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俺たちは部隊ごと移動し、高台の砦に到着した。
率いたのは軍団長のダイル。
ダイルとはここまで一緒に旅をしてきたことで、ある程度打ち解けている。
「……はずなんだけどな」
移動が決まったので挨拶をしに行ったら、「控えてくれよ、いろいろと」と言われてしまった。何をだ?
この砦は小高い丘の上にあり、周辺の景色が展望できるとても良いところだ。
すぐ下に川があり、そこからは高い崖になっている。
攻めるに難いこの砦は、戦略的に重要な位置を占めると思われる。
「やはり、バルタサールはいい場所に配置されていたんじゃ?」
そう思ってしまう。
ここはどこへでも救援に駆けつけやすく、守りも堅い。
一番後詰め兵の温存に適した立地といえる。
俺たちはここに寝泊まりし、前線の三部隊の戦況を見守りつつ、訓練に明け暮れる感じになっている。
予想される期間はおよそ半年。
長くて二年半というのだから、気の長い。
その二年半が来るよりも先に、この周辺国の事情は大きく変わるだろう。
「これより基礎訓練を始める。といっても、走ってもらうだけだが」
俺たちが到着したときにはすでに訓練場は完成していた。
軍隊の訓練など受けたことがないため、どんなものかと思っていたが、なんと種族毎に別れて行うらしい。
というわけで、オーガ族は全員参加だ。
戦わない事務方ですら基礎訓練を受けるのだから、俺だってサボれない。
今までは訓練を施す側だったが、シゴかれる立場になったわけだ。
「ルートは覚えたな。まずは十周だ。それ走れ!」
訳も分からず走らされた。
「うがぁああああ」
「ひゃっほ~~」
仲間のオーガ族はみなダッシュしている。
十周するのだが、分かっているのだろうか。
この訓練、世界の軍隊でも実装されているやつだった。もちろん日本の自衛隊でも。
俺も高校の時に学校の授業で受けたことがある。「サーキット」と呼んでいた。
いく先々に障害物があり、それを乗り越えていく感じだ。
オーガ族は総勢二十名。
めいめい駆けていって、最初の泥山で振り分けられた。
足場が滑り、頂上付近の傾斜がかなり急になっているため、転がり落ちるのだ。
すると下の者を巻き込んで下まで一直線。
「てめえ、何しやがんだ!」
「てめえが避けねえからだろ」
という具合に、下で喧嘩が始まる。
それを抜けると、高い壁がある。
みな手も足も泥だらけだから滑る滑る。
丸太を組んだ壁なので、へこみに足先や指をかけて慎重に登ればいいはずなのだが、とにかく滑るので、なかなか進まない。
「どけっ! オレがやる」
「んだと、てめえこそどけ!」
とまあ、壁の下で喧嘩が始まる。
丸太通しでは、池に丸太が縦に繋がれて浮かんでいる。
うまく駆け抜けないと池に落ちる。落ちたら泳いで元の場所まで戻ってやり直しなのだが、これは先に渡った者のすぐ後に誰かが乗ると、バランスを崩して前の者が落ちる。
後ろの者が進むと、またその後ろに誰かが来るので、やはり前にいる者が落ちる。
「てめえ、揺らしやがったな!」
「早く渡らねえのが悪いんだろ!」
という感じで、喧嘩が始まる。
結局、全員が十周するのに夜までかかってしまった。
その日の夜。
これはいけないと思い、俺は全員を集めた。
「今日は散々な出来だったはずだ。明日もまた今日と同じだぞ。お前らはどうするつもりだ?」
「だってよぉ、コイツが邪魔をするんだぜ」
「邪魔なのはてめえだろうが!」
「喧嘩は止めろ!」
「「はい」」
普段フリーダムなくせに、俺が言うと静かになるんだよな、こいつらは。
「今日の訓練で分かったことがあるか?」
俺はあえて聞いてみた。
「やりにくかった」
「面倒だった」
「なにをしているのか分からなかった」
「……うん、もういいや」
気付いた者がいたらいいなと思ったが、正解を得るにはちょっとばかり、頭がアレだった。
「なんだよ、ゴーラン。変な顔をして」
「お腹でも痛いの?」
「色々と悩みは尽きないと思ってな……それでおまえら、よく聞け」
俺が言うと、全員私語をやめた。いい感触だ。
「今日は散々だった。それには理由がある。いまから言うことをよく覚えておけ。あれは全員が協力して乗り越えるための訓練だ。途中で仲間を出し抜こうとしたり、蹴落としたり、喧嘩したりするのは言語道断だ。自分だけがゴールすればいいんじゃない。全員が一緒にゴールするために協力しあうんだ」
「でもそれじゃ、誰が勝ったか分からなくなるよ」
「黙ってろ、この駄妹。あれはレースじゃない。勝ち負けはそもそもないんだ。十周終わったらおしまいと聞いただろ? 今日も順位をつけてなかっただろうが」
「あれ? そうだっけ?」
「もし勝ち負けがあるとすれば、教官が予想した時間よりも早く全員が終われば勝ち。そうでなければ俺たち全員が負けだ。そう思っておけ」
個人ではなく、集団の勝ち負けが決まるというのがどうにも理解し難いらしく、ベッカもしきりに首を捻っていたが、戦争で敵の大将を倒せば俺たちの勝ちだろ? と言うと、素直に納得してくれた。
サーキットを短時間で終わらせる=戦争で勝つ、と同じだと理解したらしい。
「そういうわけで、明日のやり方を伝える。よく覚えるんだぞ、いいな!」
「「はいっ!!」」
というわけで俺は、脳筋連中にサーキット対策を伝授した。
明けて翌日。
最初の泥山は、数人が山の麓にうつ伏せになり、次々と肩車をしながらうつ伏せした者たちが増えていく。
後から来る者はその上を通り、後から登った者全員が頂上に到達すると今度は、麓にいた者たちを引っ張り上げる。
それを繰り返すことによって、一度で全員が泥山をクリアしていった。
次は丸太の壁である。
やはり誰かが足場になり、その上に乗る形で壁を越えていく。
壁を越えた者が下の者をひっぱり上げることで、足場の者たちも軽々と壁を越えていく。
一本丸太は、最初に渡った者が二本目に至る前に池に落ち、丸太が動かないように支える。二人目は、二本目の丸太で同じようにする。
こうしてすべての丸太を固定し終えたら、残りの全員が渡る。
あとは丸太を支えていた者が順番に渡っていけばクリアとなる。
このようにしてすべての障害物を、全員が協力してクリアすることに力を注いだ。
すると、昨日とは打って変わって、昼を待たずに十周をクリアしてしまった。
ベッカ風にいうならば、「勝った」ということだろう。




