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俺は強敵を見つけた。
それは黒い全身鎧に身を包んだ相手だった。
背は俺と同じかやや大きいくらい。横幅は俺より広い。肉厚だ。
「てめえがここのボスか!」
「…………」
敵が無言でやってきた。
重い足取りは、重装鎧のせいだろう。
分厚いフルプレートなど、魔界で今まで見たことがなかった。だがあれは有効だ。
素の力に鎧の防御力が合わされば、難攻不落の要塞のように堅牢となる。
「こりゃ、倒すのに難儀しそうだな」
周囲にいる敵から想像するに、敵の大将もまた獣相の種族だろう。
熊か、象か……サイの可能性だってある。
とにかく周囲の者たちより、一回り以上身体が大きい。
「まあ、どんな相手だろうと、やることは変わらないがな!」
俊敏に動けない相手だ。膂力で圧倒すれば勝てる。
逆に、圧倒されれば負ける。単純でいい。
深く考えなくていい分、今までより楽かもしれない。
俺は金棒を振り上げて、敵に突進した。
彼我の距離が縮まり、もう少しで間合いにはいるとなったその時。
横合いから飛んできた鉄の塊が、鎧兜の側面にヒットした。
ゴインと鈍い音を響かせて、敵の首が傾く。
見ようによっては、「?」と首を傾げたようになっている。
直後、鉄の塊がもうひとつ飛んできて、敵を巻き込んで転がっていった。
あの鉄の塊……見覚えがあったりする。しかも結構身近なところで。
「いゃぁああほぉおおお!」
サイファが蛙のように飛びはねながら、敵に向かっていった。
間違いない。いま投げたのは、サイファ愛用の武器だ。
サイファは両手にそれぞれ鈍器を持ち、それを戦場で縦横無尽に振り回す。
その鈍器もちょっと変わった形をしていて、マラカスや「鶏のもも肉」に近い。
持ち手の所だけは通常の太さだが、そこから急に太くなっていくのである。
しかも全部鉄でできている。
金棒の数倍の重さをもつそれをサイファは片手で軽々と扱い、いつしか二つ同時に振り回すようになった。
あんなものが唸りを上げて飛んでくれば、いくら重装鎧を着ていても、ひっくり返って転がるくらいはする。
「それ、俺の獲物……」
起き上がった敵に、サイファはガンガンと武器を打ち下ろしていく。
おそらく厚さ数センチメートルはある鎧の板面が凹み、つぶれ、ひしゃげていく。
「やぁはぁああ!」
よだれを垂らさんばかりに口を大きく開けて、鎧を潰していくサイファ。
それを見て俺は既視感にとらわれた。
「そういえば、母さんがよくああしてハンバーグを作ってくれたっけ」
何かに似ていると思ったら、ミンチ肉を作る作業に似ていたのだ。
両方の手で武器を持ち、交互に叩きつけるサイファに周囲の連中はどん引きしている。
何しろ、打ち下ろす時の音が、ガンガンからぐちゃ、ぐしゃに変わっているのだ。
「そういえばアイツ。村で俺の次に強いんだよな」
普段俺と戦うと連戦連敗だが、村の中では妹のベッカと並んで、群を抜いて強い。
ハッキリ言って、オーガ族の新種かと思うほど強い。
俺の場合、前世の知識と経験で勝っているが、素の能力でいったらあの兄妹の方が遙かに優秀なのだ。
そもそも魔素量でいえば、俺はまだサイファに及ばない。
ファルネーゼ直属の部下として、配下を多数抱える俺と比べても多いのだから、その強さが分かるというもの。
鎧がのし板になったころを見計らって、俺はサイファに止めるよう言った。
「あれ? もう終わりか?」
どう見ても死んでいるとしか思えない残骸に話しかけるが、もちろん応えはない。
「ここでそう言う発言ができるお前は貴重だよ」
静まりかえったこの空気をどうしようかと思案していると、後ろから空気の読めない声が響いてきた。
「ねえ~、これどうしよっか。ゴーラン?」
サイファの妹のベッカだ。
やつが掲げて持ってきたのは、俺の初撃を受けきった狐顔の男。
首根っこを抓んで持ってくるあたりベッカらしいが、不自然に手足がユラユラしているのが気にかかる。
「おいベッカ、お前も空気を読め……じゃなくて、それをどうした?」
「ちょっとだけ強そうなのか寝ていたんだよ。不思議だよね? 起き上がってこようとしていたから、こうボキベキバキ?」
「あー、もういい」
よく見たら狐顔の男、血の泡を吹いている。肺に骨が突き刺さっているのだろう。
ベッカは兄と違って、武器をあまり使いたがらない。
俺と最初戦ったときも、素手で首を絞めたり、金た(ピー)を潰そうとしてきたアブナイ奴だった。
今では落ちついてきて、両手で頭を挟み込んでペシャンコにしようとするくらいだ。
ベッカは色々危険なので、いつも関節を極めて大人しくさせていたが、数年もするとそれを真似しだした。
毎日関節を決められて、いろいろ理解したのだろう。
最近では、俺の関節を取りに来ることが多いので、返し技で反撃していたらあんな風になってしまった。
俺以外の奴は、関節技の外し方や逃げ方を知らないため、ぽんぽん引っかかる。
そして容赦なく折られる。
ベッカも慣れたもので、手首や肘、肩くらい簡単に砕く。
敵の状況からすると、両手足だけでなく、あばら骨もかなり折られていると思う。
もしかしたら、背骨も何カ所か砕かれているかもしれない。
俺が教えたわけではないが、年間三百回くらい関節技をかけて大人しくさせていたからあんな風に育ったかと思うと、ほんの少しだけ俺のせいかもと思うことはある。
思うだけだが。
「おいベッカ。とりあえずそれは捨てて、他の獲物と遊んでろ」
「はーい」
興味を失ったのか、ぽいっと放り投げ、他の美味しい獲物――つまり魔素量の多い者を物色しはじめたが、周囲はすでに沈静化していた。
だれも戦っている者はいない。
というか、地面に膝を付け、降参の合図を送っている。
「……あれ?」
どうやら、戦闘は終わったらしい。




