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○エルスタビアの町 ファルネーゼ
「王城から使者がやってきただと?」
「緊急だそうです」
ファルネーゼはすぐに使者と面会した。
場所はファルネーゼの執務室。
同じ部屋に兵士はいない。文官がひとりいるだけだ。
「どうした? 何があった?」
使者の切羽詰まった顔を見て、嫌な予感が頭をよぎった。
「ダルダロス将軍から、ロウスとクルルの両方は受け止められないと、王城に連絡が入りました」
いまは、二国の侵攻を将軍ひとりに任せてしまっている状況である。
「そうかもしれんな。現状はどうなっている?」
「自国内ですので、防衛は容易です。強固な陣を各所に築いて防衛中とのこと。ただし、押し返すには戦力が足らないと。また、長引けば撤退もやむなしと報告を受けています」
耐えることはできるが、それだけ。じり貧ということだ。
敵戦力を考えれば、致し方ない事かもしれない。
「それでも今は、侵攻を受け止めているのだな」
「はい。ただし、いくつか抜けてくる部隊もあるようです」
敵は複数のルートを利用して侵攻している。
当然、目が届かないルートもあるだろう。敵が丁寧に侵攻ルートを教えてくれるわけではない。
国土はそれほど広くないため、抜けられた場合は直接王城に到達される可能性が高い。
「城へ到達した敵部隊はいるのか?」
「二部隊がやってきましたが、いずれもアタラスシア様が迎撃に出て、蹴散らしています」
「そうか。それはよかった。ただ、今後も増えそうだな」
抜けるルートがあると分かれば、敵はそこを突いてくる可能性がある。
副官のアタラスシアが王城に詰めているかぎり、滅多なことはおきないと思うが、ネヒョルのこともある。
王城で迎撃するよりも、もっと別の場所に陣を敷いた方が良いとファルネーゼは考えた。
(……それだと、結局迎撃に出るのと変わらなくなるか。いっそ、レニノス領へ張り付かせているツーラート将軍を戻させるか)
難しい選択を迫られるとファルネーゼは思ったが、ここで安易に判断を下し、選択を間違えてしまうと大変なことになる。
「他に報告は?」
「ダルダロス将軍は、クルルからの侵攻を止めるために出陣しました」
「将軍自ら前線に出るか。いよいよ尻に火が付いたな」
前線に出てしまえば、他の部隊への指示は出せなくなる。
「ファルネーゼ様には、ロウスの軍を後ろから襲撃してもらいたいとのことです」
「ロウス軍か……」
ゴーランからの話もあったが、いまロウス軍はこの町から近い場所にいる。
ダルダロス将軍も、それをアテにしてクルルの軍の迎撃に出たのかもしれない。
「魔王トラルザードからの援軍が到着してから動くつもりだったが、それでは間に合わんか?」
「ダルダロス将軍の見立てでは、そろそろ限界であると」
「そうか……」
ダルダロス将軍がクルル軍との戦いに赴いたことで、ロウス軍の動向が把握できなくなっている。
ここはなにを置いてでも駆けつけた方がよいのかもしれない。
もしファルネーゼが向かわねば、最悪敵の本隊が防衛戦を抜いてくるかもしれない。
そうすると敵の大軍が王城に到達してしまう。
「……仕方ないか」
トラルザード領から味方となる部隊がやってくるとしても、あと数日はかかる。
それをアテにしてここにいては、間に合うものも間に合わなくなる。
「出撃いただけるのでしょうか」
「ああ。客のもてなしは家の者に任せることにしよう。それより早くしてほしいのだろう? ロウス軍のルートを教えてくれ」
「は、はい! 敵の侵攻ルートはこちらにあります」
使者は地図を差し出した。
そこには敵味方の予想される勢力図と、これまで戦っていた場所などが書き込まれていた。
地図の内容を読み解くと、ファルネーゼの眉間に深いシワが寄った。
この町からたった一日半の距離にある場所で、かなり危険な戦いをしているのだ。
「両軍の数はこれであっているのか?」
「確認とってあります」
こちら側がかなり寡兵のようだ。四分の一くらいしかいない。
ダルダロス将軍も慌てるわけだとファルネーゼは思った。
なにかあれば、一気に押し切られてしまう戦力差である。
いまも絶望的な戦いを繰り広げているのかと考えると、いてもたってもいられなくなった。
「使者が王都からこれを持ってきたということは、戦場が移動していると仮定して……後方で陣地を構築しつつ、脆くなった陣を放棄して撤退戦……いまはこの辺かな」
この戦い、敵は兵の損耗を避けているからこそ、踏ん張っていられる。
本気の戦いは王城でと決めているのだろう。
一緒にいた文官は、ファルネーゼの言葉を書き留めていく。
「よし、軍をまとめてすぐに出立する。……そうだ。ついでにレニノス領への監視は半分にして、残りを王都に帰還するようツーラート将軍にお伺いをたてろ。もしそれが叶うならば、ツーラート軍が王城に現れた時点で、王城にいる我が軍の半数は、ダルダロス将軍の援護にかけつける」
ファルネーゼは文官にそう伝え、執務室を出て行った。
トラルザードからの援軍をファルネーゼが迎え入れる手はずになっていたが、それは叶わなくなった。
「みな、私は出撃する。あとは頼むぞ」
屋敷の者たちにそう伝え、ファルネーゼは兵を集めるため、庭に出て行った。




