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岩の間を縫うようにして、曲がりくねった道をゆっくりと進む。
音は一切立てない。立てさせない。
予想では、この先に伏兵がいる。
地図を見た限り、そこ以外に兵を伏せておけそうな場所はなかった。
(地図が正しい前提だがな)
地図が偽物で、それを見抜くのも訓練と言われたらお手上げだ。
伏兵を後ろから奇襲するつもりでいたら、その後ろからやられましたなんてことになる。
戦争は有利な場所を取るだけで、数の不利をひっくり返せたりする。
今回俺たちは、二十名のオーガ族で、三十名の非戦闘員を守り抜く訓練を受けている。
(全員が戦闘に参加できないことを考えると、伏兵の数は多くて二十名というところか)
同数の戦闘員で奇襲された場合、よほどの事がない限り負ける。
相手の思惑を外すためにも、ここは圧勝しておきたい。
次の角を曲がれば、伏兵が見えるはずだ。
俺は直前で足を止めた。全員が同じように足を止める。
そっと武器を持った右手を挙げると、全員が真似をする。
いま俺たちが持っているのは棍棒だ。
今回の訓練は木の武器しか携帯できないと言われて、一番重量があって取り回しのしやすいものを選んだ。
木槍は間合いが広くて一見有利に見えるが、土地勘もない場所だと、真正面から敵がやってくるとは限らない。
槍は長いので、味方や非戦闘員にぶつけることを考えれば、選択肢から外した方がいいと判断した。だからだれにも持たせていない。
木刀や木剣でもいいのだが、耐久に難がある。
オーガ族の膂力で殴れば、数発で折れることも考えられる。
ゆえに無骨だが一番適した武器、棍棒を選択した。
棍棒は用意された武器の中では一番短い。
そのかわり一番頑丈で、一番重い。
木の幹をそのままに、持ち手だけ細くしたような感じだ。無骨な木槌に見える。
オーガ族ならばそれを楽々振り回せる。
俺たちは武器を頭上に掲げたまま、一気に駆けだした。
――うぉおおおおおお!
それは俺の声だったか、後ろの奴の声だったか。
雄叫びは、全員の唱和をもって大音響へと成長した。
角を曲がると、予想通り敵がいた。
いたのは馬頭鬼族だ。オーガ族よりも背が高く、膂力もある。
馬は草食動物で臆病だが、コイツらは違う。
馬のような俊敏性とタフネスさを身につけた凶暴な種族。かなりの強敵だ。
「――おらぁ!」
棍棒を振り上げたまま突撃したのは、最初の一撃を必ず叩き込むためである。
振り上げてから振り下ろすのではない。助走をつけたまま敵に近づき、振り下ろすためである。
俺の一撃を受けて、馬頭鬼の頭が陥没した。
うん、威力が強すぎた。
今回の訓練、怪我と死亡は織り込み済みなので、気にしないことにした。
すぐに次の獲物に向かう。
敵の対応が遅れたのは、全員が弓を持っていたからだ。
弓で狙ってから、槍で突撃するつもりだったのだろう。
矢には金属の鏃はついてないが、馬頭鬼の馬鹿力で射られれば、死人が出る。
裏から周り、機先を制して良かった。
馬頭鬼たちは木槍に持ち替えて応戦するが、すでに間合いはこっちのもの。
俺はもう敵を三体沈めた。
仲間もオーガ族もこういう乱戦は得意中の得意だ。
嬉々として棍棒を振るっている。
全体の半分を沈めたところでリーダーらしき者が「降参!」と叫んだ。
事前の取り決めで、どちらかがそれを叫べば、その時点で戦闘は終了となる。
俺たちがそれを叫べば、護衛対象が無事落ち延びていても失敗になると言われているので、純粋に勝ち負け判定に使うのだと思っている。
「よし、全員戦闘を止め!」
慣れたもので、みな俺の命令にちゃんと従う。
馬頭鬼たちは木槍を地面に投げ出した。あっちもよく訓練されている。
「護衛対象を連れてきてくれ、ここはもう安全だ」
非戦闘員が来る前に、俺は馬頭鬼をみる。
戦った感想としては、個々の戦闘力はオーガ族より高かった。
すぐに乱戦になったから、集団戦は分からない。
そしてこいつら、数えたら三十体もいやがった。
俺たちよりも多いのだ。なんで多いんだ?
「これは訓練だから、質問には答えられない」
不審な目を向けたら、リーダーからそんな答えをもらった。
「質問はなしか……まあいい、だが雑談はできるのだろう?」
「……ああ」
「馬頭鬼族はもっと勇猛だと聞いていたんだが、違ったのか?」
ちょっとした挑発。それにどう答えるのか。
「崖に沿ってやってくるところを襲う予定だったんだ。後ろから来られて対応できなかった。いや、武器の切り替えか」
弓を木槍に持ち替えた時点で、棍棒の間合いに入っている。
なるほど、本来は個々の力量を頼りに散って戦う予定だったのだろう。
だが、こんな待ち伏せ場所の狭いところで長い槍を振るわねばならず、挽回は不可能と判断して降伏したわけか。
「判断としちゃ間違ってないか」
勇猛だからこそ、引き際も心得ているのだろう。
しかしおかしい。
オーガ族より強い種族を三十名用意して奇襲させる。
そんなもの俺たちが回避できるわけがない。
全滅判定を受けて終わりだ。
訓練とはいえ、これはちょっと酷すぎやしないか?
あまりに不審な出来事に考え込んでいると、非戦闘員の三十名がやってきた。
しょうがないので、思考はここまでにして、次の対応を考える。
妨害がこれだけではないはずだ。
この非戦闘員を護衛しながら、俺たちは本当にゴールできるのか?
地面に伸びている馬頭鬼たちを見て、ハルムはやはり俺の方を凝視した。
俺に言いたいことがあるのだろう。
だが、こっちだって胸ぐらを掴んでどういうことか問いただしたいのだ。
そんなことをしても意味はないのでやらないが。
「よし、さっきの列を作れ。こっからチェックポイントまで襲撃はない。さっさといくぞ」
「ん? ゴーラン、どうして襲撃がないって分かるんだ?」
「地図によると左手側はずっと崖で、右手側は山だ。兵を隠す場所はないんだよ」
「へえ……どういうこと?」
「説明が面倒だから行くぞ」
サイファに等高線の話をしても理解しないだろうし、説明している時間が惜しい。
俺たちは非戦闘員を真ん中に入れて出発した。
途中、ベッカが「本当に崖と山だよ。ゴーランは見てないのに分かるんだよ」としきりに驚いていた。
予想通り襲撃はなく、無事チェックポイントについた。
ここでは俺たちと非戦闘員の数をチェックされる。
もちろん全員いる。ひとりだって欠けてはいない。
怪我人がいたらここで預かると言われたが、かすり傷を負ったのが数人だけだったので断った。
「さっ、行くぞ」
ここからゴールまでは山が邪魔をする。
やはり迂回しなければならない。
左に大きく迂回しながら歩いていると、左後方が騒がしくなった。
「襲撃か?」
左手側のなだらかな下り坂から、木々をへし折る音が聞こえる。
今度の敵は、隠密とは無縁の存在らしい。
「この先で敵が待ち構えているぞ」
念のためと斥候を出していたが、なんとそっちにも敵がいるらしい。挟撃か?
「敵の数と種族構成は?」
「馬頭鬼族がおれたちと同じくらいだった」
「……まじかよ」
これクリアさせる気がないだろ。
前方の敵は戦闘音が聞こえたら一気にやってくるつもりだろう。
斥候を出していてよかった。
だがここで待っていても状況は悪くなる一方だ。
俺たちだけなら決死の突撃で活路を開くのだが、非戦闘員がいる。
その手は使えない。
「おまえら、よく聞け!」
俺は作戦を話した。




