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オレの意識が浮上した。
俺を差し置いて、オレが出てくるなんて、こんなことは今まで一度もなかった。
なぜなのか、よく分からない。ただ、これだけはいえる。
――出ろ! 出ろ!
そう、オレの内なる魂が叫んでいた。
「……と言っても、時間制限はあるんだけどな」
俺の奴が毎日少しずつ魂の器を増やしやがったから、相変わらずオレの魂じゃ、短時間しか出ていられねえ。
「お前、それ……魔素量が」
ハルムが驚いてこっちを見ている。
前回のタイマンで見ていたと思ったが、近くで感じるとまた違うのだろうか。
「俺の数倍に跳ね上がったってか? それより、来るぞ」
天界の住人って奴はみな、なんて面白みのねえ顔をしているんだ。
そして、あり得ねえほどぶっ飛んだ威圧感をまき散らしていやがる。
だが魔界の住人と違って、これは魔素による威圧じゃねえ。異質なものだ。
これが「聖気」ってんなら、魔界と天界ってのは、永遠に相容れねえ存在なんだって分かる。
オレもご多分に漏れず、この聖気ってやつをぶち壊したくなってきた。
オレが太刀を抜いて構えて待っていると、天界の住人はすぐ近くに下りてきた。
「ようやく欠片が見つかった」
「はぁ!?」
目の前のコイツは、そんなことを言いやがった。
こっちはぶっ飛ばしたくてしょうがないってのに、何を呑気に喋ってやがる。
余裕こいていられるのも今のうちだ。すぐその首を刎ねてやる。
オレが歯をむき出しても、コイツの能面のような顔に、変化はない。
「これより実験品を回収する」
無防備に腕を伸ばしてきたので、太刀で払う。
腕を斬ったと思ったが、硬い膜のようなものに弾かれた。
「んだと!?」
太刀の攻撃は天界の住人の身体に届かなかった。
触れてすらいない。
まるで見えない鎧をまとっているよう……と、そのとき、オレは自分でも訳が分からないまま、叫びをあげた。
「ううぅ……ぅぁあああああああ……」
ハルムたちが視界の隅に入った。
驚いた顔をしているが、もはやどうでもよかった。
「知ってる……知ってるぞ!」
オレが出てきた訳が分かった。
『俺』に任せればいいものを、なぜ『オレ』が出てきたのか。
「知っている!」
オレはコイツらを知っている。
この気配は覚えがある。なぜ忘れていたのか。
なぜ気づかなかったのか。
コイツらのことは、オレはようく知っている。
「死ねぇえええええ!」
オレは渾身の力でもって、天界の住人に斬りかかった。
○晶竜族 ハルム
我が生きてきたこの五百年の間でも、天界からそれなりの数の者が堕天してきている。
魔界へ穴を開けるのは大変だが、聖気を失った者が魔界に落ちるのは比較的簡単らしい。
それは魔素と聖気が反発しているからではなかろうか。
堕天した者と一括りに言っても、魔素にうまく適合した者から、そうでない者まで多種多様だ。
比較的早く適合した者は、天界にいた頃よりも強力な存在になれたという。
我もそんな堕天した者から、色々と話を聞いたことがある。
天界はいくつもの研究機関によって分けられ、単独で研究している者はいるものの、ほとんどの場合は集団で暮らし、年柄年中研究ばかりしているという。
魔界や天界、それに人間界以外の世界を研究している機関。
時間について研究している機関。
不老を研究している機関といった風に、その機関ごとに研究内容が違っているのだという。
その話を聞いてすぐに思ったのは、小覇王ヤマトのことだった。
魔界の間ではいまだ小覇王ヤマトは、天界の住人と相打ちになり、時空の狭間を漂っていることになっている。
実際、小覇王ヤマトはどこへ行ったのか。そして彼と戦ったのはどこの誰だったのかと。
「それは非常に難しい質問だな。何故ならば、他の研究機関のことは誰にも分からないからだ」
「なぜだ? 研究しているのだろう? その結果は発表しないのか?」
「発表? 結果が出ても発表することはない。次の研究に移るだけさ」
「では、何の為に研究しているのだ?」
先日、レプラコーン族が新しい繊維鎧を開発した。
防御力は多少劣るが、動きを阻害しないため、筋力の弱い者にも装備させられそうだ。
そういった感じで、新しいものを見つけたならば、発表し、見せびらかしたくなるものだろう。
「研究した。結果が出た。それでいいじゃないか。他者に教える必要があるかな」
結局、天界の住人たちは、ただ研究がしたいだけらしい。
「では小覇王ヤマトと戦った機関は分からないのか」
「いや、それは分かっている。当時最大規模の機関だったしな。あれの崩壊は、他に関心がない天界の住人たちにとっても衝撃が走ったほどだよ」
「ではどこの機関だったのだ?」
「名をエイラという。研究機関エイラ……今はもうない、過去の話だ」
「エイラ……それが小覇王ヤマトの敵の名前なのか」
「何の目的で魔界に向かったのか分からないが、エイラは魔界で戦い、壊滅した。天界に残された研究所は、当時の者たちが回収に向かったが、すべて暗号で書かれていたために解読を断念。唯一、実験器具から判断できたのは、『魂』の研究をしていたことくらいだ」
「魂か。支配のオーブのような?」
「そうだな。支配のオーブは魂であり、その器でもある。そして純な魂は重さがない。重さがないということは、時間も空間も超越する」
「……言っている意味が分からない」
「まあいいさ。エイラは壊滅し、魂の研究は頓挫した。それが結果だ」
「では小覇王ヤマトはどこへ飛ばされたのだ?」
支配の石版にはいまだ小覇王の項目に、ヤマトの名が記されている。
死んでいない証拠だ。
「さて。魔界でどのような戦いが行われたのか知るよしもないのでね。ただ、小覇王ヤマトが魂の状態ならば、時間も空間も超越した場所に行っているのかもしれない。魂のままではいずれ風化してしまう。だから器に入るかそれとも」
「それとも……」
「生まれ変わるか……かな? 生まれ変わりは、魂の洗浄を意味するが、そうでないという研究もある。どちらにしろ、真実を知っている者はいないんじゃないか」
そんなことを言っていた。
そのとき我は、その者に研究機関エイラについて多くのことを聞いた。
白地に赤色の折れ曲がった三本線。それがエイラの紋章。
その堕天の者が言った言葉はいつまでも我の耳に残っている。
――最大機関であったエイラが消えて、天界も混沌としたんだ。もしエイラの残党が復権を望むならば、天界はさらに混乱するだろう
研究機関は多様な実験を行うため、有利な立地、すなわち天界の住人の視点で見た一等地を奪い合うものらしい。
過去のエイラ研究所の跡地はすでに他の研究機関が使用している。
返却を望めば争いとなるだろうと。
あれ以来我は、他の堕天の者と親しく話したことはない。
もし目の前の者がそのエイラならば、天界で派閥抗争をし、勝ち残ったのだろうか。
そんなことを考えていたら、ゴーランが苦しげな声を上げはじめた。




