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「なあ、ゴーラン。道、本当に合ってんの?」
「合ってる」
「そうなの~? 遠回りじゃないの?」
「こっちでいいんだよ。黙って歩け……いや、それよりベッカは先行して敵がいないか見てきてくれ」
「いいけど~、どのへんまで?」
「あの山の麓まででいい」
「は~い」
ベッカは駆けだしていった。
敵が現れても、あいつならば切り抜けて戻ってくるだろう。
規則正しくない足音が、俺の後ろから聞こえてくる。
いま俺の後ろにいるのは、オーガ族だけではない。
三十名の非戦闘員が付いてきている。
ことの起こりはこうだ。
「……もう次の訓練ですか?」
軍団長のダイルから地図を渡され、そこへ向かうよう指示された。
「目的地まで非戦闘員を護衛しつつ誘導する訓練だ。途中の妨害を撥ねのけて、見事彼らを目的地まで送り届けてほしい」
朝、訓練に向かおうとしたら、そんなことを言われた。何の前振りもなくだ。
「非戦闘員の護衛訓練ですか」
俺は貰った地図に視線を落とした。
かなりヤバい奴だと直感が告げている。
土地勘がない。これが最大のネックだ。
妨害があると言っていたが、いつどこであるかは分からない。
向こうは準備万端、こっちはまったく土地勘のない場所を移動する。
端から勝負にならないのではないだろうか。
そしてこの準備不足。
前日に言われていたら、部下を集めて対策を練っていた。
だが言われたのはたった今。そしてすぐに出発するようだ。
何しろ、非戦闘員がもうすでにここにいるのだから。
「いますぐ出発ですか?」
「そうだ。我々ならば半日もあれば到着するだろうが、彼らの足ではもっと時間がかかる。出発は早い方がいい」
「それはそうでしょうね」
俺は非戦闘員たちを眺める。
みな戦いに向いてそうもない種族ばかりだ。
あろうことか子供まで交じっている。
訓練とはいえ、彼らを使うのか。
「ダイル軍団長」
「なんだ?」
「明らかに戦闘員が混じっているようですけど」
「監視と護衛だ。本当は数人配置する予定だったが、一人で十分だと思ってな」
「二重護衛ですか……はぁ」
華奢でひ弱そうな連中の中にあって、一際目立っている存在がある。
メラルダ将軍の副官にして晶竜族のハルムだ。
彼がなぜか非戦闘員と共に立っている。
はっきりいってハルムひとりで、ここにいる全員を血祭りに上げられる。
なぜそんな存在を護衛しなければならないのか。
非戦闘員も戦闘に巻き込まれる可能性があるし、ハルムは最後の安全弁なのだろう。
それとダイルは監視だと言っていた。
これは訓練なのだから、道中の行動を監視する者が必要なのだろう。
「……分かりました。それでは連中を集めて、直ちに出発します」
「私は先に行って、目的地で待っている」
去っていくダイルを眺め、俺はこっそりとため息を吐いた。
ここまでお膳立てされて気付かないわけがない。
目的地までの道中、どこかでそれなりの「おもてなし」がある。
「非戦闘員を守りながら目的地へねえ……」
拠点防衛とは違い、これは相当ヘビーな訓練になりそうだ。
「こっちへ行くぞ」
出発早々、俺は道を外れて草原地帯に入った。
「ええっ!?」
「どうしたんだゴーラン。悪いものでも喰ったか」
「黙れ駄兄妹。いいから付いてこい」
説明するのが面倒になったので、強引に進路を変えさせた。
「それはいいけどよぉ、理由くらい教えてくれたっていいじゃんかよ」
「そうよ。ふびょーどーだよ」
ベッカがこういうときだけ、俺が教えた言葉を使ってくる。
たいして意味を理解していないのだが。
「こっちでいいんだよ、それより周囲に目を配っておけ。いつ襲撃があるか分からないからな」
俺は二十名のオーガ族を二つに分けて、間に非戦闘員を配置している。
敵が前からやってくるとは限らないからだ。
ダイル軍団長から貰った地図によると、目的地までの間にチェックポイントが一カ所載っている。
これは襲撃の裏をかこうとして、進路を変えさせないためだろう。
だが俺はいま、チェックポイントまでの道を外れて、大きく迂回した場所にいる。
サイファやベッカが騒ぐのも当然だ。だがそれには理由がある。
(……地図を読み解く能力も試されているわけね)
なぜか知らないが、手渡された地図には等高線が入っていた。
山があるとして、その裾野はどこまで広がっているとか、高さはどの程度あるのか、越えられそうなのかとか、普通の地図では読み解くことができない。
等高線のある地図が生まれる素地は魔界でもあると思う。
だがここでそれを手渡されるとは思わなかった。
そして地図によると、目的地まで一直線に進むと、崖と山にそれぞれぶつかってしまう。
それらを避けようとすれば、自然とS字を描くように進むことになり、襲撃も容易くできるようになっている。
何しろ、侵攻ルートがほぼ決まっているのだから。
そのため俺は散々頭を悩ませて、崖を避けつつ、敵の伏兵ポイントを外すルートを選択した。
(本来ならば、チェックポイントまで真っ直ぐ進む途中で崖に阻まれるはず。等高線の間隔からすると、そこから右手側の崖が狭まっているから、そっちに向かう)
右手側に進むと崖が狭まり、反対側に回り込めるようにできている。
だが、回り込んだ直後に、兵を隠すのに都合の良い場所がある。
向こうからは丸見えで、こちらからは死角になって見えない。
俺ならば間違いなくそこで待ち伏せをする。
しかも後方には細いが逃げ道まである。
襲撃してヤバくなったら逃げればいいだろう。まさにうってつけの場所だ。
よって多少大回りでも、伏兵を仮定して、後ろの逃げ道の方から逆に襲撃をかけることにした。
進路を変えたことで、非戦闘員の中にいる晶竜族のハルムが無言でこちらを見ているが、気にしない。
「ここからはオーガ族だけが進む。非戦闘員は待機だ。それとお前ら、これ以降絶対に音を立てるなよ。声を出した者は、顎が外れるほどぶん殴ってやるからなっ!」
「「「……ッ!」」」
「ハイ」くらい言っていいんだが。
俺たちは息を潜めながら、物音ひとつ立てずに進んだ。




