って民の懐に入る。だから無駄ではないと言ったらしい。
教訓めいた話だが、エイラの連中がやっているのはそれと似ている。
実験で逃げた魂を拾うのに、大量に聖気を費やしてまで追ってくるだろうか。
天界の住人は合理主義という話なので、何か意図があって魔界にやってきたら俺の魂を見つけたというのもありそうな話である。
そもそも彼らの意図は不明なのだ。
ここで予断を与える必要もないと判断し、俺はその辺の事情を話さないことにした。
それはいいとして、俺の太刀がなぜ奴らに通じたのかだ。
「あいつらは、素手で身体の中に手を入れようとしてきましたね」
「そうだな。ウォーメルの死因も、直接支配のオーブが取り出されたからだった」
「俺の場合、そうさせないためにやった感じですかね。身体のどの部分も攻撃が通らなかったので、せめて手を近づけさせないようにしたかったんです」
伸ばした手のひらを攻撃したのだから、その言い分は通ると考えていた。
「ふむ。やはり聖気で攻撃が通らなかったか。だが、手のひらだけは通ったのか?」
「偶然かもしれませんし、支配のオーブを抜き出すときに、聖気が邪魔だったのかもしれません」
「なるほど。ということは、手のひらを狙えばいいことになるな」
「どうでしょう。合理的に考える奴らですから、次はそれを克服してくるんじゃないですか」
「たしかに弱点をそのままにするとは思えない。次に来る時まで、キッチリ弱点を修正している可能性は高い。だとすれば……」
ハルムは考え込んでしまった。
「俺としては、あの攻撃も、たまたまうまくいったという認識です。こんな話でお役に立てるかわかりませんが」
「いや、ありがとう。参考になった。そもそも全身を聖気で覆うなど、聞いたことがなかった。あれはエイラだけの技なのか、最近の天界の住人はみなそうなのか。聖気で身体をガードしていても連中が無敵ではないことが分かった。これは収穫であるし、報告書にも記しておく」
その後も、当時起こったことのすり合わせをした。
無事な者が極端に少なく、そういった者たちはみな、直接天界の住人の姿を見ていない。
奴らの近くにいた者はみな死んでいる。
ハリムは怪我をした者たちへ聞き込みをしたようだが、いまだ話せない者も多く、意識がある者はそれほど有益な情報を持っていなかった。
必然、俺はハリムから何度も同じ質問を受けることになる。
俺が思い出しながら答えているうちに、ようやく報告書が出来上がったようだ。
「よし、これでいい。世話になった」
「そうですか。お役に立ててなによりです。それでこの軍ですが、どうなるんですか?」
気になったのは、ダイル軍団長の軍が壊滅したことだ。
この軍の行く末は、俺たちの去就にも関わってくる。
「ダイルは仲間がほとんどやられてしまって落ち込んでいるようだな。軍団長は解任されるだろう」
「それは軍を壊滅されたからですか? それともあの場にいなかったから?」
「率いる軍がなくなったからだ。岩獅子族とそれに従属していた種族が軒並み死んでしまった。このままダイルが率いるより、最大種族か最強種族を率いる者が軍団長をした方が軍がまとまる」
「なるほど」
岩獅子族はそれほど数が多いわけではない。
おそらく、上位種族だからこそダイルが軍団長になったのだろう。
従属種族もいるようだし、それらを合わせればダイル軍団長が一番適任だったのかもしれない。
ファルネーゼ将軍もそうだが、軍を編成するときはまず新しい軍団長を決めて、その者が中心になって作っていた。
やはりトップを務める者の種族が多数いた方がやりやすいのだろう。
「将軍が今日の夜に到着するそうだ」
「そうですか。思ったより早いですね」
いま西の国境付近に、三つの軍を張りつかせている。
これは魔王トラルザードの要請で、西の安定化を図るためだ。
後詰め部隊のここが壊滅してしまったので、メラルダ将軍は本陣を前に持ってくる必要に迫られた。これで色々計画が狂ったはず。
だがそれを感じさせないほど素早く軍を移動させるあたり、将軍は軍の運用に長けているのだろう。
「そういえば、俺たちは西の戦乱に備えているのですよね」
「そうだ。軍団長のスヴェンとラルフ、それにオーケをわざわざ国境付近に置いたのは、みな西の小魔王国が動くのを警戒してだ」
「東の場合、メラルダ将軍の軍が近づいただけで大人しくなりましたけど、西はどうなんでしょう」
「東と西では前提条件が異なるから、無理だろうな。どこかで大きくぶつかるはずだ」
「以前、メラルダ将軍から聞きましたけど、魔王国の安定には小魔王から魔王に成り上がる者が出ない方がいいんでしたよね」
「そうだな。新たな魔王誕生は、魔界のパワーバランスに大きな影響を及ぼす。成り立ての魔王は小魔王国を飲み込むために派手に動くことになる。周囲に小魔王国がなくなると、遠くの魔王と共謀して、別の魔王国を攻めようと考えるかもしれん。まだ魔王としての自覚がないと、なりふり構わずに上を目指そうとして、地域の安定とはほど遠い状況ができあがる。だから将軍はその前に手を打ちたいと考えておられるのだ」
やはり問題が起きる前に解決したいようだ。
だがネヒョルが関わっているかもしれない現状、最悪の予想をしておいた方がいいかもしれない。
ネヒョルの行動は俺もまったく予想できないのだ。
そんなことを思っていると、外が騒がしくなった。
メラルダ将軍の先触れが到着したらしい。
あと少ししたら将軍の軍がここに到着するという。
「明日からは、新しい陣の構築だ。できたら少しずつ軍を移動させるからな」
「俺の部下はまだサバイバル中なんですけど、いつ頃戻ってくるでしょうか」
「まだ数日は訓練だろう。戻ってくるとしても、四、五日は後になるのではないか」
「了解です。ははは……はぁ」
俺の場合、副官のリグがいないと大変なのだ。
夜になって、メラルダ将軍の軍が無事到着したという知らせが届いた。




