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○天界 エイラ研究施設内 混沌ドーム
巨大なドーム型の建物の内部。
中央には、円形の蓋が床に接するように置かれている。
「被検体の確保に入ります。混沌領域の開放を願います」
外からやってきた白衣の者の言葉に、研究員が頷き、働いている者に指示を出す。
「混沌領域を解放せよ」
その言葉を受けて、やや矮小な姿をした者たちが忙しなく動く。
しばらくして中央の円盤が二つに割れた。
そこから白や青といったもやが僅かながらたち登った。
蓋があった場所には、巨大な円形の穴が姿が出現していた。
「混沌領域の解放を確認。これより四十秒間の維持に入る」
外から来た男は、投網のようなものを持ち出して構えた。
「混沌の海へお願いします」
「サークルを混沌の海へ移動」
白衣の男は投網を穴の中に投げ入れる。
少ししてから手元の基盤を操作する。すると投網は自動で回収された。
「混沌の渦へお願いします」
「サークルを混沌の渦へ移動」
ここでも同じ動作をする。
「混沌の雲へお願いします」
「サークルを混沌の雲へ移動」
三度目も成功した。
「四十秒経過。混沌領域の閉鎖を開始」
その言葉に従って、誰もが穴から遠のく。
蓋がせり出してきて、ぴったりと合わさった。
「混沌領域の閉鎖を確認」
研究員の言葉がドーム内に響き渡った。
○天界 エイラ研究施設内 容骸研究施設
「混沌の海から掬い上げた魂に、第14750001号から14751000号番までの番号を付与」
「第14750001号から14751000号番までを付与完了しました」
「混沌の渦から掬い上げた魂に、第14751001号から14752000号番までの番号を付与」
「第14751001号から14752000号番までを付与完了しました」
「混沌の雲から掬い上げた魂に、第14752001号から14753000号番までの番号を付与」
「第14752001号から14753000号番までを付与完了しました」
「残った魂は破棄」
「残った魂の破棄、完了しました」
白衣の男は、手元の操作盤から情報を映し出し、完了のチェックを入れた。
「魂を魔石に込めよ。しかるのち、容骸に埋め込み作業開始。出来上がったものから、各250体ずつ被験体室へ移動。保管せよ」
「魂を魔石に定着させたのち、容骸に埋め込み作業開始します」
しばらくは、大勢の矮小な者たちが作業に没頭する。
○天界 エイラ研究施設内 容体研究施設 被験体室
「各種被験体を100体ずつ使用する。使用準備開始」
「被験体の準備、開始します」
「順次、容骸の蘇生措置開始。容体になったものから実験を開始する」
「蘇生措置開始します。レベルのチェックお願いします」
「意識レベルチェック体制完了」
「呼吸レベルチェック体制完了」
「神経伝達レベルチェック体制完了」
「オールチェック体制完了」
次々と容骸が意識を覚醒させ、容体となった時点で奥に運び込まれていく。
「被験体第14752801号から第14752850号までは魂の融合開始。第14752851号から第14752900号までは魂の結合を開始せよ」
「魂の融合を開始します」
「魂の結合を開始します」
研究施設内から、くぐもった声や悲鳴、絶叫が響き渡りはじめた。
それらはみな、魂を無理矢理別のものに変質させる痛みであった。
「被験体第14752813号、意識レベル混濁」
「破棄せよ」
「破棄完了しました」
「被験体第14752822号、肉体損傷」
「破棄せよ」
「破棄完了しました」
「被験体第14752836号、魂の共鳴なし。融合せずに飛散しました」
「破棄せよ」
「破棄完了しました」
「被験体第14752849号、魂の融合に成功」
「意識レベルを閉ざし、第46実験場へ入れていけ」
「第46実験場へ移動を開始します」
「被験体第14752852号、発狂しました」
「破棄せよ」
「破棄完了しました」
「被験体第14752864号、魂が結合せず、ともに損傷しました」
「破棄せよ」
「破棄完了しました」
「被験体第14752884号、魂の一部融合に成功しました」
「保管せよ」
「保管完了しました」
「被験体第14752896号、神経の断絶が確認されました」
「破棄せよ」
「破棄完了しました」
こうして被験体を使った実験は続いていく。
○天界 エイラ研究施設内 ??????
キャスターに乗せられて運ばれてきた容体には、まだ意識があった。
実験に使用するにはB品であり、すぐに実験に回されることはなかった。
キャスターに乗っているのは、被験体第14752884号である。
魂の一部融合に成功したものの、中途半端に成功していることから、被験体が足りなくなったときの予備として脇に置かれたのである。
実験は続けられる。
ほとんどの場合、肉体が崩壊もしくは溶解し、原形を留めない状態になって運び出され、破棄される。
すべての被験体実験が終了したとき、隅に置かれた容体に注目が集まった。
「それは?」
「被験体第14752884号であります」
「状態は?」
「魂の一部のみ結合に成功しています」
「よし、追加実験を開始する。被験体第14752884号を使用の準備」
「準備します」
キャスターが移動され、実験台に被験体第14752884号は乗せられた。
「うう……があ……ががが……あばばばば……」
被験体第14752884号の絶叫が実験室内に響く。
「……肉体は残ったか。実験のデータを確認」
「実験データ確認しました。この波形は結合実験の結果のものとも、融合時に見られるものとも違います」
「この魂を使い、容体を変えて実験を継続する。容体から魔石を取り出せ」
「魔石を取り出します」
「……ううう」
データを参照していた男たちは、そのとき被験体から目を離していた。
第14752884号はゆっくりと上半身を起こした。
被験体はかりそめの肉体、かりそめの生の状態である。
身体はただ魔石の力で動いているに過ぎない。
被験体第14752884号は自力でキャスターから下り、ヨロヨロとした足取りでどこかへ歩いて行く。
「被験体の移動を確認」
「捕獲……いや、速やかに魔石を取り出せ」
「魔石の取り出しをします」
矮小な者たちが行く手を塞く。
被験体の後ろから白衣を着た者たちが追いついた。
「……ううっ……キ、キサマ……ら……ハ」
「被験体の言語機能確認」
「命令は変わらない」
「了解。魔石を取り出します」
白衣の男が被験体に手を伸ばした。
被験体の胸に手が伸び、その身体の中に手がめり込む……直前、被験体が振りはなった手が白衣の男に当たった。
だが、その手は見えない何かによって弾かれた。
白衣の男は動じず、そのまま手を被験体の身体に手を入れ、埋め込まれた魔石に触れる。
――ピシリ
魔石にヒビが入り、魔石を体外に取り出したときには、そこから黒いもやがしみ出すように立ち上っていた。
「魔石の崩壊を確認」
「魂の回収を優先しろ」
「回収を優先します」
だがもやはそのまま周囲に広がり、やがて消え去った。
白衣の男が握った手の中に残ったのはただの魔石。
「被験体の魂をロストしました」
「魂を追跡せよ」
「追跡します」
こうしてとある場所で行われた実験は、唯一の成功例を見失う。
これ以降、同じ条件下で行われた実験でも、二度と成功例は確認されなかった。
そして魔石にヒビが入り、そこから漏れ出た魂の捜索は、引き続けられることとなった。




