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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第1章 見晴らしの丘攻防戦編
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016

 町に残ったのはエルヴァン以下、五体のチェリーエント族だけらしい。


「この町は危険だ。できれば避難してほしいが、それが難しいのならば、目立たないようにしてくれ。空から斥候する奴もいるからな。見つかって攻撃されることもある」


「わしらは勝手に残っているだけじゃ。気にせんでいいわい」


「オレが気にするんだよ。敵がよほどの馬鹿じゃないかぎり、近くに町があれば調査しに来る。かといって陣をここに移すわけにもいかないからな」


「部隊長が戦場から離れたこんなところをうろついているくらいじゃ。戦況は有利に進んでいるのじゃろ? 何をそんなに恐れているのじゃ」


「恐れているわけじゃねえ。守れないことが嫌なんだ。とにかく何かあれば駆けつけるが、それまではじっとしててくれよな」


「本当に変わっているの、お主。軍属を辞めた方がええんじゃないか?」

「ほっとけ。つか、辞められるなら、辞めたいわ!」


 念のため町を一通り歩いたが、逃げ遅れた者は他にいない。


 魔界の住人たちは普段好き勝手生きているくせに、上の立場の命令はちゃんと聞く。

 逃げろと言われれば素直に逃げるのだ。


(その辺は直接的な力関係がものをいうからかね。日本だと立場が上だからって偉ぶれるわけでもなかったし)


 これまでも、あからさまな面従腹背めんじゅうふくはいは見たことがなかった。

 上官に逆らう部下は存在するが、それは下克上と同義であり、ほとんどの場合、腕力で決着がつく。


 日本のように社会的立場と、本人たちの力関係が複雑に影響し合っていない。

 魔界はシンプルだ。


「さて、見回りも済んだし、部隊に戻るか。町を占領されてここを拠点として使われるのは嫌だし、少し部下を配置しておくか……いやこの場合、少数を置いても意味はないな」


 結局、人がいる方がよけい危険だと判断して、この問題は一時忘れることにした。


 帰りの道すがら、耳をすませてみたが、人の声や戦闘の音は聞こえない。静かなものである。

 案の定、帰り着いたら部隊はヒマをもてあましていた。


「なにか変わったことはあったか?」

 副官のリグを見つけて尋ねてみた。


「昨日破壊した敵陣はそのままです。人を配置しましたが変わりないと報告が来ています」

「奪回に動いてないということか」


「はい。昨日斃した大牙族を上回る存在がいないのかもしれません」

 同程度の奴を連れてきても、また倒されるかもしれないと分かれば二の足を踏むか。

「分かった。監視だけは続けてくれ。頼むぜ」


「はい、喜んで!」

 居酒屋か!


 昨日の陣地は徹底的に破壊しておいた。

 敵が再びやってきても、片付けをしない限り、陣の補修すらできないはずだ。


 敵も陣のぶっ壊れ具合を見たんだろうな。それで奪回しても労力だけ無駄にかかると判断したのかもしれない。


(計算高い敵なら、あの陣を放棄するだろうな)


 ここに敵影が完全になくなれば、中央で戦っているロボスの部隊を援護しに行ってもいい。


 敵軍が近くにいれば移動中に発見され、背後から襲われる可能性があるが、この様子だと本陣まで引っ込んでしまったように思える。


(まあ、その辺の判断は一日じゃ無理だろう。ゆっくりやるか)

 結局、そのまま敵の姿を見ることなく日没を迎えた。




 俺には日本人だった頃の記憶があり、そのおかげで助けられたことは多い。

 反対にこの記憶が俺を苦しめる場合もある。


「……はぁ。家訓は守らねえとな」


 俺の母は優しくもあり、厳しくもあった。

 思い出は美化されるものだが、母はめったなことでは怒らない優しい女性ひとだったと思う。


 日中は仕事があったため、母から放っておかれたが、それは決して放任されていたわけではない。

 俺がクラスのひとりをいじめたときなどは、母は烈火のごとく怒った。


「おまえの力は守るためにあるのか、壊すためにあるのか言ってみなさい!」


 それはもう鬼の形相でだ。

 いまの俺のような顔だろうか。それはいい。


 そのとき俺は小学生だった。低学年だったと思う。

 母の言葉に思わず「守るためにある」と答えた。ほぼ反射的にだ。


「だったら、その通りにしなさい!」


 相手を「いじめるな」ではない。「守れ」と言うのだ。

 内にいる者を守るためなら、死すらも恐れるな。そのように考えて生きろ。


 小さかった俺に、母はそう諭した。


「いいかい、これが我が家の家訓だからね。決してたがえるんじゃないよ」

「はい」


 ただ守れではない。守るために死すらも恐れるなだ。

 小学生に言うには、ずいぶんと重い言葉ではなかろうか。


 本気で怒った母を目の当たりにして、俺はそれを守ろうと心底誓った。

 翌日からいじめる側ではなく、守る側に回った。


 幸い俺は身体が大きく、武道も一通り学んでいる。

 力も強かったため、母の言いつけをずっと守り通すことができた。


 ある日、母はこんなことを言った。

「あなたのお父さんは強くて強くて、それはもう強い人だったのよ」と。


 物心ついた頃から、家に父の姿は無かった。

 別段、悲しいとは思わなかった。


 他の家と比べて、「ああ、俺の家はいないんだな」と思っただけだ。

 母は言いにくそうにしていたので、敢えて父のことは聞かなかった。


 だから、父の話を母がしたのには驚いた。

「強くて強くて、強すぎたけど、それ以上に優しい人だったのよ」


 それは遠い過去を懐かしむような声だった。

 結局、母が父の話をしたのはそれが最後だった。


 だから俺が知っている父の話は少ない。

 生きているのか、死んでいるのかすら分からない。


 写真が一枚も無かったし、俺はそれを知る術はなかった。

 ただ、とても強くてとても優しい人だということは知っている。


 そして、多くの人を守ったということも。




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