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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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 岩の間を縫うようにして、曲がりくねった道をゆっくりと進む。

 音は一切立てない。立てさせない。


 予想では、この先に伏兵がいる。

 地図を見た限り、そこ以外に兵を伏せておけそうな場所はなかった。


(地図が正しい前提だがな)


 地図が偽物で、それを見抜くのも訓練と言われたらお手上げだ。

 伏兵を後ろから奇襲するつもりでいたら、その後ろからやられましたなんてことになる。


 戦争は有利な場所を取るだけで、数の不利をひっくり返せたりする。

 今回俺たちは、二十名のオーガ族で、三十名の非戦闘員を守り抜く訓練を受けている。


(全員が戦闘に参加できないことを考えると、伏兵の数は多くて二十名というところか)


 同数の戦闘員で奇襲された場合、よほどの事がない限り負ける。

 相手の思惑を外すためにも、ここは圧勝しておきたい。


 次の角を曲がれば、伏兵が見えるはずだ。

 俺は直前で足を止めた。全員が同じように足を止める。


 そっと武器を持った右手を挙げると、全員が真似をする。

 いま俺たちが持っているのは棍棒だ。


 今回の訓練は木の武器しか携帯できないと言われて、一番重量があって取り回しのしやすいものを選んだ。


 木槍は間合いが広くて一見有利に見えるが、土地勘もない場所だと、真正面から敵がやってくるとは限らない。

 槍は長いので、味方や非戦闘員にぶつけることを考えれば、選択肢から外した方がいいと判断した。だからだれにも持たせていない。


 木刀や木剣でもいいのだが、耐久に難がある。

 オーガ族の膂力で殴れば、数発で折れることも考えられる。


 ゆえに無骨だが一番適した武器、棍棒を選択した。

 棍棒は用意された武器の中では一番短い。


 そのかわり一番頑丈で、一番重い。

 木の幹をそのままに、持ち手だけ細くしたような感じだ。無骨な木槌に見える。

 オーガ族ならばそれを楽々振り回せる。


 俺たちは武器を頭上に掲げたまま、一気に駆けだした。


 ――うぉおおおおおお!


 それは俺の声だったか、後ろの奴の声だったか。

 雄叫びは、全員の唱和をもって大音響へと成長した。


 角を曲がると、予想通り敵がいた。

 いたのは馬頭鬼めずき族だ。オーガ族よりも背が高く、膂力もある。


 馬は草食動物で臆病だが、コイツらは違う。

 馬のような俊敏性とタフネスさを身につけた凶暴な種族。かなりの強敵だ。


「――おらぁ!」


 棍棒を振り上げたまま突撃したのは、最初の一撃を必ず叩き込むためである。

 振り上げてから振り下ろすのではない。助走をつけたまま敵に近づき、振り下ろすためである。


 俺の一撃を受けて、馬頭鬼の頭が陥没した。

 うん、威力が強すぎた。


 今回の訓練、怪我と死亡は織り込み済みなので、気にしないことにした。

 すぐに次の獲物に向かう。


 敵の対応が遅れたのは、全員が弓を持っていたからだ。

 弓で狙ってから、槍で突撃するつもりだったのだろう。


 矢には金属のやじりはついてないが、馬頭鬼の馬鹿力で射られれば、死人が出る。

 裏から周り、機先を制して良かった。


 馬頭鬼たちは木槍に持ち替えて応戦するが、すでに間合いはこっちのもの。

 俺はもう敵を三体沈めた。


 仲間もオーガ族もこういう乱戦は得意中の得意だ。

 嬉々として棍棒を振るっている。


 全体の半分を沈めたところでリーダーらしき者が「降参!」と叫んだ。

 事前の取り決めで、どちらかがそれを叫べば、その時点で戦闘は終了となる。


 俺たちがそれを叫べば、護衛対象が無事落ち延びていても失敗になると言われているので、純粋に勝ち負け判定に使うのだと思っている。


「よし、全員戦闘を止め!」


 慣れたもので、みな俺の命令にちゃんと従う。

 馬頭鬼たちは木槍を地面に投げ出した。あっちもよく訓練されている。


「護衛対象を連れてきてくれ、ここはもう安全だ」


 非戦闘員が来る前に、俺は馬頭鬼をみる。

 戦った感想としては、個々の戦闘力はオーガ族より高かった。


 すぐに乱戦になったから、集団戦は分からない。

 そしてこいつら、数えたら三十体もいやがった。


 俺たちよりも多いのだ。なんで多いんだ?


「これは訓練だから、質問には答えられない」

 不審な目を向けたら、リーダーからそんな答えをもらった。


「質問はなしか……まあいい、だが雑談はできるのだろう?」

「……ああ」


「馬頭鬼族はもっと勇猛だと聞いていたんだが、違ったのか?」

 ちょっとした挑発。それにどう答えるのか。


「崖に沿ってやってくるところを襲う予定だったんだ。後ろから来られて対応できなかった。いや、武器の切り替えか」


 弓を木槍に持ち替えた時点で、棍棒の間合いに入っている。

 なるほど、本来は個々の力量を頼りに散って戦う予定だったのだろう。


 だが、こんな待ち伏せ場所の狭いところで長い槍を振るわねばならず、挽回は不可能と判断して降伏したわけか。


「判断としちゃ間違ってないか」

 勇猛だからこそ、引き際も心得ているのだろう。


 しかしおかしい。

 オーガ族より強い種族を三十名用意して奇襲させる。


 そんなもの俺たちが回避できるわけがない。

 全滅判定を受けて終わりだ。

 訓練とはいえ、これはちょっと酷すぎやしないか?


 あまりに不審な出来事に考え込んでいると、非戦闘員の三十名がやってきた。

 しょうがないので、思考はここまでにして、次の対応を考える。


 妨害がこれだけではないはずだ。

 この非戦闘員を護衛しながら、俺たちは本当にゴールできるのか?


 地面に伸びている馬頭鬼たちを見て、ハルムはやはり俺の方を凝視した。

 俺に言いたいことがあるのだろう。


 だが、こっちだって胸ぐらを掴んでどういうことか問いただしたいのだ。

 そんなことをしても意味はないのでやらないが。


「よし、さっきの列を作れ。こっからチェックポイントまで襲撃はない。さっさといくぞ」


「ん? ゴーラン、どうして襲撃がないって分かるんだ?」

「地図によると左手側はずっと崖で、右手側は山だ。兵を隠す場所はないんだよ」


「へえ……どういうこと?」

「説明が面倒だから行くぞ」


 サイファに等高線の話をしても理解しないだろうし、説明している時間が惜しい。

 俺たちは非戦闘員を真ん中に入れて出発した。


 途中、ベッカが「本当に崖と山だよ。ゴーランは見てないのに分かるんだよ」としきりに驚いていた。


 予想通り襲撃はなく、無事チェックポイントについた。

 ここでは俺たちと非戦闘員の数をチェックされる。


 もちろん全員いる。ひとりだって欠けてはいない。

 怪我人がいたらここで預かると言われたが、かすり傷を負ったのが数人だけだったので断った。


「さっ、行くぞ」


 ここからゴールまでは山が邪魔をする。

 やはり迂回しなければならない。


 左に大きく迂回しながら歩いていると、左後方が騒がしくなった。


「襲撃か?」


 左手側のなだらかな下り坂から、木々をへし折る音が聞こえる。

 今度の敵は、隠密とは無縁の存在らしい。


「この先で敵が待ち構えているぞ」


 念のためと斥候を出していたが、なんとそっちにも敵がいるらしい。挟撃か?


「敵の数と種族構成は?」

「馬頭鬼族がおれたちと同じくらいだった」


「……まじかよ」

 これクリアさせる気がないだろ。


 前方の敵は戦闘音が聞こえたら一気にやってくるつもりだろう。

 斥候を出していてよかった。


 だがここで待っていても状況は悪くなる一方だ。


 俺たちだけなら決死の突撃で活路を開くのだが、非戦闘員がいる。

 その手は使えない。


「おまえら、よく聞け!」


 俺は作戦を話した。



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