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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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「オレは覚えているぞ、コイツらのこと。コイツらがしでかしたこと!」

 オレを回収だと? ふざけたことを言いやがる。


 なぜコイツらのことを忘れていたのか。

 なぜあの時のことを忘れていたのか。


 寝台に寝かされ、受けた苦痛の数々を。

 どうして、どうして、忘れていたのか。





 それは一秒間に数億回、数十億回も魂を苛む行為。


 実験と称された果てのない苦痛によって、苛まれ続けた魂は、肉体をも破壊する。


 魂は肉体に影響を及ぼす。

 ただその実験の為だけに、何千、何万という魂が苛まれ続けた。


 ある魂は、苛まれ続けた末に肉体を破裂させ、その苦痛から逃れようとした。

 ある魂は、身体を壊死させ、狂気の中で腐っていった。


 数千兆回を越える苦痛の連続に魂は悲鳴を上げ、原形を留めた肉体は皆無だった。

 想像を絶する苦痛を与え続けることによって、魂は肉体に影響を及ぼす。


 ただし、白衣の男たちが求めていたのはその逆。


 どれほど苛んでも、屈しない魂だった。


 だが、数百年に及ぶ実験の結果で分かったのは、単独、単一の魂ではそれは不可能ということ。

 魂がそれに耐えることはなかった。


 そこで考え出されたのが、魂の融合である。

 だがそれも結果は芳しくない。


 同じ考えで、魂の結合を試した。

 そのとき、中途半端にしか結合しなかった魂のみが、どれだけ苦痛を与えても肉体が崩壊しなかった。


 データは取れた。

 だが再現はできなかった。


 唯一の成功例は、そのとき逃げた魂だけ。






「魂を回収する」


 そうやって伸ばした手をオレは払ったが、男の表層を覆う膜によって弾かれた。


 あれは前と同じだ。触ることすらできない。

 そして次には、オレの中に、支配のオーブを取りにくる。


 目の前の男は戦闘経験すらないだろう。

 研究と実験の毎日だったはずだ。


 だがそれを補ってもあまりあるほど、聖気によって身体が守られている。

 オレは一歩下がり、男が伸ばした手のひら(・・・・)を深海竜の太刀で突き刺した。


 だれもそんなところを攻撃するとは思わなかっただろう。

 だがオレには確信があった。


 事実、太刀は男の腕にめり込み、肘の中を通過し、肩口にまで達した。

 オレが太刀を払うと、あっけなく男の腕がふたつに裂けた。


「やっぱり思った通りだぜ。支配のオーブを掴むとき手を聖気で守ってたんじゃ、壊してしまうと思ったか」



 あの時の失敗。それは、聖気の籠もった手で魔石を掴んだことによってヒビを誘発させたのだ。

 一度それで逃がしてしまったのならば、二度目は慎重になる。


 ゆえに手のひらだけは、聖気で保護するわけにはいかないとオレは睨んだ。

 オレの読みは当たり、手のひらに深海竜の太刀が易々と通った。


「…………」

 白衣の男は流れ出る血を不思議そうに眺める。

 実験体に斬られるとは思わなかったのだろう。


 いまのオレは、かりそめの肉体ではないし、魂を入れた不完全な器でもない。

 魔界に生まれ、ゴーランとしての生がある。


「それにな、見ているだけでも強くなれるんだぜ」


 わざみちを極めようと、毎日修業する俺を見ていれば、使い方くらい分かってくる。

 何しろ、同じ肉体なのだ。出来ない方がおかしい。


「そういうわけで、あのときの借りを返させてもらうぜ」


 男は肩の根元を押さえている。止血しているようだ。

 痛みはないのか、表情は変わらない。


 俺はたたみかけるために、剣を構えて近づいた。

 狙いは奴の傷口。聖気で覆っていない場所ならば、オレの太刀が通る。


 だが不意に隣から現れた影に、オレは大きく飛び退いた。

 別の男がオレに向かって手を伸ばしたのだ。


 みれば、向こうで巨人が倒れている。

 グレンデル族のウォーメルだ。


「チィ!」


 オレは新しく来た男から距離を取った。

 聖気をまとっていては、オレの攻撃も通用しねえ。


 晶竜族のハルムはまだ戦っているが、明らかにやりにくそうだ。

 オレだってそうだ。


 聖気を纏われちゃ、どんな攻撃も届かねえ。


 だがコイツらがしでかしたことは、万死に値する。

 決して許しはしねえ。


 二体に増えた白衣の男を見据えて、オレが思案していると、世界が揺れた。


「また新手か?」


 天界の増援がきたのか? だとしたらタイミングが悪すぎる。




「待たせたの! みんな無事か?」

「誰だよ!」


「ひどいの、ゴーラン。我はメラルダじゃぞ」


 もう一度大きな揺れのあと、やってきたのは援軍だった。


 見た目は違うが、翔竜しょうりゅう族のメラルダと名乗った。

 メラルダは魔王トラルザード麾下の将軍にして、この軍の総責任者。


 だが空から降りてきたのは、巨大な、とてつもなく巨大な竜だった。


「見たことねえぞ、そんなデカい竜!」

「失礼な。我はこれでも小柄で小粋と評判なんだぞ」


「どこでだよ」

「もちろん翔竜族界隈でじゃ」


「知らねえよ!」


 さっきのは結界が揺れたのだろう。そして壊れた。

 ということは、天槍てんそうが破壊されたか、物理的に破られたのか。


 メラルダの格好をみれば、外から強引にやってきたようにも見える。


 目の前の男たちはすでに撤退の準備に入っていた。


 白衣の男たちが空中に集まりはじめた。決断が早い。

 おもむろに光の柱を出したかと思うと、そのまま上昇して空の彼方に消えていった。


 一瞬の早業だ。


「やはり戻る準備はしていたようじゃな」

「戻る? ……空に消えたように見えたけど」


「上の方で気づかれない穴を用意していたのじゃろ。針の先くらいでも、穴さえ開けてあれば、広げるのはできるからの」


 穴の維持には聖気を遣うが、新規に開けるより、時間も聖気も節約できるらしい。


「それよりもひどい惨状じゃな」


 ウォーメルは倒れ、他にも多数の死体が転がっている。

 見える範囲の死体はみな魔界の住人たちだ。


 奇襲とはいえ、ここにいたのはみな兵士である。

 だがそれをこうも簡単に排除できるとは。


「我も空から見たが、ひどい有様じゃった」

 そうつぶやくと、メラルダは竜の姿から人の姿へと戻っていった。


 その隙に、オレも戻ることにした。



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