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○エルスタビアの町 ファルネーゼ
つい先ほど、ゴーラン率いる二百名の部隊が町を出発した。
この町は魔王トラルザード領と接しているため、ほどなく国境を越えるだろう。
向こうに着いたら、折り返しの部隊がやってくる手はずになっている。
待ちに待った援軍といったところだ。
だが、私はいま非常に頭が痛い。
これから出発することもあって、私もあまりゴーランに深く追求しなかった。
その方がいいと考えたからだ。
だが、ゴーランが部下を引き連れて揚々(ようよう)と出て行った後、「事情を説明しろ」という視線がそこかしこから注がれている。
「無視するわけにもいかないか」
屋敷に働く者はもとより、町を警備する者、私直属の部下の中でこの町にやってきた者たちの視線が痛い。
ちゃんと説明してくれるのでしょうねと、目で訴えている。
――そもそも最初からおかしかったのだ
ゴーランが到着して、副官のリグという者から構成員のリストをもらった。
すぐにそれをメラルダ将軍に渡す書類に書き加えなければならなかった。
リストにない者に国境を越えさせるわけにはいかないため、必須事項だったのだ。
それを書いている途中に、破砕音が轟いた。
慌てて出てみれば、屋敷の扉が破壊され、ヴァンパイア族の若者が目を回しているではないか。
「なんなんだー!?」
そう叫んでみたものの、現状は分かっている。
扉の外でオーガ族の若者が暴れていた。
彼がやったことは想像に難くない。
だが果たして、オーガ族がヴァンパイア族をどうにかできるものなのか?
ヴァンパイア族は上位種族に分類される。厳密には上位種族の下層に位置している。
死神族も同じく上位種族の下層だが、ヴァンパイア族の方が死神族よりやや上という認識でいいと思う。
この種族分類だが、「その種族内でもっとも平均的な者の魔素量」が基準となっている。
オーガ族は中位種族の下層。もしくは下位種族の上層という分類だ。
下位種族の中には戦闘に適さない種族も多く、さすがにそこに入れるのは横暴な気もするが、オーガ族には弱点があるため、一ランク下げるのもまた正しい基準なのである。
オーガ族は魔法が使えず、魔法攻撃に弱い。
魔法に対するハンデキャップを考慮すると、一段下げるのも止む無しとなるのだ。
同じようなハンデキャップを持つ者はそれなりにいて、サハギン族などは陸上にあがると能力が半減するため、やはり魔素量から算出される位置より一ランク下にいる。
細かいことはいいが、つまりオーガ族とヴァンパイア族の間には種族として越えられない壁が存在している。
では今回の場合はどうだろうか。
「考えられる理由としては、それぞれの種族の最強と最弱が戦った……とか?」
種族の平均から大きく逸脱した者同士が、たまたま出会ったと考えればなんとか説明が付く……かもしれない。しかし……。
「ゴーランのアレは、まったく説明が付かない」
はたしてオーガ族の若者が、ヴァンパイア族の正規兵を圧倒し得るのだろうか。
これは先ほどと状況がまったく違う。
相手はヴァンパイア族の引きこもりではないのだ。
一度も戦いを経験したこともない最下層の青二才ではなく、しっかりと訓練を積んだ兵を相手に戦い、勝利を収められるはずがない……はずなのだ。
「兵たちは……仲間を武器にされたから手控えた?」
口に出すと、あまりに滑稽で現実味がなくなってくるが、本気の攻撃ができなかったのは事実である。
一度ゴーランに斬りかかった者がいたが、武器で受けられ、途中から力を抜いたのが分かった。
「それとあの破壊力か」
武器として使われたエルタールとフィンサリーは死んではいない。
そう、死んではいないのだ。
無事ではないし、大怪我でもない。死んではいないとしか言い様がない。
あれもおかしいのだ。ゴーランに振り回され、百回以上武器として振るわれた。
だが考えてほしい。ヴァンパイア族は膨大な魔素量を持ち、それを身体強化に使用している。
魔素で強化された肉体がああなるものなのか?
たとえば目にも留まらぬ速さで走り、互いに正面衝突したとしよう。
衝撃はかなりのものになると予想できる。
だが、ヴァンパイア族ならば、怪我すらしないはず。
そのくらいの頑強さは備えているのだ。
地に倒れ伏す兵の上に、何度も何度も何度も何度も叩きつけていた。
それでも打撲、骨折くらいなら分かる。
「あれでは……あれではまるで、クラゲではないか」
武器として使いものにならなくなるまで、ゴーランは殴っていた。
あれでは、兵士として今後使いものにならない。
結局、平和なときが長かったからなのだろう。
訓練と称しても、実戦を経験しているわけではない。
つまりは驕り高ぶったゆえの自滅……周囲には、それで納得してもらおう。
「もしくは、オーガ族にはまだ秘めた力があるとか?」
実際、どこの国でもオーガ族の地位は低い。
中距離から魔法一発で沈むのだから、なにも好き好んで殴り合いをする馬鹿はいない。
ゆえに真の実力を発揮することなく、戦場では消えていっているのではないだろうか。
「将軍! 王城より使者がまいりました」
執務室で思索に耽っていたら、随分と時間が経っていたらしい。
「使者だと?」
扉の外に向かって声をあげる。
「緊急事態だそうです」
「分かった。すぐにいく」
王城からだと、城の留守を任せたアタラスシアだろうか。
私はひとつ頭を振って、立ち上がった。




