013
おれは目を開いた。
「……出てくんのは久しぶりだな」
自分の身体を眺め、周囲に目を向ける。
「おいおまえら、その鉄棒を貸せ」
受け取ったそれは、あまりに細く頼りない。
「ないよりマシか」
出てきたのはおよそ二年ぶり。
俺の方がバカみてえに器を広げやがって、おれが出てくるだけで身体に負担がかかるじゃねーか。
今だって長くいられやしない。
「……急ぐか」
呆けたように動かない敵。
俺は間合いを詰めて、伸びた鼻を鉄棒でぶん殴った。
一撃で鉄棒はひん曲がり、使いものにならなくなる。
「きっ、貴様……その魔素量は!?」
「オイッ、次だ!」
鉄棒を放り捨て、新しいのを受け取る。
もう一度殴ったところで結果は変わらないだろう。
「貴様、その魔素量はなんだというのだ。聞いているのか!」
「知るか、ボケ!」
おれと俺は、会話ができない。
だがある程度の記憶は共有できる。
俺はもと人間で、人間の器しか持たなかったから死にかけた弱いやつ。
おれはオーガ族で、長時間表に出ると身体が耐えられない強いやつ。
俺が器を広げれば、おれの器も広がる。
二種類の器だからそうなるんだと、俺の方は納得しているらしい。よく分からん。
ただひとつ分かっていることは……。
「ぐちゃぐちゃうるせえよ。こっちはデカ過ぎて、身体に収まりきらなくて、イライラしてんだよ!」
鉄棒を敵の鼻っ面に突き刺した。
続いて、上あごと下あごを鉄棒で縫い止めてやった。
これで無駄口を叩けなくなったはず。
「……さて、時間がねえことだし、暴れさせてもらうぜ」
身体を共有している手前、おれが身体を壊すと俺も困るだろう。
目の前のコイツ、魔素量はおれより多いが、その辺は誤差だ。
おれの記憶には、俺が日々鍛錬している格闘技とか、剣術とか、棒術とか、そんなものが入っている。
詳細はよく分からんが、有用そうな動きだ。
それを使わない手はない。
「オラァ、次の鉄棒をもってこい……いや、全部寄越しやがれ!」
集まった十を越える鉄棒を抱える。
「さあ、狩りを始めようじゃないか」
楽しいなあ、オイ。
おれは不敵に笑った。
○
俺は目をあけた。
「これはまた……」
戦塵が舞い散った後の戦場は、ひどいありさまだった。
屍がそこかしこに散乱している。
敵の屍が多いのは、こちらが勝ったゆえか。
「いや……軍の規律をちゃんと作ってないからだろうな」
ボスが殺られたあと、敵軍は大混乱だった。
今まで戦っていた敵兵が急にオロオロしだし、弱兵に早変わりした。
ボスは一番強い者がなるため、そのボスがやられたら、自軍で相手を倒せる者は誰もいなくなったと思うらしい。
戦場で部隊長が死んだら、軍団長が次の部隊長を決めないと、いつまで経っても兵はこのままだ。
それが分かっているからこそ、仲間たちは勢いづいているのだ。
なんかもう、軍隊ではなく野盗の集団にしか見えなくなってくる。
敵は陣地を捨てて撤退。仲間の半分は勝ち馬に乗って追いかけていった。
その際、負傷者は置いていかれる。健常な者ほど我先にと逃げていくからだ。
生き残った敵に嬉々として止めを刺していく仲間たち。
止めを刺せば、ほんの少しだが自分の器が広がる。
つまり、魔素を溜め込める量が増えるのだ。
彼らがとどめを刺すのを躊躇う理由はない。
「この光景を見ると、本当に世紀末の世界だな」
俺が知っているフィクションの世界そのままだ。
俺は膝の上に片肘をついて、これからどうしようかと考える。
いま俺が腰掛けているのは頭だ。
大牙族の頭。
巨大な身体が俺の尻の下で屍を晒している。
何しろ俺に意識が戻ったとき、この状況だった。
「仲間たちは恐れて近寄ってこねえし……」
記憶はある。あるだけだが。
身体は俺ではなく、おれが使用していた。
なるほど、同じ身体を使っても、結果がこうも違うのかと見せつけられた気分だ。
次々と大牙族の身体に鉄棒をぶっ刺し、とどめは頭蓋へ垂直におっ立てた。
思い返してみても、戦慄するような戦い方だった。
「……やべっ、足が痙攣しはじめたか」
身体がそのままで、体内を流れる魔素量だけが増加した弊害だ。
魔素量が増えれば、肉体を巡る魔素だって増える。これは止められない。
身体の細胞ひとつひとつがいま、悲鳴を上げている。
その中でも酷使した部分は、魔素が余計に使われる。
必然、故障しやすくなる。
「まあ、俺はほっとかれそうだし、しばらくこのままでいいか」
敵陣は落としたし、敵の部隊長も殺せた。
これ以上働けとは、誰も言わないだろう。
俺は大牙族の屍に背中を預けた。
頭上に十を越える鉄棒が乱立しているのが見えた。
「……本当に、どうしようかね」
戦場であるまじきことだが、俺は目を閉じた。
身体がクタクタなのだ。
敵は逃げ去ったし、味方は怖がって近づいて来ない。
だったら少しだけ寝かせてもらおう。