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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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「なあ、ゴーラン。道、本当に合ってんの?」

「合ってる」


「そうなの~? 遠回りじゃないの?」

「こっちでいいんだよ。黙って歩け……いや、それよりベッカは先行して敵がいないか見てきてくれ」


「いいけど~、どのへんまで?」

「あの山の麓まででいい」

「は~い」


 ベッカは駆けだしていった。

 敵が現れても、あいつならば切り抜けて戻ってくるだろう。


 規則正しくない足音が、俺の後ろから聞こえてくる。

 いま俺の後ろにいるのは、オーガ族だけではない。


 三十名の非戦闘員が付いてきている。

 ことの起こりはこうだ。




「……もう次の訓練ですか?」

 軍団長のダイルから地図を渡され、そこへ向かうよう指示された。


「目的地まで非戦闘員を護衛しつつ誘導する訓練だ。途中の妨害を撥ねのけて、見事彼らを目的地まで送り届けてほしい」


 朝、訓練に向かおうとしたら、そんなことを言われた。何の前振りもなくだ。

「非戦闘員の護衛訓練ですか」


 俺は貰った地図に視線を落とした。

 かなりヤバい奴だと直感が告げている。


 土地勘がない。これが最大のネックだ。

 妨害があると言っていたが、いつどこであるかは分からない。


 向こうは準備万端、こっちはまったく土地勘のない場所を移動する。

 端から勝負にならないのではないだろうか。


 そしてこの準備不足。

 前日に言われていたら、部下を集めて対策を練っていた。


 だが言われたのはたった今。そしてすぐに出発するようだ。

 何しろ、非戦闘員がもうすでにここにいるのだから。


「いますぐ出発ですか?」

「そうだ。我々ならば半日もあれば到着するだろうが、彼らの足ではもっと時間がかかる。出発は早い方がいい」


「それはそうでしょうね」

 俺は非戦闘員たちを眺める。


 みな戦いに向いてそうもない種族ばかりだ。

 あろうことか子供まで交じっている。

 訓練とはいえ、彼らを使うのか。


「ダイル軍団長」

「なんだ?」


「明らかに戦闘員が混じっているようですけど」

「監視と護衛だ。本当は数人配置する予定だったが、一人で十分だと思ってな」


「二重護衛ですか……はぁ」


 華奢でひ弱そうな連中の中にあって、一際目立っている存在がある。

 メラルダ将軍の副官にして晶竜族のハルムだ。

 彼がなぜか非戦闘員と共に立っている。


 はっきりいってハルムひとりで、ここにいる全員を血祭りに上げられる。

 なぜそんな存在を護衛しなければならないのか。


 非戦闘員も戦闘に巻き込まれる可能性があるし、ハルムは最後の安全弁なのだろう。


 それとダイルは監視だと言っていた。

 これは訓練なのだから、道中の行動を監視する者が必要なのだろう。


「……分かりました。それでは連中を集めて、直ちに出発します」

「私は先に行って、目的地で待っている」


 去っていくダイルを眺め、俺はこっそりとため息を吐いた。

 ここまでお膳立てされて気付かないわけがない。


 目的地までの道中、どこかでそれなりの「おもてなし」がある。

「非戦闘員を守りながら目的地へねえ……」


 拠点防衛とは違い、これは相当ヘビーな訓練になりそうだ。




「こっちへ行くぞ」

 出発早々、俺は道を外れて草原地帯に入った。


「ええっ!?」

「どうしたんだゴーラン。悪いものでも喰ったか」

「黙れ駄兄妹。いいから付いてこい」


 説明するのが面倒になったので、強引に進路を変えさせた。


「それはいいけどよぉ、理由くらい教えてくれたっていいじゃんかよ」

「そうよ。ふびょーどーだよ」


 ベッカがこういうときだけ、俺が教えた言葉を使ってくる。

 たいして意味を理解していないのだが。


「こっちでいいんだよ、それより周囲に目を配っておけ。いつ襲撃があるか分からないからな」


 俺は二十名のオーガ族を二つに分けて、間に非戦闘員を配置している。

 敵が前からやってくるとは限らないからだ。


 ダイル軍団長から貰った地図によると、目的地までの間にチェックポイントが一カ所載っている。

 これは襲撃の裏をかこうとして、進路を変えさせないためだろう。


 だが俺はいま、チェックポイントまでの道を外れて、大きく迂回した場所にいる。

 サイファやベッカが騒ぐのも当然だ。だがそれには理由がある。


(……地図を読み解く能力も試されているわけね)


 なぜか知らないが、手渡された地図には等高線が入っていた。


 山があるとして、その裾野はどこまで広がっているとか、高さはどの程度あるのか、越えられそうなのかとか、普通の地図では読み解くことができない。


 等高線のある地図が生まれる素地は魔界でもあると思う。

 だがここでそれを手渡されるとは思わなかった。


 そして地図によると、目的地まで一直線に進むと、崖と山にそれぞれぶつかってしまう。

 それらを避けようとすれば、自然とS字を描くように進むことになり、襲撃も容易くできるようになっている。


 何しろ、侵攻ルートがほぼ決まっているのだから。


 そのため俺は散々頭を悩ませて、崖を避けつつ、敵の伏兵ポイントを外すルートを選択した。


(本来ならば、チェックポイントまで真っ直ぐ進む途中で崖に阻まれるはず。等高線の間隔からすると、そこから右手側の崖が狭まっているから、そっちに向かう)


 右手側に進むと崖が狭まり、反対側に回り込めるようにできている。

 だが、回り込んだ直後に、兵を隠すのに都合の良い場所がある。


 向こうからは丸見えで、こちらからは死角になって見えない。

 俺ならば間違いなくそこで待ち伏せをする。


 しかも後方には細いが逃げ道まである。

 襲撃してヤバくなったら逃げればいいだろう。まさにうってつけの場所だ。


 よって多少大回りでも、伏兵を仮定して、後ろの逃げ道の方から逆に襲撃をかけることにした。


 進路を変えたことで、非戦闘員の中にいる晶竜族のハルムが無言でこちらを見ているが、気にしない。


「ここからはオーガ族だけが進む。非戦闘員は待機だ。それとお前ら、これ以降絶対に音を立てるなよ。声を出した者は、顎が外れるほどぶん殴ってやるからなっ!」

「「「……ッ!」」」


「ハイ」くらい言っていいんだが。


 俺たちは息を潜めながら、物音ひとつ立てずに進んだ。



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