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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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○軍団長ダイル


 二つ目の訓練が終了した夜。


 軍団長ダイルの天幕に、晶竜族のハルムが尋ねてきた。

 ダイルはすぐに中へ招き入れる。


 もちろん互いに打ち合わせはしていない。

 だが、両者ともに今日のことについて話し合う必要があると感じていた。


 椅子を用意し、とっておきの酒をテーブルに置いたダイルは、おもむろに語り出した。


「あれはおかしい。クリアできる可能性はなかった。どうやっても不可能なように俺自身が調整したのだから」

 ダイルは過去何度も基礎訓練を新兵に課してきた。


 難易度こそ差があるものの、一度でクリアされるようなヌルいやり方は、一切してこなかった。

 今回も同様である。


 一方ハルムは差し出された酒を旨そうに飲み、一息ついてからゆっくりと頷いた。


「仕掛けを見ればわかる。軍団長に落ち度はないと私も思っている。それに事前に情報が漏れた様子はなかった。初見で地図を読み解かれたときには驚いたが」


「地図を読み解いたのか!? あれはわが国だけの秘密……他国に漏れるはずがない。部隊長以上ならば目に触れる機会があったが、他国に流れることは絶対になかったはずだ」


 ダイルは、ハルムの最後の言葉にひどく反応した。

 あの地図は特殊なものだ。それゆえ大事に扱い、これまで紛失したことはない。


 等高線を入れた地図の存在を知っている者は多い。

 多くの者は見方が分からないことから、「何かゴチャッとした地図」と考えて、理解するのを諦めている。


 そもそもあの地図は、上の者が戦略を練るために必要に迫られて発明したもので、命令を聞く立場の者には無用である。


「驚くのも分かるが、事実だ。一目で意味を理解し、今回の意図を正しく読み取っていた」


「…………」

「本当だぞ」


 別段ダイルはハルムの言葉を疑ったわけではない。

 ただ、話の内容が信じられなかっただけである。



 今回の訓練、スタートとゴールの中間にチェックポイントがある。

 歩きやすい道がチェックポイントに向かって伸びているので、だれでもまっすぐ進みたくなる。


 だが途中の崖まで到達すると、道は左右に分かれてしまう。

 崖の広がりを見れば、右手側が徐々に狭まっているため、通常はそちらへ向かう。

 道沿いなので、部隊は安心して進むだろう。


 ようやく崖が途切れて反対側に回り込めると安心したところで、後ろから奇襲をする手はずになっていた。

 これが最初の襲撃。


 ダイルは最初、全員無事にチェックポイントを通過したと聞いて、道を左に折れたのかと思った。

 だが、そうすると時間が早すぎる。


 道を左折するとしばらく右手に崖が続き、かなり大回りをしないと迂回できない。

 チェックポイントに到達するのは夕方か夜になってしまう。


 では右折した場合はどうだろうか。

 道沿いに進むと岩壁の死角には気づけない。


 延々と続く岩の壁のひとつが抜け道になっており、そこに軍を隠すことができるなど、考えつくはずもないのである。


 道と岩壁の間には草地も存在し、わざわざそんな壁に隙間があるかもと見に行くような酔狂なこともしない。

 奇襲は確定された事実であった。


「あとで話を聞いて、偶然伏兵の裏に回り込んだのかと思ったが……」

 道に迷って、たまたま伏兵の後ろに出てしまった。

 かなり厳しいが、そうなってしまう可能性はあった。


「最初から道を外れて進んだことといい、襲撃前に非戦闘員を後方に下げたことといい、あそこに兵を伏せさせていると分かっていた」


 等高線が読めれば、あそこに不自然な空間があると分かるし、後ろに抜け道が存在しているのも分かる。


「では本当に初見で地図を読み解いたというのか……恐ろしい事だ」

 ダイル自身、軍団長に昇格してはじめて本格的に地図の読み解き方を習った。


 はじめは地図にある「のたくった線」が邪魔でしょうがなかった。

 かえって何があるのか分かりづらかったのである。


 五年、十年と軍団長を続けているうちに慣れはしたが、逆を言えばそれだけの年数が経ってようやく見慣れたともいえる。


 まったく予備知識もなく初見で地図を見てそれを理解するなど、いったいどんな頭脳をしているのかと思うのも致し方ないことであった。


「メラルダ将軍も、ことあるごとにゴーランはオーガ族とは思えないと仰っていたしな」

 ハルムは過去の会話を思い出して頷いている。


 隣国で会議をしたさい、向こうの将軍に同席したのがあのゴーランだった。


 ハルムがその話を聞いて、オーガ族を同席させるなどさすが弱小国と笑ったものだが、いま思うと恐ろしい侮りをしていたことになる。


「私は非戦闘員の中にいただけだが、あの非凡さには逐一驚かされた」


 荒くれ者の部下を完全に掌握していること、とっさの判断が速くて正確であることは歴戦の将軍のようだとハルムは語った。


 僅かな時間でゴールを迎えたのは、ゴーランの判断がものをいった部分もあるのだと。


「最後の試練だが、あれをクリアできたのは、どう考えてもおかしい」


 チェックポイント到達までに一度、襲撃があった。

 後方から奇襲するだけでなく、総合力でも圧倒する部隊を用意していた。


 通常で全滅。よくて潰走。

 当然、非戦闘員は置いていかれるので訓練失敗となる。

 これまでの経験でも、八割の部隊があそこで失敗している。


 それをゴーランたちは、逆に奇襲仕返すというやり方で無傷でクリアしていた。

 だが二つ目の襲撃は、簡単にはいかない。

 それよりさらに凶悪なものを用意していたのだから。


 ダイルは、あれをどうクリアしたのか心底興味あった。

 ハルムは、ダイルに自分が見聞きしたことを語った。


「まず斥候を出していたことで、ゴール前の待ち伏せは失敗している。待ち伏せの兵力がゴーランにバレていたな。ゴーランは、全軍で当たらないと勝てないことを理解していた」


 ダイルは頷く。最後の関門はそうなるよう配置したのだから。

 オーガ族二十体が突撃をかけてようやく「勝てるかな?」というレベルにした。

 もちろんどうやっても挟撃されるため、部隊を分ける必要があるのだが。


「ゴーランひとりで足止めに向かったようだが……可能なのか?」


「結果的には可能だった」

「どうやって?」


 ダイル自身、この顛末を知らない。

 今日は他の訓練も見なければならず、また自分の部下もいるため、ゴーランたちばかりにかまけてはいられなかったのである。


「一言でいえば、目つぶしだな。ああいった止め方があるのを初めて知った」

 ハルムはしみじみと言う。


 黒動亀こくどうがめ族はあまりに巨大で、防御力も高い。

 一方ゴーランは、オーガ族らしい優れた肉体を持つものの、背は黒動亀族に足りないし、武器も木製である。


 その不利を覆すように、ゴーランは敵の目だけを狙ったのだという。


 用意した武器の中で、棍棒だけは他に比べて大きくて重い。

 ゴーランが棍棒を持った腕を伸ばすと、ちょうど黒動亀族の顔の高さにくるらしい。


「狙ったのは、目だけ?」


「そう。木槍で目を突いたところで、まぶたを閉じればダメージはない。だが、オーガ族の力で棍棒を振るわれたら、たとえまぶたの上からでもダメージは通る」


 黒動亀族の戦い方は体当たりや踏みつぶしである。

 顔の――それも目を狙われると、防ぐのが難しい。


 やってきた敵には、後ろ足で立って踏みつけるのを得意としているが、あそこは急斜面。後ろ足で立てば、バランスが悪いことこの上ない。


 しかもゴーランはチョコマカと動きまわるため、狙いが絞れず、結果翻弄されることになったらしい。


「そんな方法で黒動亀族が止められるのか?」

「あの特殊な場だからこそだろう。一旦走り出したら、止められる者はいないが、上り坂ではな」


 それは、黒動亀族の真価を発揮しづらい場所に配置したダイルのミスになるのだが、それを責めるのは酷であろう。


 結果、ゴーランの作戦勝ちとなったわけである。


「それで最後の配置は突破されたわけか」


 ゴーラン以外のオーガ族が馬頭鬼めずき族と戦い、勝利を収めた。

「ゴーラン以外にも突出した者がいたことで、全体が崩れるのが早かったな」


 それは戦闘を後方から見ていたハルムの感想であった。


「馬頭鬼族より強いオーガ族の集団か。一体なんなんだ」

「……さてな。それより、次の訓練の用意はどうするんだ?」


 訓練の詳しい結果を聞いても、謎が深まってしまったダイルであったが、次と言われて顔を青くする。


「次の用意って……まだ準備を始めてすらない」

 一度でクリアするなんて思わなかったから準備していません……もしかしたら明日、ダイルはゴーランたちにそう言わなければならないのだろうか。


「では私は帰るとしよう」

 何食わぬ顔でハルムは席を立った。


 帰りしな、「酒は旨かったぞ」と言うのを忘れなかった。



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