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オレはいま、震える足で立っている。
ギリギリで『オレ』が間に合ったが、これ、どうすんだ?
まったく身体が動かねえんだが。
「ゴーランよ……おぬし、魔素が二倍、いや、三倍近くに膨れあがってないか?」
さすがはメラルダか。きっちりとこっちの魔素量を測ってきやがる。
「魔素どうこう言っているうちはまだ、それに振り回されている三下だぜ」
だからオレはそう言ってやった。
魔素量が強さに直結しているのは、下位か中位の種族がほとんど。
より上位になれば、種族の得手不得手を上手く使ったり、特殊技能や戦闘経験で結果をひっくり返すのは可能となっている。
あえてそこを指摘してやると、メラルダは顔を引きつらせた。
さすがに大国の将軍に向かって三下はないか。
「おぬしの言うとおりじゃな。我が同じ強さで殴ったバルタサールは、ほれこの通りじゃ」
「それで一度ならずも、二度まで喧嘩を取り上げたわけはなんだ? まさか部下の喧嘩全てに関わっているのか?」
「それは正直済まんかった。あの場を収めるにはそれしかないと思ったのじゃ」
「収まってねーよ」
「はっ?」
「だから収まってねえって言ってんだ。よく見ろ、オレは健在だぜ。だからさっきの喧嘩はまだ有効だ」
「おぬし、何を言うておる。バルタサールはもう意識がないぞ。どんなに軽くても数日は目を覚まさん」
メラルダが慌てた声を出す。ちょっとおもしれえ。
『俺』が相手をしていたときに、こんな慌てた声を出さなかったはずだ。
だからオレは首を傾け、やや上目遣いに言ってやった。
「でっ?」
「………………」
助かった。少しだけだが、回復してきた。さすがオーガ族の肉体だけのことはある。
絶句したメラルダを放って、オレはバルタサールの方へ歩を進めた。
「まっ、待て待て待て! 相手は気絶しているのだぞ」
「だからそれはアンタがやったんだろ。オレとコイツの間は、何一つ変わってねえ」
吹っ飛ばされたとき、よく太刀を手放さなかったな。凄いぜ、『俺』。
オレは太刀を両手で握りしめた。握力はまだ戻ってねえな。
「何をするのじゃ?」
「ここまで来て分からねえのか? さすがに日和りすぎだぜ、将軍さんよ」
太刀を振り上げて下ろす。ただそれだけの動作さえ、出来るか分からねえ。
途中ですっぽ抜けたりしないだろうか。
「止め、止めるのだ、ゴーラン!」
「三度目」
「ん?」
「俺が勝利する目前で喧嘩を止めるのが三度目って言ってんだ。アンタも将軍なら、そんなみっともないことは止めな。それにコイツは仮にも軍団長だ。負けた責任は取るのが筋ってもんだろ」
よし、握力が戻ってきた。これなら行けるか。
オレはゆっくりと太刀を振り上げた。
狙うは奴の首。一太刀で無理なら、首を落とすまで何度でもやってやる。
「バルタサールの負けじゃ。ゴーラン、お主の勝ちじゃ。我が認めよう」
「……駄目だ?」
「なぜじゃ?」
「本人が認めないことには、オレたちの勝負は終わらねえ」
「だから気絶しておるではないか」
「それは関係ないと言っているだろ」
「どうすればいいんじゃ?」
「これは奴が売って、オレが買った喧嘩だ。完全に勝負がつくまで止めるつもりはねえ」
「我の権限をもって、この勝負はゴーランの勝ちとする。再戦は認めん。それでどうじゃ?」
「奴は納得しねえだろうよ。顔を見れば喧嘩を売ってくる」
「それもさせん。今回の失態で軍団長の任を解こうと思っていたのじゃ。バルタサールは町に返す。ゆえに再戦も、顔を合わせることもない」
「オレに対してはな。だが部下たちには分からねえ。オレを引きずり出す為に仕掛けてくることもある。仕返しってやつだな。そんな面倒なことをするまえに、ここで首を落とした方が楽だろ」
「分かった。お主らは我の客人じゃ。ゴーランとその部下たちに喧嘩を売る者は降格、もしくは軍を放逐させる。例外はない。兵だけではない。軍団長もだ。それが発覚した場合は、理由の如何を問わずいま言ったことを実行する。それでどうじゃ?」
「……ふん。そこまでして命拾いさせたいか」
「ファルネーゼが言うておったわ。ゴーランは全方位に喧嘩を売って、ことごとく勝利してしまうと。魔王様相手でもお構いなしだろうから、扱いにはくれぐれ注意してくれと言われたが、眉唾物と思っておったのに」
魔王に喧嘩を売る?
なんて風評被害だ。
メラルダは、オレが振り上げた太刀を下ろしたのを見て、ようやく息を吐いた。
そして恨みがましい目をオレに向けてくる。
「それにおぬしの好きにさせたら、バルタサールだけでなく、我が軍の軍団長全員に喧嘩を売るじゃろ」
「オレは売られた喧嘩を買っているだけだぞ」
なんで売っていることになるんだ?
「ここでしっかり止めねば、第二、第三のバルタサールが出たときに止められんわ。ということで、これで決着。よいか我が部下たちよ。今後、ゴーランを含めた客軍にみだりに喧嘩を売った場合、理由の如何を問わず、除籍とする。除籍覚悟で喧嘩を売ってみろ。我が直々にキッチリ報復するからそのつもりでおれ、よいな」
周囲が静まりかえった。
メラルダがオレの方を見てくる。
「ああ、それでいいぜ。付け加えるなら、オレたちの側から喧嘩を売った場合はその限りじゃないってのを付け加えてくれ。こっちも喧嘩っ早いのがいるんでな。それを受けるなとは言えねえ」
「分かった。聞いた通りじゃ。ほれ、解散」
メラルダが手を叩くと、みな蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
よほど怖いのだろう。
「……リグ」
「はっ、ここに」
「済まねえが、気絶するから後をよろしくな」
どうやらオレが出ていられる時間が限界らしい。
今回は短いな。
身体のダメージ分、短くなったかな。まあ、しかたねえ。
ただ、俺に身体を返すと、また気絶しちまうからな。
おそらくだが、俺の希望通りの結末になったんじゃねーの?
そう思ったときにはもう、オレの意識は闇の中に沈んでいた。




