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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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「……ヒマだ」


 ダイル軍団長と話をした次の日から二日間、俺はずっと寝台に横になっていた。

 ゴロ寝して、天幕の天井だけを見ている。


 一度だけ散歩に出かけたら、周囲がざわついたので戻ってきた。


 リグに聞いたところ、俺が全方位に喧嘩を売る存在だから注意するよう、通達が回っているらしい。


「そんな全方位になんか喧嘩を売るか!」

 そう言ったら、リグが「そうですね、半分くらいですよね」と言い返しやがった。

 納得いかん。


 それでも前世から我慢強い俺はぐっと堪えて、ここで無為な時間を過ごしているのである。


「……ヒマだよ、ちくしょう」


 その辺を歩いている奴に喧嘩でも売ってやろうかと考えていたら、軍団長の使者がやってきた。


「報告があります、よろしいでしょうか」

 天幕の外で声がしたので、待ってましたとばかり飛び出したら、相手はかなり驚いていた。


 中にいるのは分かっているだろうにと思ったら、俺の格好がいけなかった。

 俺はいま普段着だ。というより「腰みの」だけの姿だ。


 ほとんど素っ裸。

 申し訳程度隠してあるので、いちおうセーフ……のはず。


「ああ……ごほん。それでは報告をどうぞ」


 使者はそれと分かる軍服を着ている。

 一方俺は、腰みの一丁。


 かなりシュールな光景ではないだろうか。


「本日夕刻、本隊より訓練相手の種族が到着するため、明後日の朝より訓練を再開するとのことです。詳細はこれをご覧くださいとのことです」

 やはり訓練再開の知らせだった。


 時間と場所が書いてある。

 同数の集団戦をやるらしい。


 武器は木製のみ可とある。

 武器防具に金属は一切使用できないらしい。ということは革鎧がせいぜいか。


「訓練相手については書いてないけど、だれなんだ? それと、日にちは明後日ということだが、明日は?」


「訓練相手は磨羯まかつ族です。明日一日使って独自の鍛錬をするので、明後日にしてほしいと要望がありました」

「そういうことか。ありがとう。とにかく明後日だな、了解した」


「報告は以上です」

 使者は帰って行った。


 磨羯族というのは聞いたことがない。

 俺たちの国にはいなかったと思うし、交易商人からも聞いたことはない。


「やはり、記憶にもない。商人が知っている種族の名前と特徴は、全部聞いたんだが」


 物を売るのなら情報も売ってくれと、いろんな国を回った商人には、今まで出会った種族の話をすべて聞き出した。


 その話の中ですら、磨羯族の名は聞かなかった。


「磨羯族ね、興味あるな。明日、訓練するらしいし、見に行ってみるか」

 もちろんこっそりとだ。


 その後、俺がニヤニヤしていると、サイファとベッカがやってきた。

 ちょうどいいので軽くあしらって、明後日から訓練が再開されることと、戦闘訓練になるだろうから、しっかりと準備するよう、全員に通達させた。


 帰りしな、サイファとベッカは恐ろしいことを言っていた。


「なあゴーラン。見せたいんだったらいいんだけどよ、それ」

「そうだよ。頭がニョキだよ!」


 ふたりの視線は俺の腰みのにあった。


 見えていたのかよ、ちくしょー。




 翌日、磨羯族を探していたら、すぐに見つかった。

 筋骨逞しい黒山羊くろやぎさんたちだった。


 雄牛のように伸びたツノと、ぐるんと一回転したツノの両方がいる。

 みな同じような体格なので、ツノの形で見分けるのが早そうだ。


 彼らの跡をつけ、訓練をそっと覗いた。

 なんとも奇妙なことをやっていた。


 集団で動き、止まり、構えて、また動く。

 新手のパフォーマーかと思ったが、しばらくして気がついた。


「……あれ、戦闘シミュレーションか」

 エア戦闘ともいう。


 動きがマスゲームみたいだと思ったが、どうやらあれは集団戦。

 ああいうのが得意な連中らしい。


 このエア戦闘で武器も防具も持っていないのは、イメージトレーニングの一環だからだろうか。


「左手は盾……しかも大盾っぽいな。弓兵と兼用か」

 槍と大盾で密集して戦っている。


 大盾で味方全体を隠し、弓兵が狙いを付けずに撃つ。

 指示を出す者がいるのだろう。


 見ていて分かるが、動きの練度が高い。

 側面攻撃や、背後からの襲撃にも完璧に対応できるように動いている。


「なるほど、全員が攻撃と防御を担当ね。攻撃の場合は遠・近・中距離すべてできるわけか。こりゃ強敵だわ」

 状況に応じて臨機応変に変化できる集団のようで弱点がない。

 攻撃も防御も自由自在だ。


「これはやっかいだな」

 付け焼き刃でも、対策を立てておかないと一方的にやられそうだ。


 俺はそっとその場を離れた。




○ ダイル軍団長


「到着したようだな」

 晶竜しょうりゅう族のハルムがダイルの元を訪れた。


「ああ。オーガ族がいつ暴発するか、ヒヤヒヤしていたが、これで一息つける」


 この言葉だけ聞くと、ダイルがオーガ族を恐れているように感じるが、ダイルはこの軍の責任者である。

 彼は軍内で面倒が起きないよう、最善を尽くすものなのである。


 意図するしないにかかわらず、オーガ族――とくにゴーランが動くと、大騒動が勃発する。


「これでようやく基礎訓練も折り返しか」

 ハルムがしみじみと言が、ダイルは首を横に振った。


「いや、これで訓練は終わりにする」


 意外な言葉に、ハルムは目を細める。

 基礎訓練は全部で五つ。

 そのどれもが、ちゃんとした理由があって設置されているものだ。


 軍団長は自身の権限で自由にできるとはいえ、折り返しで終わりにするようなことは滅多にない。


「訓練を放棄するのか?」


「いや、そうじゃない。四つ目の訓練はサバイバル、つまり生き残り訓練だ。極限状況下において単独で生きのこり、本隊まで帰還するものだな」


「そうだ。食糧も水も現地調達。歩く距離は五百キロメートルほどか?」

 あれは過酷な訓練だとハルムは言った。


「以前行軍中にオーガ族の者たちに聞き取り調査をした」

「ふむ?」


「ゴーランがなるべく多くの者とヒアリングをした方がいいと言ってな、なるほどと思って実施したが、あの国のオーガ族は驚くことに村内でほぼ自給自足なのだ」


 発展していない村に住み、独自の社会を形勢している。

「たしかに小国ではそういうこともあるだろう。それで?」


「ヒアリングした全員がサバイバル経験があった。それも自ら進んで」

「どういうことだ?」


「腹が減って山へ入る。すると遠くに獲物がいる。追っているうちに家からどんどん離れてしまう。まあいいやと、しばらくその辺で暮らすらしい」

「野生か!」


「それに近いな。サバイバル訓練は、町にすむエリート種族相手には効果があるが、もともと似たような生活をしている連中には、普段と変わらない生活になる」


「なるほど。どうせクリアされるのならば、やらなくてもいいと」

 簡単にクリアされると、「なんだ、こんなに簡単なのか」と思われるだけである。


「そういうわけで、サバイバル訓練は意味がないと判断した」

「だが最後の訓練はどうなのだ? あれはこれまでの集大成であろう」


「そうだが、最後は一対一の対戦訓練……いわば下克上と同じ決闘方式だ」

「ああ、格の違いを見せつけるわけだ」


 厳しい訓練をくぐり抜けて、一皮も二皮も剥けた新人ニュービーたち。

 だが上には上がいると、最後に知らしめられるのだ。

 逃げ場のない場所でボコボコにされて。


 それこそオーガ族の鼻をへし折るために必要ではないのかとハルムは思うのである。


「ゴーランの強さでは、ちょっと対戦相手が見つからない。最悪負けてもいいと思える人材をあてがえばいいが、ここのところ少し心境の変化があってな」

「どうした?」


「前回の反乱騒動もそうだが、オーガ族の戦闘力が意外と高いのだ。そしてゴーランが連れてきたあの二十人の中に、侮れない連中もちらほら交じっている」


 満を持して登場させた上位勢が軒並み負けることも考えられる。

 それはさすがにやばいのではと、ダイルは思い始めたのである。


 みなが見ているところで上位勢が連敗する。

 それだけは避けたいが、絶対に勝てる確信が持てない。


「そういうことか……」


 ハルムも考えた。一緒に行動して思ったのは、「オーガ族って容赦ないよな」ということと「なぜこれほどの種族が弱小扱いされているんだ?」という疑問であった。


 どのレベルの敵をあてがったら勝利できるのか、たしかにハルムにも判断が付かなかった。


「それで次回が最後にするのか」


「ああ、磨羯族は今回のためにわざわざお願いした。わが国の秘密兵を出すのに将軍は賛成してくれたが、周りが渋ってな。なんとか借り受けることができた。これで明日は面目が保てる」


「なるほど、では我も明日は見に行くとしよう」

「ぜひ見てくれ。彼らならばやってくれるはずだ」


 軍団長ダイルと将軍の副官ハルムは、そんな会話をして別れた。



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