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魔界本紀 下剋上のゴーラン  作者: もぎ すず
第4章 嗚呼無情編
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 彼らのいう基礎訓練とは何なのか。

 嫌な予感がするが、ここはぜひとも聞いておきたい。

 というわけで、質問してみた。


「そうだな、わが国の兵について少し話をしたいのだが、よいか?」

「はい、お願いします」


 魔王トラルザードの国。

 小魔王メルヴィスの国とは、国土の広さも、兵の強さもまったく比較にならないほど違う。

 正直、どのような兵の運用をするのか、非常に興味がある。


「わが国の兵は、志願すれば誰でもなれるわけではない」

「そうなのですか?」


「そちらの国は違うのか?」

「基本は徴兵ちょうへいですね。何人出すようにと村に伝達が来るので、それに従う感じです」


「それでは兵として使えるか分からない者が来ることもあるだろう」

「まあ、そうですけど、徴兵とはそういうものでは?」


 他にも兵役に就きたい者とそうでない者がいる。


 それでも家からひとりも出さないと色々と拙いので、「しょうがないから、お前が行け」などと言われて、長男が兵にかり出される。


 長男が戦死すると、「じゃあ、次はお前だ」と次男が戦場に向かう。

 どこの家でも見られる光景だ。


 かくいう俺の家もそうだ。

 兄が魔法で吹っ飛んだらしいので、行ってくれと親に言われた。


 なんともあんまりな言い方だが、死体が発見されていないのだからしょうがない。

 魔法で身体が吹っ飛んだのを見たという仲間の証言と、小競り合いが終わって陣に戻ってきたら、兄は戻っていなかったから、死んだんだろうと結論づけたわけだ。


 俺もそれを疑問なく受け入れて戦場に向かった。

 だが、魔王トラルザードの国は違うらしい。


「わが国では、戦場で活躍すると名が広まる。十分名が広まれば昇進するし、そうでなくても、活躍した順に恩賞が出る。戦場働きで恩賞をもらうのは名誉とされている」

「はあ……」


 恩賞か。俺は貰ったことないな。……いや、刀をもらったな。あれも恩賞だな。

 昇進といえば、部隊長に……ってあれは下克上で俺が奪ったのか。

 でも村に帰ったらコキ使われただけだった。


「出世の近道は兵になることだ。よって、志願者が後を絶たない。だが、全員を兵にすると困ったことがある」


「食糧が足らなくなりますね」

「……分かるのか」

 驚かれた。


 昔から軍隊とメシは切っても切り離せない関係だ。


 圧政に苦しんだ者が反乱軍として立ち上がり、いざ首都に攻め上がったなんて話になったら、出発したときは一万だった軍が、首都を包囲するころには十万に膨れあがっていたなんて話もある。


 そこまでくるともう、喰わせるだけで大変だ。

 周辺の村や町で略奪しない限り、養えなくなる。


 そんな例は過去の歴史上、いくらでもある。


 戦争以外でもそうだ。

 日本の関西で起きた大地震に、日本各地から多くのボランティアがかけつけた。


 震災で現場が混乱する中、ボランティアたちが身ひとつで来たものだから、彼らが食べるもの、寝るところを用意するのは大変だったと聞いている。


 その後の教訓で、東北や九州で地震が起きたとき、ボランティアたちは自前の食糧を持参して駆けつけるという意識の高さを見せた。

 日帰りの参加や、自分で寝床を用意できない者は、あえて参加しない配慮もあったという。


 これらから分かる通り、身ひとつで参加されて困る場面など、いくらでもあるのだ。


「そういえば、先ほど兵の選抜と言っていましたが」

「……ああ。そうだ。規定以上の数は受け入れられない。ゆえに選抜することになる。見るのは主にやる気と実力だな」


 身分や頭の良さ、さらに性格や人間性とかではないらしい。

 兵を募集するのだから、当然か。


「それで選抜に合格した者が兵になる……いや、兵として使う前に訓練するんですね」

「ほう」


「実際に戦場に赴くのは兵の一部でしょう。減った分を補充するために他の者は控えにまわっているのでは? その間、訓練していれば、補充されたときに古参の兵に交じっても動けますからね」


「その通りだ。ならば話は早い。選抜に受かった者が受けるのが基礎訓練。そこで兵の心構えと、基本的な力や動きを覚えてもらうことになる」


「俺たちがそれを受けるのですか」


「そうだ。基礎訓練が終わった順に、実戦訓練というものがある。これはわが国の戦略にも関わることなので、俺がこの場で言えるか分からんが」


「なるほど。分かります」


 戦術的な動きを叩き込むのだろう。

「密集陣形を作れ」と言われれば、そのように動かねばならないし、「突出するな」と言われれば、そこで立ち止まる動きが求められる。


 どのくらいの時間で、どんな密集陣形を作って、どう守るのか。

 それは軍事機密と言ってよい。


 オーガ族のように「進め」だけしか命令を受け付けないのとは違う。

 秘密があってしかるべきだ。


 そもそもこれをスポーツにたとえれば、入団試験を経て、チーム練習。そこで一軍と二軍が決まり、二軍の中から一軍へ昇格するのを目指しつつ、自分自身を鍛えるのに似ている。

 フォーメーションの練習など、他のチームに見せられないのは常識だ。


「その基礎訓練だが、各種族の適性を考慮しつつ、調整するつもりだ」

「でしたら、各種族にヒアリングを実施してもらえますか?」


「ヒアリング? 何を聞けと?」


「そうですね……出来ること、出来ないことは当然として、得意不得意でしょうか。一度話してみると、より種族を理解できると思いますので」


「……それはそうかもしれんな」

 ダイルは深く考え込んだ。


 たとえ、はるか格下の者の意見でも、しっかりと聞く耳を持っているようだ。


「分かった。移動はまだまだかかる。様子をみつつ、そのヒアリングとやらをしてみよう」


「配慮、ありがとうございます」


 これで無茶な命令はなくなるのではなかろうか。

 おれは、興味深そうに見ているミニシュとダイルには気付かず、胸をなで下ろしていた。




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