015
そういえば、戦場へ来る途中までは、街道を歩いてきた。
道の先には町があるのは道理。
途中からオーガ族の部隊に合流するために道を外れたけれども、その道の先に町があったっておかしくない。
町に足を踏み入れたが、完全に静まりかえっている。人の気配はない。
「ゴーストタウン……ってわけじゃないよな。避難したかな」
戦場になるからと、住民をどこか別の町へ向かわせたのだろう。
年がら年中戦っている魔界を想像しがちだが――いや、間違っていないけど。
魔界にあっても戦わない連中、つまり民間人も多数いる。
なぜ戦わないかといえば、単純に戦力にならないからだ。
種族差が大きいこの世界では、戦闘に適さない種族が戦ってもあまり意味はない。
コボルド族などがいい例で、彼らは忠実だしよく気がつく。
だが魔法が使えず、腕力が低いため、魔法戦も肉弾戦もできない。
それよりも後方で、事務仕事や副官でもやらせておいた方が何倍も使い勝手がいい。
非戦闘系の種族でも結構タフだから、逃げた先で元気に暮らしていたりする。
「やっぱりだれもいないな……いたっ!」
全員が逃げたのかと思ったらそうではなかったようだ。
動く巨木を見つけた。
「おぬしは……オーガ族か」
「おうよ、じいさん、逃げなかったのか」
「わしらはここに根を張っておるからな。動きたくとも動けんのじゃよ。ほっほっほ」
身体……いや、木の枝を揺らして笑うのは、チェリーエント族の老木だった。
なるほど、樹妖精種か。
オーガ族ならば鬼種、ヴァンパイア族ならば夜魔種などと、一族をもう少し大きな枠で表す呼び名があり、魔界の住人の中でも木や草花の一族を総称して、樹妖精と呼んでいる。
樹妖精には、チェリーエント族の他にも、アウラウネ族やドライアド族などがいる。
そしてこのチェリーエント族だが、動けない。
いや、絶対に動けないわけではなくて、大地から根を引っこ抜き、亀の速度でなら移動できる。
若木ならば根もそれほど張っておらず、人が歩く速度くらいは出せる。
目の前の老木の場合、根を抜くだけでも一苦労だろう。
「じいさん、逃げなかったんだな」
「大変だしのう」
「手伝ってくれる人がいなかったのか? オレの一族を呼ぼうか?」
「いや、わしはここが気に入っておるでの。この見晴らしの良い場所がわしらの住処じゃ」
たしかにここは高台であり、日差しを遮る邪魔なものはなにもない。
だからといって、敵軍が攻め上がって来ている中で、逃げずにいてよい話でもない。
「もし町に敵がやって来たら、じいさんは抵抗せずにいてくれよ。動かなきゃ見逃してもらえるかもしれないからな」
町が占領された場合、もとの住人たちはそのままという保証はない。
戦える者、戦えない者問わず、いきなり次の戦いで前線に送られることもあるし、強制労働に就かされることもある。邪魔と殺されることも。
働けない老人で、なおかつこの場所から動けない老木に危機感を抱く奴もいないはずだが、安心はできない。
オレは何度も気をつけるよう忠告しておいた。
「分かっておるわ。わしはあと少ししたら上位種になれそうでのう。それが楽しみで生きているのよ。ふぉっふぉっふぉ」
「そりゃまた羨ましいことだな。どのくらいで上位種になれそうなんだ?」
上位種になる。つまり進化するということだ。
進化してひとつ上の種族になると、様々な利点がある。
力の強い者はより力強く。魔法に長けた者はより多くの魔法が使えるようになる。
寿命も格段に伸びるため、百年も生きないオーガ族でも、進化してハイオーガ族になると、寿命は数倍に延びる。
グーデンが何十年も部隊長を続けられたのもそういう理由がある。
「さあて、いつ進化できるかなど、だれにも分からんからのう。明日かもしれんし、明後日かもしれん。……まっ、あと百年くらいあれば進化するじゃろ」
「長げえな、オイ!」
まだ当分先じゃないか。オレの寿命が先に尽きそうだ。
「わしらはそんな時の流れの中を生きておるでな。ところでお主の名は?」
「部隊長のゴーランだ」
「ふむ。わしはエルヴァンと言う。オーガ族の部隊長はたしか別の名だったはずだが」
「つい最近、下克上で変わったんだ」
「ほう。ハイオーガを下したか。それはまた……愉快なことじゃて」
「俺にとっちゃ、別に愉快でもなんでもないがな。ただ死にたくなかっただけだ」
「なるほど。突撃が好きな奴じゃったしのう……わしもヤツの冥福を祈るとするか」
「いや、怪我してるけど、死んでねえよ。それに戦ったのだって必要に迫られてだ」
首の骨が折れたかズレたかしたようだが、あと数日もすれば戦線復帰できるだろう。ハイオーガ族だし。
「強い者と戦いたがるのは魔界の習性。隠さなくてもよい」
「違げえ。あのままだったら、阿呆みたいに無駄な突撃を繰り返して、味方を殺しまくるから変わったんだ。さもなきゃ、こんな面倒な役職についてねえよ」
この国は小魔王メルヴィスを頂点として、将軍、軍団長、部隊長が存在している。
これは他の国でもみな同じだ。
支配のオーブから力を集められるのは第四世代までと決まっているので、末端の民から王まで力を届かせるには、間に三つ入れるのが精一杯なのだ。
だから昔から王の直下を「将軍」と呼び、その下に「軍団長」を据える。
オレのような「部隊長」がその下につく。部隊長の下はただの兵か、民間人になる。
そう考えると部隊長ってあれだな。中間管理職。
一番胃が痛くなる役職じゃねーか。
「面倒ってお主……本当に変わってるの」
エルヴァンじいさんから、そんなことを言われてしまった。
俺って変わっているか? 変わってないよな?