156
夜になった。
天界からの侵攻があるかもしれないということで、多くのかがり火を灯し、多くの兵を警戒に当たらせている。
俺は自分の天幕に戻って、気休め程度の革鎧を着る。
「リグがいればなぁ……」
なるほど、副官というのは重要な存在だとよくわかる。
リグがいないため、すべて俺がしなければならない。
武器は深海竜の太刀の方を選んだ。
強敵相手の場合、殴ったところで効かない可能性がある。
「全員を集めるか」
リグがいれば走り回ってくれるのだが、いないのだから俺が回るしかない。
すべての天幕に声をかけてまわった。
「……ここにいないのは、どこかへ行っているわけか」
その辺をうろついているのだろう。集まったのは十四名。
「いいか、よく聞け。天界から侵攻があるかもしれない。確定したわけではないが、その準備をしておく。全員いまから鎧を着て武器を手放すな。それと単独行動をするな」
「なんだよ、みんなで一緒にいろってか?」
「五人くらいで動くのはいい。ただし、それ以下になるな。今まさにやってくるってことも考えられる。気を抜くなよ」
ここにいない六人にも同じことを伝えたいが、朝まで戻ってこないことも考えられる。
そして脳筋のこいつらに任せると「伝え忘れてた」となったりする。
「念のため、ダイル軍団長の軍と合流するぞ」
互いの接触が悪い方に働く可能性を考えて、離れたところに天幕を張っていた。
このような事態になった以上、一緒にいた方がいい。
武装した上で再度集合させ、俺たちはまとまって行動した。
厳重な警備を敷いている軍の中に入る。
ここからは、長い待ち時間だ。
しばらくして、聖気の杭が塩の柱に変わったと報告が入った。
杭が魔素の影響を受けて変質したのだ。
これで天界に送る情報がなくなったわけだが、実は聖気の杭はもう一本見つかっている。
同時期に塩の柱に変わったものの、ある程度本気で侵攻を考えているのではと、ハルムは言っていた。
合理性を重んじる天界の住人は、何の意味も無く杭を打って、聖気を無駄遣いしないだろうと。
まんじりとしないまま時が過ぎ、朝が来た。
俺はハルムと一緒に警戒に当たっていた。
「侵攻はなかったですね」
杭が塩の柱に変わってから、数時間が経っている。
もう今日の襲撃はないのかもしれない。
俺は帰って寝るかなと思い始めたそのとき、天が震えた。
――ビィーン
弦が共鳴したような音。それは天が裂ける音だった。
「……来やがったか」
覚悟していたが、恐れていたことが現実となってしまった。
天が裂け、そこから光り輝く槍が幾本も魔界の大地に降り注いだ。
「天槍だと!? 奴らは何を考えているんだ」
ハルムが呻く。
「なんですか、それは」
「天界の結界術だ。時間制限があるし、威力もそれほどではない。そのかわり、聖気を馬鹿みたいに使う」
エネルギー効率の悪い結界らしい。
「目的はなんでしょうか」
「この地の支配だ。……張られるぞ!」
ハルムの言葉が言い終わるよりも早く、空間が音を立てて閉じた。
――ピキーン
甲高い、硬質な音だった。はじめて聞いたのに、この結界の堅さが理解できた。
これは破れないだろう。
「なんか、身体がダルくなったんですけど」
「本来、結界は擬似的な天界を作るものだが、天槍程度ではそれは叶わない。こっちが多少動きづらくなり、相手の息苦しさが多少改善された程度だ。ただし、これを張るのに、何体使い潰したんだか」
聖気が無くなったり、極端に減った天界の住人は、回復の見込みがないため、処分されるという。
空から振ってきた天槍は八本。
天界の住人数人分の聖気が使われているだろうとハルムは言った。
「……来るぞ」
空間が裂け、そこから天界の住人が姿を現した。
「白衣を着ていますが」
「あいつらはだいたい白いのを着ている。汚れたら捨てるんだと。それと、汚れが目立つから着るとか言っていたな。訳が分からん」
「なるほど、研究者と言うわけですね」
天界の住人たちは、年がら年中研究ばかりしているという。
そんな実験ばかりしていて何が楽しいのか分からないが、その動力に魔石を使用するらしい。
魔石――俺たちの世界でいう、支配のオーブだ。
魔素を溜め込む性質があるため、支配のオーブは俺たちに力をくれる。
これは魔界の住人ならだれでも持っている。
天界の住人たちは、それを欲しがる。
研究に使うエネルギーがなくなると、俺たちを殺して支配のオーブを抜き去りにやってくるのだ。
「……あれが天界の住人?」
天界の住人たちは、能面のような顔をしていた。
もしくは彫り物の仏像のような。
みな、研究者が好んで着るような丈の長い白衣を着ている。
最初にやってきたのは十体ほど。
全員がなにやら装置のようなものを持っている。
「あれは何を持っているんですか?」
「知らん。この結界を維持するのに必要なのだろう」
「なるほど」
小箱かと思ったが、形がすこし違う。
ゲームのコントローラーみたいにも見える。
全員同じ物をもっているが、もうひとつ特徴があった。
左腕に腕章をつけている。
目を凝らすと、腕章は白地に三本線が入っていた。
線は斜めに稲妻のように折れている。色は赤だ。
「あの腕章――白地に赤ですけど、あれは?」
「天界の住人は全員、どこかの研究機関に属している。そのマークだ」
「全員が研究者なんですか?」
「我らでいう国と同じだ。そこで育った者は親の研究を引き継ぐ。そして何百年、何千とかかる実験を何世代にも亘って研究していたりする。研究機関を移ることはまずないという話だから、あのマークだと……えっ!?」
そこまで言って、ハルムは絶句した。
俺はその理由が分からない。
「まさか……いや、間違いない」
「どうしたんです?」
「あれ……は……全滅した……はず」
「なんです? あのマークが何なんです?」
「エイラだ……研究機関エイラ……まさか……あれは、小覇王ヤマトと戦って、消滅したはず。どうしてエイラがっ!?」
ハルムが絶句している間に、空間はさらなる音を立てて裂け始めた。
今回の音は、前より数倍耳障りだった。




