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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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 俺たちは部隊ごと移動し、高台の砦に到着した。

 率いたのは軍団長のダイル。


 ダイルとはここまで一緒に旅をしてきたことで、ある程度打ち解けている。

「……はずなんだけどな」


 移動が決まったので挨拶をしに行ったら、「控えてくれよ、いろいろと」と言われてしまった。何をだ?


 この砦は小高い丘の上にあり、周辺の景色が展望できるとても良いところだ。

 すぐ下に川があり、そこからは高い崖になっている。


 攻めるに難いこの砦は、戦略的に重要な位置を占めると思われる。


「やはり、バルタサールはいい場所に配置されていたんじゃ?」

 そう思ってしまう。


 ここはどこへでも救援に駆けつけやすく、守りも堅い。

 一番後詰め兵の温存に適した立地といえる。


 俺たちはここに寝泊まりし、前線の三部隊の戦況を見守りつつ、訓練に明け暮れる感じになっている。


 予想される期間はおよそ半年。

 長くて二年半というのだから、気の長い。


 その二年半が来るよりも先に、この周辺国の事情は大きく変わるだろう。




「これより基礎訓練を始める。といっても、走ってもらうだけだが」


 俺たちが到着したときにはすでに訓練場は完成していた。

 軍隊の訓練など受けたことがないため、どんなものかと思っていたが、なんと種族毎に別れて行うらしい。


 というわけで、オーガ族は全員参加だ。

 戦わない事務方ですら基礎訓練を受けるのだから、俺だってサボれない。


 今までは訓練を施す側だったが、シゴかれる立場になったわけだ。


「ルートは覚えたな。まずは十周だ。それ走れ!」


 訳も分からず走らされた。

「うがぁああああ」

「ひゃっほ~~」


 仲間のオーガ族はみなダッシュしている。

 十周するのだが、分かっているのだろうか。


 この訓練、世界の軍隊でも実装されているやつだった。もちろん日本の自衛隊でも。

 俺も高校の時に学校の授業で受けたことがある。「サーキット」と呼んでいた。


 いく先々に障害物があり、それを乗り越えていく感じだ。


 オーガ族は総勢二十名。

 めいめい駆けていって、最初の泥山で振り分けられた。


 足場が滑り、頂上付近の傾斜がかなり急になっているため、転がり落ちるのだ。

 すると下の者を巻き込んで下まで一直線。


「てめえ、何しやがんだ!」

「てめえが避けねえからだろ」

 という具合に、下で喧嘩が始まる。


 それを抜けると、高い壁がある。

 みな手も足も泥だらけだから滑る滑る。


 丸太を組んだ壁なので、へこみに足先や指をかけて慎重に登ればいいはずなのだが、とにかく滑るので、なかなか進まない。


「どけっ! オレがやる」

「んだと、てめえこそどけ!」

 とまあ、壁の下で喧嘩が始まる。


 丸太通しでは、池に丸太が縦に繋がれて浮かんでいる。

 うまく駆け抜けないと池に落ちる。落ちたら泳いで元の場所まで戻ってやり直しなのだが、これは先に渡った者のすぐ後に誰かが乗ると、バランスを崩して前の者が落ちる。


 後ろの者が進むと、またその後ろに誰かが来るので、やはり前にいる者が落ちる。

「てめえ、揺らしやがったな!」

「早く渡らねえのが悪いんだろ!」

 という感じで、喧嘩が始まる。


 結局、全員が十周するのに夜までかかってしまった。




 その日の夜。

 これはいけないと思い、俺は全員を集めた。


「今日は散々な出来だったはずだ。明日もまた今日と同じだぞ。お前らはどうするつもりだ?」


「だってよぉ、コイツが邪魔をするんだぜ」

「邪魔なのはてめえだろうが!」


「喧嘩は止めろ!」

「「はい」」


 普段フリーダムなくせに、俺が言うと静かになるんだよな、こいつらは。


「今日の訓練で分かったことがあるか?」

 俺はあえて聞いてみた。


「やりにくかった」

「面倒だった」

「なにをしているのか分からなかった」


「……うん、もういいや」

 気付いた者がいたらいいなと思ったが、正解を得るにはちょっとばかり、頭がアレだった。


「なんだよ、ゴーラン。変な顔をして」

「お腹でも痛いの?」


「色々と悩みは尽きないと思ってな……それでおまえら、よく聞け」

 俺が言うと、全員私語をやめた。いい感触だ。


「今日は散々だった。それには理由がある。いまから言うことをよく覚えておけ。あれは全員が協力して乗り越えるための訓練だ。途中で仲間を出し抜こうとしたり、蹴落としたり、喧嘩したりするのは言語道断だ。自分だけがゴールすればいいんじゃない。全員が一緒にゴールするために協力しあうんだ」


「でもそれじゃ、誰が勝ったか分からなくなるよ」

「黙ってろ、この駄妹。あれはレースじゃない。勝ち負けはそもそもないんだ。十周終わったらおしまいと聞いただろ? 今日も順位をつけてなかっただろうが」


「あれ? そうだっけ?」


「もし勝ち負けがあるとすれば、教官が予想した時間よりも早く全員が終われば勝ち。そうでなければ俺たち全員が負けだ。そう思っておけ」


 個人ではなく、集団の勝ち負けが決まるというのがどうにも理解し難いらしく、ベッカもしきりに首を捻っていたが、戦争で敵の大将を倒せば俺たちの勝ちだろ? と言うと、素直に納得してくれた。


 サーキットを短時間で終わらせる=戦争で勝つ、と同じだと理解したらしい。


「そういうわけで、明日のやり方を伝える。よく覚えるんだぞ、いいな!」

「「はいっ!!」」


 というわけで俺は、脳筋連中にサーキット対策を伝授した。


 明けて翌日。

 最初の泥山は、数人が山の麓にうつ伏せになり、次々と肩車をしながらうつ伏せした者たちが増えていく。


 後から来る者はその上を通り、後から登った者全員が頂上に到達すると今度は、麓にいた者たちを引っ張り上げる。

 それを繰り返すことによって、一度で全員が泥山をクリアしていった。


 次は丸太の壁である。

 やはり誰かが足場になり、その上に乗る形で壁を越えていく。

 壁を越えた者が下の者をひっぱり上げることで、足場の者たちも軽々と壁を越えていく。


 一本丸太は、最初に渡った者が二本目に至る前に池に落ち、丸太が動かないように支える。二人目は、二本目の丸太で同じようにする。

 こうしてすべての丸太を固定し終えたら、残りの全員が渡る。


 あとは丸太を支えていた者が順番に渡っていけばクリアとなる。


 このようにしてすべての障害物を、全員が協力してクリアすることに力を注いだ。

 すると、昨日とは打って変わって、昼を待たずに十周をクリアしてしまった。


 ベッカ風にいうならば、「勝った」ということだろう。




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