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○軍団長ダイル
魔王トラルザード麾下の将軍メラルダは、他の将軍と比べて温和で、よく部下の話を聞く。
決して無理を言わず、部下たちに分け隔てなく接する、まことに得がたい将軍である。
軍団長のダイルはそう思っている。
ダイルはメラルダに忠誠を誓い、自分が理想とする上司であると公言している。
ダイルはメラルダの下でその意を汲み、命令を忠実に実行することで信頼を得てきた。
ダイルが今の地位にあるのも、その揺るぎない忠誠の証といえる。
もちろんダイルが軍団長の地位にまで上り詰めたのは、命令を実行する力量と、数多の戦場で生き残ってきた実力があったからである。
そんなダイルがいま、盛大に頭を抱えていた。
もしゴーランがその姿をみたら、「リアルorzか。初めて見た」と言うかもしれない。
ダイルはそれほど自失していたといえる。
何しろ、魔王軍の秘密兵器。
秘匿され、一般的な知名度はないものの、知る人ぞ知ると言われた、集団戦の勇。
戦局を一気に覆す種族とまで言われた存在。
メラルダが大事に育ててきた磨羯族が……
「……全滅って」
ダイルが借り受けてきた二十名の磨羯族。
訓練開始直後に打ち込まれた巨木の一撃で、六名が死亡していた。即死である。
特殊技能〈相乗効果〉で防御力は恐ろしいほど跳ね上がっていたにもかかわらずである。
そして、まことに運の悪いことに、集団のリーダーがその中にいた。
中央の前衛下という位置にいたことで、左右どちらにも逃げられなかったのだ。
通常、下位種族の上もしくは中位種族の下と位置づけられるオーガ族だが、膂力だけならば中位種族の上である。
それが〈腕力強化〉したのである。
六名を使って引きずってきて、十二名でようやく持ち上げられる巨木の重さがいかほどか。
訓練後、晶竜族のハルムですら「あれは無い」と言わしめた攻撃である。
そのときハルムとダイルの間で、オーガ族が用意した巨木の是非が話し合われたが、磨羯族の大盾や太槍が有効で、オーガ族の丸太が使用不可というのはいかにも公平性を欠くという結論になった。
かたや専門の職人が昼夜を問わず作成した武器防具を使用し、かたや本人たちが伐り出しただけの丸太がNGとなれば、各方面から文句が出る。
だからといって、あれはないだろうとダイルも思うのだが。
巨木によって中央部分が潰され、部隊は左右に分断された。
あれがいけなかった。
リーダー不在の段階といえども、何重にも不慮の事態に陥ったときの策を用意していたはず。
だが分断された双方で連絡を取れなければ意味は無い。
あの時点で、右側の部隊は防御、左側の部隊は攻撃の槍を握っていた。
怪我をして立てない者もおり、〈相乗効果〉は半減どころか、四分の一にまで縮小していた。
圧死した六名を除いた十四名のうち、怪我で動けないのが四名。
左右に五名ずつ強制的に分けさせられて、攻撃と防御を選択した。
あれでは、〈相乗効果〉の意味はとことんまで薄れてしまっている。
観客席から見ていたダイルは思わず絶叫したほどだ。
結果、丸太でタコ殴りされた。
部隊の壊滅か、リーダーの敗北宣言で終わる集団戦だったが、見た目がコミカルだったこともあって、審判の判断が遅れた。
審判は、丸太でぽこぽこ殴ったところで、磨羯族に効くはずがないと思ったのであろう。
情報統制したことが徒となった。
たかが四、五名程度では、それほど強力な〈相乗効果〉は期待できない。
そして中位種族の上と同等と言われるオーガ族が〈腕力強化〉した状態で丸太を使えば、結果は明白である。
あれで残りの磨羯族も、完治できない怪我を負ってしまった。
もはや戦場に立つことは叶わない。
途中で審判も終了の声を上げたが、打ち下ろす打撃音にかき消されて、ダイルの耳にも届かなかった。
貴重な戦力を失う恐怖に、ダイルは飛び出し、ゴーランにしがみついてようやく訓練が終わったのであった。
あとに残ったのは、丸太で殴られ続けられ、かなり酷い状態の磨羯族だった。
そしていま、ダイルを悩ませているもの。
「……どうやって将軍に報告しろと?」
これはダイルにしかできないことだが、どう報告すればいいのか、本気で悩んでいる。
磨羯族は魔王軍の秘密兵器である。
オーガ族が予想以上だったので、次の訓練は不安が残る。だからぜひにと、借り受けてきた。
ダイルもメラルダも二十名程度ならば、〈相乗効果〉の秘密もそうそうバレないだろうとの考えもあった。
だからこそ、貴重な戦力を貸し出してくれたといえる。
そして事が終わったらただちに戻しますと、ダイル自身がメラルダに言ってある。
「全滅したので、ひとりも戻せませんでした」
そう告げなければならない。
いや、告げられるのか? これまでダイルが築いてきた信用がすべて吹っ飛ぶのではなかろうか。
木製武器だけを使った一戦で全員が使いものにならなくなったと説明したとしよう。
周囲の者たちはどんな反応を見せるだろうか。
正気を疑われる。
冗談と受け止められるか、怒り出すか。
「だが、行かねばならない」
すでに磨羯族壊滅の噂は轟き、軍内で知らぬ者はいない。
あれだけの観客がいたのだから、当たり前である。
自分が将軍のところへ報告に行く前に噂が届くのはまずい。
ダイルは唇を強く噛みしめながら立ち上がった。
知らないうちに、地面に両膝をついてうなだれていたのだ。
そんな状態であることすら気付かずに、考え込んでいたらしいと、ダイルは愕然とする。
天幕を出て、部下にオーガ族の訓練は当面なし。
大人しく休憩しているようにと伝えて、陣を出て行った。
目指すは将軍のいる本陣。歩いて半日の距離である。
だが、その踏み出す足は、あまりに重かった。




