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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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○メラルダ軍麾下 軍団長ダイル


 ここは将軍メラルダがいる本隊から、約一日の距離にある砦。


 砦は高台にあり、拠点として理想的な地である。

 軍団長のダイルは自身の部隊ごとここに入り、周辺をくまなく探索するよう指示を出した。


 ダイルに課せられた使命はいくつかある。

 もっとも大事なのは、前線の部隊が敵と遭遇した場合に、速やかに後詰めに向かうことである。


 そのためのルート把握や、移動途中、敵に襲われないために、死角をなくすよう、周辺をよく知っておかねばならない。


 ダイルの経験上、指示を出しておけば部下たちが過不足なくやってくれるのは分かっている。

 ゆえにこれは問題ない。


 問題があるとすれば、隣国の小魔王国からきた部隊を訓練することだろう。


 最低限使えるように訓練を施すのは難しいことではない。

 いつもの通りやればいいのだが、実際始めてみると、いつもと勝手が違っていた。


 通常、基礎訓練を施すのは何も知らない新兵たちである。

 彼らは選抜をくぐり抜けてきただけのことはあり、腕っ節と鼻っ柱の強さは一人前である。


 戦術技能は半人前、仲間を思いやる気持ちは皆無というのが毎度のことだった。


「ちょっと特殊だからね、いつもと違うかも知れない。そのへんは臨機応変にやるのじゃぞ」


 将軍からはそう言われた。

 ダイルは手元の資料に目を落とす。


「部隊構成がバラバラです。これは混成部隊と考えてよいのでしょうか」


 部隊の規模や構成内容によって訓練の中身が違うのだから、そう質問したのは正しい。

 というのも、たかだか二百名の部隊の中に七種族が入っているのだ。


「いつも通り、種族ごとに頼む。選抜したわけではないので、努力の跡が認められたら次に進んでよい」


「かしこまりました」

 そう答えたが、ダイルが見たところ、みな弱い。


 魔素量でいうならば、新兵試験には通らないレベルばかりだ。

 これを鍛えるのは骨が折れるな、そう感じた。


 ダイルは、メラルダ将軍の本隊と合流した日のことを思い出した。


 到着の報告をして、ちょうど基礎訓練の話を将軍としていたとき、同じ軍団長のバルタサールが陣の配置に横やりを入れてきたのだ。


 別段、我を通す必要性を感じなかったダイルは本隊勤務を譲ると話し、将軍もそれを認めた。

 その結果、ダイルたちの部隊が前線下の砦勤務に変わっている。


 基本訓練ももちろんそこで行われる。

 ダイルはすぐ部下を砦に向かわせ、訓練場の設置をやらせた。


 熟練兵は毎年訓練場を作っているので、手間がかからずにできあがる。

 巨人族が張り切っているというので、一日、二日で完成すると思われた。


 その後の会議で、ゴーランがバルタサールと衝突した。

 正直言って、あの魔素量では相手にならないと分かっていた。


 止めようとすると、将軍に目で制された。

 だれも手を出すなと言いたいらしい。


 数秒も持たず、肉塊になるかと思われたそれは、将軍がバルタサールを守りに入ることで中断されるという、天変地異のごとき事態を引き起こした。


 小さな虫が大型動物を倒すことがあるが、それは数を頼みに襲いかかるからである。

 一対一でゴーランがバルタサールを圧倒したとき、開いた口が塞がらなかった。


 結局最後までゴーランの有利は変わらず、バルタサールは軍役を解かれ、不名誉除隊という情けない状態で故郷に帰ることになった。


 あれはグランガチ族をまとめる総領家の者だったはずだ。

 もはや再び浮かび上がることはないだろう。


 バルタサールのあとを引き継いだのは、同じグランガチ族のエクシールという者だった。

 怜悧で鋭い目つきの女性というのがダイルの感想だ。

 なんにせよ、これで訓練に集中できる。ダイルはそう思った。




 二日目の訓練を終えて休んでいると、来客があるという。


「ダイル軍団長、少しよろしいだろうか」

「これは、ハルム殿。いかがなされました?」


 やってきたのは、将軍の副官ハルムだった。

 ハルムは晶竜族で、同じ晶竜族の副官ミニシェとともに、将軍を陰ながら支えている。


 いまハルムは我が軍に、ミニシェは将軍の側についている。


「今日のオーガ族の訓練風景を見たのだが」

「そのことでしたか。みごとクリアされてしまいました」


 いま自分が悩んでいるのがそれである。

 あれは本来、数日かけて少しずつ理解していくものだったのだ。


 戦争は個人の力量がものをいう。だが、多くの兵はそうではない。

 二人、三人で敵と当たらなければ、勝てない敵も多い。


 移動にしてもそうだ。

 荷物を分担して持ち、動けない者がいたら担ぐ。


 そうやって連帯感を植え付けていくのだが、実戦でそれをいきなりやれと言われてもできない。

 ゆえに訓練で身につけさせるのが狙いなのだ。

 だが訓練二日目にして、早々にクリアされてしまったのだ。


「事前に知っていたわけではなさそうだが」


「そうでしょうね。初日は散々でしたので、おそらく途中で気付いた者がいたのでしょう。たった一晩で解決策を見つけ、群れを率いる者が修正させたのだと思います」


 不思議なことにあれだけ好き勝手やっていた連中が、翌日には一糸乱れぬ行動を起こすようになっていた。

 不思議を通り越して、奇跡を見ているようだった。


「明日からどうするつもりだ?」

「次に進めるのはオーガ族だけですので、いっそどこまでやれるのか見てみる予定ではあるのですけど」


「二つ目の訓練か。究極の選択をさせるわけだな。どのみち失敗するわけだが、少々早くないか?」

「将軍からは、選抜組ではないので、ある程度納得したら先へ進めていいと言われておりますので」


「なるほど。本来私も明日、用事があるのだが、気になるので訓練を見させてもらってよいだろうか」

「構いませんが……どうせ失敗する訓練ですが」


「だからこそだ。どうしくじるのか興味がある」


「分かりました。では話を通しておきます。好きな場所でご覧になってください」

「よいのか?」


「ええ、もちろんです」

「では中から(・・・)みたいのだが、よいだろうか」


「中からですか……構いませんが」


「それはありがたい。では明日、よろしく頼む」

「はい。でしたら、夜にでも話をお聞かせください。彼らがどう選択したのかを」


「分かった」

「では明日」

「うむ、明日。楽しみだな」


 軍団長のダイルと晶竜族のハルムは握手して別れた。



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