135
魔王トラルザード領へ赴き、メラルダ将軍の部隊と合流した。
すぐに代わりの部隊を送ると言われ、俺たちはそのまま魔王領を横断するように告げられた。
すでにメラルダはここにいない。
軍も半数は移動を開始していた。
俺たちも別の部隊と合同で、西方へ向かう。
「道中はわたしに従ってください」
そう言ったのは、晶竜族のミニシュ。
メラルダ将軍と一緒に俺たちの国に来た者の一人だ。
見た目は背の高い女性。浪人のような着物を着ている。
柄は女性向けなので違和感がないが、元日本人の俺からすると、西洋の女性が日本で浴衣を着たイメージに繋がる。
ちなみにこのミニシュさん。
役職は、メラルダ将軍の副官。
事務関連の副官らしいので、軍事面ではまた別の者がいるのだと予想できた。
だが、魔素量は俺の数倍ある。多すぎて俺には判断付かないが、サイファいわく、俺の三倍と四倍の中間くらいだそうな。
戦っても絶対に勝てないからやめとけとサイファに何度も言われた。
俺を何だと思っているんだか。
俺は心のなかで、ミニシュさんを文官と位置づけた。
文官でこれなら、武官の副官はどのくらい強いのか気になる。
「もう、ミニシュさんがレニノスを倒せばいいんじゃないのかな」
そう言いたくなってきた。
移動を始めて数日もすると、この環境に慣れてきた。
軍のことなどをミニシュさんに聞いてみたら、いろいろと教えてくれた。
といっても機密事項には触れないことばかりだが。
メラルダ将軍はもうすぐ国の西方に到着するだろうとのこと。
ネヒョルが暴れた影響で、あっちはかなりゴタゴタしているらしい。
しかも嫌な兆候があるとか。
嫌な兆候――つまり、天界から侵攻してくる可能性が出てきたようだ。
これは『試しの穴』と呼ばれる、天界の住人が魔界の様子を探るために開ける小さな穴が確認されたかららしい。
数時間程度で閉じてしまうので、それを見つけたのは運が良いとミニシュさんは言っていた。
もちろん『試しの穴』が開いたからといって、そこから侵攻してくるわけではない。
可能性のひとつというレベルの話だ。
そしていま移動中の俺たち。
これは晶竜族のミニシュさんが中心となっている。
移動の第二陣という位置づけらしい。
戦力としてはもっとも弱く、俺たちというお荷物もいる。
上の者の中で一番子守が出来そうなのがミニシュさんなのではないかと、俺はこっそり思っている。
最後は、いまだ東の国境付近に張り付いている部隊だ。
率いているのはミニシュさんと同じ晶竜族のハルムさん。
何かあったら、一国を滅ぼすレベルの部隊を残しているそうな。
もう少し詳しく教えてくれと粘ったら、メラルダ将軍には軍団長が五人いて、メラルダ将軍についていったのが二人、俺たちと一緒に移動しているのが一人、東に残ったのが二人ということだった。
軍団長二人の部隊で、小魔王国を落とせるらしい。
そうミニシュさんが言い切っていた。こえーと思ったのは内緒だ。
ただここは魔王国。
あまり小魔王国併呑に色気を出すと、他の魔王国を刺激するので、なるべく控えたいとのこと。
たしかに、近隣の魔王国……たとえば、魔王ジャニウスが小魔王国に次々とちょっかいを出したら、別の魔王国は「早めに叩いておかないと手が付けられなくなる」と思うだろう。
戦力が拮抗している状態ならば、黙ってみていると差は開くばかり。動くのは当たり前だ。
そういった警戒を抱かせないためにも、魔王国の動きは慎重にならざるを得ないのだという。
弱小国とはまた違った意味で大変だと思う。
「そういえばまだ軍団長を紹介していませんでしたね」
ミニシュさんからそう言われ、たしかにそうかもと思い出した。
興味が無かったのと、俺たちの部隊だけで固まって移動していたので、数日経ってもまだ、他の兵たちとも、あまり親しくなっていなかった。
とりあえず俺と顔合わせということで、ミニシュさんに連れられて陣の中を歩く。
連日の強行軍で出た疲れを取り除くため、明日一日はここでゆっくりすることになっていた。
「紹介しましょう、彼は軍団長のダイル。岩獅子族です」
紹介されたダイルは、オーガ族の俺より背が高い。
しかも身体の周辺は硬い鎧のような岩に守られていた。
顔はまんまライオン。目つきが鋭く、間近で睨まれたら殴りかかってしまいそうなほど怖い。
怖いなら殴りかかるなと言われそうだが、殺られる前に殺るしかないのが魔界だ。
怖かったらとりあえず殴っておくのは基本といえよう。
「よろしくお願いします」
さすがに戦ったら勝てないと思わせる。
これはファルネーゼ将軍よりも強いんじゃなかろうか。
身体能力では完全に圧倒していると思う。
これで軍団長というのだから、魔王トラルザード。どれだけ層が厚いんだか。
「彼はゴーラン。二百名の部隊を率いる長だ。メラルダ様から話は聞いていると思うが、小魔王メルヴィスの国から来た客分と考えてもらいたい」
……客分。まあ、使いものにならないと言われたようなものだ。
それでも前線で働けと言われるよりかはマシ。なので、笑顔で頷いておく。
一方、ダイル軍団長は、ミニシュさんと俺の顔を交互に見て、二百名の部隊の長? としきりに首を捻っている。
おそらく俺が下位種族のオーガ族であることとか、部下を率いているわりに魔素量が少ないとか思っているのだろう。
事実なので、腹は立ったりしない。
「互いに顔を合わせることもあると思う。仲良くしてほしい」
「はい」
俺は素直に答えた。
「分かりました。……それで彼らは客分ということで、選抜はなかったわけですね」
「他国の者たちですから、当然でしょう」
「基礎訓練はどうします?」
ダイル軍団長がなにやら不穏なことを言った。基礎訓練?
「メラルダ様は、例外なく受けてもらうと申してました」
「なるほど……俺が担当するわけですか」
「そうです。大丈夫ですか?」
「現地に着いてからになりますが……そうですか。基礎訓練ですか」
ダイル軍団長の目が、可哀想な者を見る目に変わった。
これは聞いておいた方がいいやつだ。
俺は額から流れる一筋の汗を拭い、意を決して口を開いた。
「その、基礎訓練というのは、一体どのようなものなのでしょう」と。




